第14話 公道
荒馬のように鼓動するアメリカンバイクが、冷え込んだ白い砂を巻き上げて進んでゆく。
アクセルを握るシロウの後ろでは、ナナが俯きながら思考を深めていた。しがみつくように両腕は風で翻るシロウのコートを掴んで離さない。
自身の混乱する思考で記憶を辿ってみる。
暗闇の森でトラックに拘束されていた記憶、シロウたちと焚火を囲んで犬肉を食べた想い出は新しい。とても忘れられる経験ではない。
しかし、夜が明けてから、昨晩過ごした廃墟までの道程を一切思い出せなかった。
描かれたキャンバスの一部を剥ぎ取られたような、不自然な記憶の欠損にナナは憂鬱とした想いで表情を曇らせる。
「もうすぐ公道よ。警戒して通りましょう!」
前方を走るレッドは強張った声を発した。
「どうして公道は警戒するんですか?」
ナナは運転をするシロウに疑問を尋ねてみる。
「公道は街へと辿り着く主要街道だ。キャラバン隊や旅人の物流を支える生命線。その分、大規模な野党を組んだならず者たちが、罠などを仕掛ける可能性も稀にある。何よりも公道を全速力で走れば、余計な誤解が生まれて俺らがお尋ね者に間違えられるのさ」
ナナは納得したように頷くと、二人を乗せたアメリカンバイクは朝露をすり抜けて公道へと駆けていく。
補修工事が延々と行われない公道は、路面下のひび割れたアスファルトの悪環境が続いていた。
バイクは跳ね上がるように突き進み、荒涼とした砂漠を越え、幽霊のようにそびえ立つビル群を通過して走る。
視界に映る景色は焼け焦げたビデオフィルムに酷似した燃え滓のようだ。瓦礫の山と廃墟が立ち並び、今は生者の肉を啜る変異性生物の巣窟として嘶く。
朽ち果てた車列が視界に広がり、塗装が剥がれ落ちた車両には幾何学模様の糸を張る蜘蛛や、雑草や苔が隙間から窺える。微かな錆と湿気の臭いが風とともに彷徨していた。
「──前方に人影よ!」
先導するレッドから、突然の警告が投げかかる。
「旗の色は緑か?」
シロウはアクセルを握る力を緩めると、ブレーキペダルを踏み込んだ。
リアタイヤは路面に摩擦跡を残しながら、徐々に減速をしていくと停止する。
「緑、もう一つの旗は角笛。レッドホルン街のキャラバン隊ね」
先に停止していたレッドは、ベルトに掛けていた小型の単眼鏡から、覗き込んで得た情報をシロウたちに伝える。
「良い品があれば買うか? 緑の旗を掲げてる以上、売る気はあるみたいだしな」
「そのためには本当に行商人か確認しないとね」
レッドは注意深く前方を見据えていた。
「わかった。俺が先にバイクから降りて行商人に合図をする。お前はナナと後方で待機、何かあれば狙撃してくれ。何にもなけりゃあいいんだが」
方針を確認し合うと、シロウはバイクからナナを降ろした。少しばかり前方へバイクを走らせると、一人でキャラバン隊を待ち構える。
遠くで列を成すキャラバン隊の到着を待つ間、シロウは自身の黒いロングコートの胸ポケットに腕を伸ばした。
柔く傷んだ煙草の紙箱を掴むと、指で軽く叩く。しかし、中身が反応する様子はない。眉をひそめて、今度は少し強めに箱の底を叩いてみる。だが、無情にも空虚な音が鳴るだけ。手応えは全く感じられなかった。
「……必要な物が増えたな」
シロウは乾いた声音で苦笑を浮かべた。ぼろぼろの角が丸くなった煙草の箱を軽く握り締め、乾燥してひび割れたアスファルトの大地に投げ捨てる。
風で転がる煙草の箱は一同の旅の疲労を表しているかのようで、シロウは近づいて来るキャラバン隊のざわめきを聞きながら、口元を物寂しそうに窄めて立ち尽くしていた。




