第15話 荒野の商人
風に大きく揺れてはためく緑色の旗が近づいていた。
先頭を走る改造を施されたトラックは眼前に迫るほど威圧感が増していく。
荒れ果てた世界を街から街へと行商で行き来することを想定した車両は、襲撃者への備えが充実している。車両は咆哮するようにシロウを視界に捉えると、凄まじいクラクションを鳴らした。
最前列の走行を前提とした改造は、過剰なほどに好戦的な幾つもの武装手段や、追加の分厚い鉄板を車両に組み込んでいる。トラックの天井部に取り付けられたルーフには機関銃が搭載しており、緊迫とした異彩を放つ。
フロントには角を模様した鋼鉄のスパイクが突き出され、不用意に近づく存在を蹴散らす殺気が溢れていた。先端には僅かに血痕がこびり付いている。
改造トラックの後方は後続車の列が続いており、荷車やキャンピングカー、環境による突然変異した筋肉隆々の牛、その周りを武装した護衛たちが散開して警戒している。
シロウは首元にぶら下げた組合から支給される冒険者の証、認識票を大きく掲げた。
「物々交換をしたい!」
声高らかに叫ぶ。
すると、先頭を走る改造トラックのエンジンが、唸りを止めて騒音が鎮まる。
停止したトラックの運転席から降り立ったのは禿頭の男だった。サングラスを掛けた厳つい面構えの傭兵はシロウへと歩む。表情は目元を覆うサングラスで読めない。
痛々しい古傷を顔中に刻み、武装された装備に無駄はない。熟練の傭兵だと窺えた。掌には当然のように拳銃を握り締め、軽はずみな言動はできない迫力を孕んでいる。
「認識票を見せろ。無駄な行動は勧めないぜ。トラックに備え付けた機関銃の12.7mm弾でお前の体を粉々にして、後ろに控えた彼女らに肉片でパズルゲームをさせたくなければな」
捲し立てる熟練の傭兵は、凄まじい舌戦で有無を言わせなかった。しかし、シロウもただ黙っているわけではない。
真っ向から鋭い視線で睨み返し、サングラスに遮られた男の眼光を覗き込んだ。両者は無言で対峙する。そして、口火を切ったのはシロウだった。
「あの狙撃手の女は彼女じゃねぇ。暴君だ」
シロウは不敵に笑う。その発言に禿頭の男はサングラスで隠された眼差しとは裏腹に、唇を大きく吊り上げて大笑いした。
「がはは! すまねぇな。最近はいろいろと、巧妙な罠を張るならず者が増えて困っているんだ。認識票はシルバーで、レッドホルンの組合か」
禿頭の男はシロウの掲げた認識票を確認すると、続けて質問する。
「一応確認だ。街の冒険者ならすぐ解ける謎々さ。組合の支部は通称なんて呼ばれている?」
「……赤レンガ。謎々は趣味じゃねぇぞ」
ため息混じりにシロウは即答する。
「そう言うなよ! これで最後だ……組合の秘密の合言葉はなんだ?」
サングラス越しの眼光が、鈍く光るような緊張感が走った。
目前の熟練した傭兵が握る拳銃が、僅かに揺れるのをシロウは見逃さない。
回答次第では争いは免れない雰囲気。ニコチンが断たれた重たい脳みそで一度耽るように深く悩む。そして、ゆっくりと答えた。
「……知らねぇな。最近流行ってるのか?」
シロウが悩み抜いた回答は、正直に知らないと答える。それだけだった。
一層に大声で笑う熟練の傭兵は、握らている拳銃を手早くホルスターに収めると、気配も穏やかになっていく。
「正解だ。秘密の合言葉なんてもんは存在しない。おざなりに嘘こく奴なら撃ち殺すつもりだったが、やはりシルバーまで上がる奴は違うな」
古傷が残る口元を吊り上げて笑う傭兵の首元には、ゴールドに輝く認識票が下げられている。
「クリアだ! お客様はお買い物をしたいそうだ!」
後方で列を成すキャラバン隊に呼びかけるように大声で叫ぶと、熟練の傭兵はシロウに握手を求めた。
「俺はビルだ。今はこのキャラバン隊の防衛隊長をしている」
シロウは互いに握手を交わし合うと、簡易的な自己紹介と取引を持ち掛けた。
「シロウだ。肩書きのない、ただの冒険者さ。スケルガーの前腕四本を、見合った品と交換したい」
自身の後方でいまだ警戒態勢を解除しないレッドとナナに対して、左腕を上げてグッドサインを示す。徐々にレッドの警戒の色が薄れ、そのままビルと会話を続ける。
「未明に切り落としたばかりの新鮮な腕だ。そっちは何を持っている?」
ビルはサングラスからは思考が読めない、含みのある笑みで返事をする。
「正解だ。この先のレッドホルン街じゃ組合で取引しても、貢献度と手数料で引かれて、儲けは薄い。直接商人と取引するのが一番利益がある売買だ」
「それであんたらは何を提示できる?」
シロウは催促するように返事を求めた。
「何でもあるさ! もうすぐ商会長である我らがボスのご到着だ。ちゃんと挨拶しろよ」
忠告をするようにビルは人差し指でジェスチャーをする。その口元は愉快そうだった。
しばらくすると改造トラック後方から、護衛を複数人連れた女性が姿を現した。
護衛の装備から推測すると、組合から雇われた冒険者などの不揃いの装備の者は存在しない。統一された装備や武装からは、正規軍のような規律を感じさせた。
直接商会と契約を結んだ少数精鋭の護衛たちは、胸元に稲妻と銃を模様したエンブレムが描かれていた。
狙撃銃や短機関銃を携えたその姿からは、商会長が金を惜しまず武力で数々の修羅場を潜り抜けたことを、ありありと想像することができる。
「君が、我がライホウ商会と取引をしたい客人だな」
現れた女性は文明崩壊後の世界には、似つかわしくない程に身綺麗だった。
柑橘類のような香水の甘くさっぱりとした香りが漂い、風に吹かれてシロウの鼻先をくすぐった。
商会長である女性がシロウの元へ歩むと、護衛の一人が分厚い鉄板のようなライアットシールドを構え、遮るように警戒して二人の間に入る。
「よせ。客人と言った。代わりに日傘でも頼みましょうか」
商会長の言葉一つでライアットシールドを構えていた護衛は、シールドに備え付けられていた日傘を素早く広げた。商会長の埃一つない整った肌を直射日光から守っている。
荒廃した世界では珍しいほどの規律ある威厳と気品は、女性のミステリアスな雰囲気を際立たせていた。
艶のある黒髪は長く毛先まで潤いが満ちている。
質の良い金の刺繍が施された上品な革製の白いコートからは、自衛のための装備は一切なく、胸元の過剰な露出がコートの隙間から覗けた。
薄着の煌めかなドレスは、荒れ果てた大地にあまりに似つかわしくなかった。
「……大きな胸がそんなにお好きで?」
女性の唐突な指摘に、身なりを注視していたシロウは慌てふためく。
「おいおい、揉めごとは反対だぜ。護衛の怖い兄ちゃんたちが俺を睨んで仕方ない」
わざとらしく、狼狽した態度でシロウは呟く。
実際に、周囲の護衛たちは決して言葉を発していない。だが、全員が無言で商会長の女性を守る盾となり、鋭く冷気すら感じさせる視線をシロウに張り巡らしている。
「商人を相手に、弱みを見せるのはよろしくないですよ」
まるで意趣返しのように胸元をわざとらしく隠す仕草で、くすりと笑う商会長の女性は美麗であった。
「俺は大きい胸が好きだなんて言ってねぇぞ。弱みでも何でもないぜ」
シロウは取引のため、交渉の弱みを握られない飄々とした態度を示した。
本心は的確に急所を突かれて動揺をしていたが、それをおくびにも出さない。後に厄介ごとが起きると予想できるからだ。
「では、お尻が大きい女性がお好みで?」
変化球のような思い掛けない商会長の発言は、完全にデッドボールだった。シロウの内心を抉る故意死球が放たれて見事に被弾する。
「俺は普通が好みなんだ! 悪いが取引は等しく平等で頼むぜ」
驚き入るシロウは思わせぶりなこの女性に、交渉で勝てる自信が全く湧かなかった。
「それは残念で仕方ありません」
商会長の女性は、あざとく三文芝居のウソ泣きを浮かべ、辺りの護衛たちから滾る殺意の眼差しが一層に強まる。
シロウは肌身で感じ取れた厄介ごとにうんざりとした面持ちで、天を仰ぐようにレッドとナナの到着を心待ちにした。




