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第13話 代償

 星空の輝きも次第に薄れては、地平線を照らす柔らかい朝焼けに染まり始める。夜の闇は影を潜め、徐々に青みを帯びた空は、白々とひんやりとした静けさを漂わせていた。


 シロウは肌寒さに肩を竦めながら焚火のそばに座っていた。向いで三時間過ぎても目を覚まさないレッドを放置したまま、黒いロングコートに身を包んでいる。


 焚火の“パチパチ”と鳴る暖かみで、気を紛らわせて独りで過ごしていた。


「おはよう……ございます」


 ナナの眠気顔を残した挨拶にシロウは頷く。


「涎が口から垂れてるぞ」


 そう指摘すると、ナナは羞恥心でそそくさと自身の傷んで汚れている衣服の袖で拭き取る。朝焼けを一緒に眺め、焚火で冷え込んだ体の芯を暖めていた。


「ナナ、どうしてお前はスケルガーが奇襲することをわかったんだ? あいつは他の変異性生物と比べて稀にしか姿を現さない。それに記憶が消失しているのに、外見も最初から認識している表情だったぞ」


 シロウの表情から、疑いをかけた懐疑的な視線が滲む。


 ナナは自身に起きた不可思議な出来事をありのまま伝える。それが、自身を救ってくれたシロウへの誠意だと判断して、ゆっくりと口を開いた。


「偶然かもしれません。ですが、夢の中で見た光景と現実の一部が重なっていて……煙草を咥えて眠っていたシロウさんも、夢と全く同じで覚えています」


 ナナの思い返すように耽る表情に偽りはない。その視線は作り物の気配がなかった。そして、シロウもナナの突発的な質問で助けられた身である。内心で白と結論付ける。


「すまねぇな。眠気に負けるなんて二流以下だ。気の緩みで危うく全員を死なせるところだった。本当に助かったぜ」


 シロウは飾らずに、頭をしっかり下げて礼をした。


「こ、こちらこそです!」


 同じようにナナも丁寧に礼をすると、二人は笑い合う。


「もしかしたら、ナナには何か、特殊な潜在能力があるのかもしれないな」


 熟考するように焚火から視線を移すと、シロウはナナの双眸を見つめた。


「本当に稀だが、昨日の夜に話した長耳以外にも『ギフト』を授かる人間もいる。発現方法もどんな能力かも不明だが、前例は組合で報告されていた。希少なだけに人攫いに狙われるリスクもあるがな」


 視線に映り込むナナの顔色は焚火に照らされていたが、蒼く緊張が含まれている。両手で自身の膝を抱え込む姿は、小柄な少女をより一層に小さく思わせた。


「悪いことばかりじゃねぇぞ。組合にギフトを申告すれば優遇されるはずだ。多少の制限はあるが、引き換えに潤沢な生活もできるかも知れねぇ。それは大概の冒険者たちが血眼で戦場を駆け回るほどの価値がある」


「そ、そういえば、組合ってなんですか?」


 ナナは不安を取り繕うように尋ねた。


「文明の残り火だ。街の心臓。様々な依頼を取り扱い、冒険者は受注して報酬を稼ぐ。人探し、討伐、調査、何でもある。報酬は物品か硬貨だ」


「物品か硬貨ってどんな物ですか?」


 街の話にナナは興味津々で質問を続けた。


「基本的に硬貨は街とキャラバンくらいにしか使えねぇ。街の壁内では価値は高いが、別の街や集落じゃそこまでだ。物々交換で一番求められるのは水、食料、ガソリン、それと弾薬だな。9mm弾と.44マグナム弾が一般的に取引で使われている」


 ナナは取引で硬貨の代替品として、弾薬が使用されていることに驚愕した。


「弾薬で取引できるんですか?」


 シロウは当然のように返事をする。


「珍しくないさ。弾はいくらあっても、生き延びるには足りねぇからな。必需品だぜ?」


 この文明崩壊後の世界では暴力が日常だ。変異性生物に怯え、ならず者に貴重な水と食料を奪われないためには、最低限の自衛が必須。銃器と弾薬が全ての問題を解決できる。


 それゆえに弾薬は広く物流の取引において、値落ちしない品として信頼されていた。


「……ナナを運んでいたならず者たちは、事情を知っていたから急いでいたのか?」


 シロウはナナの特別な力を思い出す。線が繋がるような思いで考察をしていく。

 本来あの程度の野党の集まりでは、トラック二台を用意するのは難しい。何かしらの後ろ盾が潜んでいる可能性がある。


「ナナ。怖がらせるかもしれないが、言葉を選んで喋るのは苦手だ。正直に話すぞ」


 シロウは真っ直ぐにナナを見据える。ナナは身じろぎをしながらも、しっかりと視線を合わせて頷いてくれた。


「俺の予測だが、ならず者どもの集団……野党は依頼を諦めずにお前を探すはずだ。本当にお前に特別な『ギフト』があるなら、そう簡単に荷主がお前を諦めてはくれないからな」


 ナナの蒼白となる顔色と体の震えが顕著に感じられた。安心させるように言葉を続ける。


「そう心配するな。街まで必ず守ってやる。それと組合にもこの話は通しておく。貴重な『ギフト』持ちなら、今後は手厚い保障を受けて街で生活できるはずだ」


 ナナは胸の奥に秘めた想いを、正直に伝えるべきか戸惑い悩んだ。

 自身を救ってくれた二人の存在は、この滅亡した世界で唯一の希望だ。少女の本心は街の壁内で生活を送るよりも二人と一緒にいたい。

 しかし、自身には過酷な環境を生き残る術も、能力もないことを一番理解していた。


 自分の命すら守ることが困難な、荒廃した世界では毎日が生存の争いだ。無駄な荷物や足手まといは、タダでも欲しがる人間はいないだろう。


 ナナは誤魔化すように笑みを貼り付けた。それが少女の苦し紛れだとシロウは知っていた。だが、自力で生存する術を持たない者には、冒険者稼業は過酷過ぎる。

 そして、少女を守り続けるほどに、自身の力に自惚れてもいなかった。

 絶対に守ると己に誓えないなら、街で少女の生活を助力するべきだと決めて、気づかないふりをした。


 沈むような静寂した空気が辺りを覆っていた。


 シロウは場を和ますように眠り込んでいるレッドのそばに歩むと、いまだにいびきを掻くレッドを無理やり起こすことを選んだ。


「起きないなら、お前だけ残して出発するぞ」


 昨晩に食事で使用した金属製の冷え込んだスプーンを首筋になぞる。レッドは「ひぃっ」と短く悶えた様子で漏れた口元は情けない。


 狩人のような鋭い眼差しは見る影もなかった。薄目でだらしなく起きるレッドは、首筋を撫でると不満を漏らす。


「首筋は弱いからやめて」


 大きく欠伸をして、瞼を擦る仕草はまるで無防備だった。


「首筋が強い人間なんていねぇよ。みんな急所だからな」


 渋い表情で口元を尖らせるレッドに支度を催促すると、シロウは手際良く荷物を片付け、バイクに積み込んでいく。

 真夜中の訪問者である変異性生物『スケルガー』の切り落とした四本の前腕も束にして、一緒に荷台へと外付けで積み込む。


 ナナはただでさえ積載量が圧迫している荷物を、なぜ増やすのか不思議に思い尋ねる。


「どうして腕を積み込むんですか?」


 シロウは好奇心を向けるナナの疑問に、ロープで荷物をバイクに固定する手を止めずに答えた。


「簡単だ。金になるんだよ。価値が高いから物々交換でも商人とならできるし、街まで行けば売買もできる。変異性生物の部位は希少だ。冒険者たちの強力な武器や防具にもなる。殺傷力の高い爪や牙、毒はよく売れるんだ」


 シロウは固定した荷物を確認すると、バイクのエンジンを呼び覚ますために車両のキックペダルを空キックをする。その様子を眺めていたナナに、レッドは声をかけた。


「今日は昨日ほど長旅にならないから心配しないでね」


 優しくナナの頭を撫でる。穏やかな手つきで、シルクのように繊細な銀髪がさらさらと揺れ動く。しかし、それとは裏腹に、ナナの顔色は焦りを宿していた。


 緊迫した唇に混乱した瞳、ナナは誰にも聞こえないほど弱々しい声で呟いた。


「──あれ、わたし……どうやって、ここに着いたんだっけ……?」


 突如降りかかる突拍子もないその疑問は、自身の背筋を言い難いほど不気味に震わせた。


 脳裏に深淵の声が過る。

 

 “全部忘れろ”


 唐突な記憶の欠落にナナは蒼白となった。

 しかし、けたたましい排気音が錯綜する思考を中断させた。


「こっちは準備できたぞ! そろそろ出発だ!」


 シロウはアクセルを捻ると、アメリカンバイクの重低音が排気熱を裂く。出発の合図を響かせた。


「何か言った? また後で聞かせてね!」


 レッドはナナにそう告げると、出発を促すシロウに頷き、自身のバイクに跨る。


 自分に起きた不可思議な症状に、ナナは頭を抱える思いだった。

 不安に染まる内心を振り払うように、シロウの待つバイクへと歩み始めた。

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