7話 冷笑の魔女と、運命の誘い
女性の声が聞こえたと思ったら、羽交い締めにしてきた大男の手は緩み地面に倒れた。
あたしも同時に床に座り込む。
何が起きたのか理解できないし混乱した。
フードを被った人物があたしに向かい手を差し伸べた。
その手は細く女性の手だとすぐに分かった。
「起きられるかしら?」
やはり女性の声。
あたしは差し出された手を握り立ち上がる。
「良い勝負だったわよ。とても素敵な。情熱的な駆け引き。そして何よりもあなたが引き寄せるギャンブルの運」
「あ、ありがとうございます」
思わず返事をしてしまった。
透き通るような素敵な声。その声から魅力的に感じた。
「誰だ!」
「二人の勝負を観戦するためにフードを被ったままにしていたわね」
女性はフードをとると、周囲の視線が一斉に集まる。
声と同じように透き通るような青い髪色。小顔に似合う、猫のように大きなつぶらな瞳。きめ細かな色白の肌と相まってか微笑むと、女のあたしから見ても妖艶な大人の色気や雰囲気を醸し出していた。
「美人じゃん。俺の女にしたいがこんなところを見られたのと、あんたが何したのか知らないが、そこの男を倒した時点で逃すわけないがな」
「ふぅん、私を知らないって言う人はこの王都でいないと思っていたのだけど」
「お前なんて知らねえよ」
「そう、知らないならそれでいいわ。それで私とギャンブルはするのかしら?」
「へっ、誰がするかよ」
「そう。残念ね。非公式である以上、挑まれたほうがまだ助かったかもしれないのに」
言い終えると同時に、店の入り口から何人もの兵士達が突入してきた。
「全員その場を動くな!」
兵士達の中でひときわ目立つ若い金髪の男性……?
疑問に思うのは男性っぽく見えるがどことなく女性にも見える中性的。
しかし凛とした表情で言い放った一言でこの場を制圧した。
周囲の人らはみな“王国騎士団”と声を潜めて言っていたのが聞こえた。
王国騎士団の鎧には全員、この国の象徴であろう槍の形をした紋章が刻まれていた。
「全く、先に行くのはやめてくれよ。俺の立場というものを考えてくれ、リーシャ」
「生真面目に動こうとし過ぎなのよリベル。別動隊に任せなかった貴方も悪いわね。それに面白い催しが見られて私は満足よ」
二人して並ぶとまさに美男美女。
リベルって人がこちらに顔を向けた。
「君は、フェル・ラグンダルトだね?」
「はい」
「ファステールと言う人が君の事を探していたよ」
「おじさんが……」
居ろって言われたのに勝手にふらついて居なくなったあげくこんな危険なギャンブルに手を出したのだ。迷惑かけちゃった……。
「それに丁度、重要な案件に巻き込まれてたようだから」
「重要な案件?」
「君みたいな知識がない女性を狙って騙し、借金漬けにしてここに強制的に働かせているとか。この国で問題となっている中核の一端がここであるとわかり。今回踏み込んだんだ」
リベルはトワイラに向かい剣を向け脅すが、制したのはリーシャだった。
「まあいいじゃない。脅した所で口は割らないわよ」
「あ、ああ、そうだ。それに俺はその女と今からギャンブルする予定だったんだ。ギャンブルで決めるのであれば、王国騎士団様も邪魔されるわけにはいかない。そうだろ?」
さっきは拒否してたくせに。
だけどリーシャは不敵な笑みを零し、リベルは額に手を当て、眉をひそめた表情を見せる。
どうしたんだろ?
そう疑問に思う間もなく事が進む。
「じゃあ、成立ね」
「ギャンブル内容はどうする」
「そうね。だったら手っ取り早く今回使ったカードを使いましょう」
テーブルの上に置いてあった20枚のカードを指した。
「フェル。そのカード数字の18と19と20の3枚だけ取り出して裏返して。そして残りは私に頂戴」
あたしは言われたように18と19と20の3枚だけ残し、残りはリーシャの手に渡る。
受け取ったカードは空中に放り上げられると、舞い散って細かく切り刻まれ、散乱した。
その光景がまるで紙吹雪のように見えた。
テーブルには3枚のカードしか残っていない。
「これで残り3枚。ルール説明の前に勝敗がどうするのかを決めましょう。私が負けたら、私自身好きなようにしていいし、この国からの逃亡も手助けしてあげる。リベルいいわよね?」
「ああ、約束しよう」
……え?
この人今何て?
それにこの人も何で素直に認めたの?
トワイラは思わぬ条件にニタリと笑みを浮かべていた。
「へえ、確かにあんたみたいな美人を好きなようにできる上に捕まらず逃亡できるなら飲む以外にない。それで俺が負けたら?」
「そうね。携わっていたルートに関係する店と他の業者。洗いざらい全て話してもらうわね」
「ああ、良いぜ。全て話す。そんなことよりもルール早くしろ」
「ルールはこの18と19と20の数字のカードを裏返しシャッフル。互いに指で指し高いほうの数字を当てたほうが勝利の一回きりのみ。ただし不正防止のために進行役のディーラーは彼女にしてもらうわね」
「だけど、その女があんたにしかわからないイカサマをするかもしれん」
「それは不可能よ。これから行う事は絶対平等。もし進行する彼女にもその傾向を見せたら罰を受ける」
「彼女の言う事は間違いない。その不正は絶対できないとリベル・マリスターは王国騎士団長の名にかけて誓おう」
これだけ自信もって言う事は相当なのか、周囲の人も反論なく静まり返ってる。
「……わかった。その条件で飲もう」
「成立ね。なら始める前に――【クァース】」
突如、このカジノ全体を覆うような魔法陣の空間が現れた。
「クァース?」
「絶対順守という両者また俺たちのような第三者含めての合意の下で行われる魔法【クァース】だよ。ちなみにこれは彼女たちが開発した魔法。彼女含め関係者七人しか使えない魔法だね」
「もし合意を破ったり邪魔が入るような事が起きたら?」
「した側が死ぬかな」
死ぬ?
この人はあっさりと重要な事を言った。
そんな重要な事をあたしが進行をするなんて……。
緊張からか、より手汗が出ているのがわかる。
そんな中観客の一人が叫んだ。
「や、やっぱり! どこかで見たことあると思っていたら、あの女セブンズミラーの“冷笑の魔女”リーシャ・ウーナ・サリエントだ!」
「セブンズミラー? 冷笑の魔女?」
「君は知らないかな? セブンズミラーは彼女が所属しているギルド。それから彼女自身どんな不利な勝負の場でも決して微笑みを崩さずに結果容赦なく勝つのが彼女の通り名。それはギャンブルの場じゃなくても魔物との対峙していた時でさえ微笑んでいたそうだ」
それが本当ならすごい……。
けど、そんな人の前で本当にあたしでいいのかな……?
ふと視界の端に何かが揺らめくのが見えたと思ったら首元にヒヤリと冷たい感触があたる――ナイフだ。
トワイラの表情はニヤけた笑みを見せていたのが視界に移った。
あたしにナイフの刃を突き付けているのはこの仲間の男だろう。
二人に注目がいっていたのか完全に油断していたからか、あたしに近づく人は誰も気づかいていなかった。
「女! 今すぐ解除しろ! そこの奴らは動くな!」
「そう? 早くその子を放したほうがいいわよ?」
「なに言って……」
突如、男は呻き声一つ上げられずにナイフを落とし、糸の切れた人形のように倒れこんだ。
何が起きたかわからない。
あたしは緊張から解放されたのかその場にへたり込んだ。
呆然としながら倒れた男に視線を向けると、口を開き白目をむいて表情をしていた。
さっきクァースって魔法が発動したんだ。それで苦しんで死んだのだとあたしの中で理解した。
「この状況で動くのが見えたの。クァースの絶対性を身をもって証明してもらったの。ただ彼女に危険な目に遭わせてしまったのは反省ね。ごめんなさいね」
そう言いながらリーシャは手を差し出されると、あたしはその手をつかみ支えられるように立ち上がる。
「止められてなかった俺の責任もある。彼女は他に警護してもらって代わりに俺がディーラーを」
「いえ、あたしにやらせてください」
あたしはリーシャさんの手を掴むと立ち上がりながら口からそう声に出して言ってしまった。
何故かわからない。わからないがあたしの中でそうしないといけない気がしたからだ。
あたしはトワイラを睨むように向ける。
「そう、いけるのね」
「はい」
「さあ続きを再開しましょうか。フェル、あなたが置いた裏返しの3枚のカード。それを裏返したまま好きなように混ぜて」
どう動かせばいいのか手が震え動かすのを忘れてしまう。
先ほどの事もあり緊張からかごくりと喉が鳴る。
「気楽に」
あたしの手にリーシャさんの手が重なり、一言の声であたしは落ち着いた。
言われた通り3枚のカードをこれでもかというほどに入念に混ぜ合わせた。
「ま、混ぜ終わったので、お互いに1枚のカードを指してください」
両者とも指示に従うように指す。
「ではカードを持ち一斉に開いてください」
開かれたカードは――。
トワイラ18。
リーシャ20。
「う、嘘だ! あり得ない。これはイカサマだ!」
「見苦しいわね。負けたのだから認めなさい」
「嘘だ! 嘘だ! そいつらは絶対イカサマしてる。俺が負けるはずは――」
言い終わる前に、騎士団の人達に捕らえられ連行されていった。
もちろん、大男やその場にいた関連しているであろう従業員は皆連行されていく。
「良かった~」
「お疲れ様。良い進行だったわよ」
「ありがとうございます……あの一つ良いですか?」
「何かしら」
「何であの時3枚だけ残して他全て捨てたんでしょうか? 相手に引かれる可能性を考えれば全部のカードを残したほうが良いんじゃ?」
「ふふ。あなたが最終戦でしていた事と同じよ」
「あたしとしていた事と同じ? ……あっ!」
「そう。あなたが無意識に発していた魔力残骸が付着したカードを読み取って引いたの。残留自体もまだ真新しかったからすぐにどの数字かは楽に判断できたし」
確かにあたしも最終戦では相手の魔力を感じ取って引けたけど、それは二回戦で運良く気づけただけなのにこの人は同じことをした。
すごい……。
けど、あたしが言うのもなんだけどイカサマじゃ……?
とりあえずそれは置いといてまだ疑問がある。
「だけどそれならあの3枚のうち2枚はあたしとあの人の魔力が付着していたはず、18を引いていたのはリーシャさんかもしれませんよ?」
「そうね。それは運次第だったわね」
「運って……もし負けてたかもしれないのに?」
「ええ、だってこれはギャンブルですもの。確実性のない運の勝負。負けたらそこまで。逆に聞くけどフェル、あなただって一回戦、二回戦ともにランダムにカードを選んだはず。だけど三回戦はあそこまで持ち込めたじゃない」
「確かにあたしも二回戦目まであの方法を気づけませんでした。だけど三回戦になってようやく気付けて、残ったのがまだ引かれていない1、3、5、15の4枚のみ。あたしの挑発に乗ってくれたから安易な選択にいかなくてよかったのですが」
「それであれだけの死闘を繰り広げてたわけね……ふふ。その度胸と幸運、いえやはり強運ともいうべきかしら。面白いわね。あなたがますます欲しいわ。私のものになりなさい。そして、私のもとで働きなさい」
「……え……え?」
……どういうことだろう。あたしを欲しい?
こんな素敵な女性に?
あたしみたいな田舎の娘を?
胸が高鳴りドキドキする。
「こらこらこらこら。彼女はまだ来たばかりでこんなよくわからない所でギャンブルした身だ」
迫りくるリーシャに対してリベルが止めに入る。
「リベルの言う通りね。数少ない可能性にせっかち過ぎたわ」
「ここにいるならまた会う事もあるが、まずは外で君の知り合いが待っているよ。それもすごく怒りながら」
「うっ……」
外に出たあたしが真っ先に目に映ったのは心配とは無縁の怒り顔のおじさん。
あたしがふらっとどっか行った事に対してかなり心配をかけていた様子だったのには反省。
ちなみにおじさんが言っていた冒険者時代に出会った人はリーシャさんらしく、リーシャさんの事を知っていたのには驚いた。
その後、あたしはおじさんに宿屋に連れられ部屋をとった。
ベッドに倒れると手に持っていた1枚の紙切れに視線を向ける。
名刺だっけか。その人の証明書みたいなもの。
名刺にはこう書かれていた。
“危険と快楽を伴うギャンブルの館セブンズミラー”、その下には名前であろうか“リーシャ・ウーナ・サリエント”と。
別れる前にリーシャさんに渡された物だ。
もし働く気があれば従業員に見せればいいと。
「今日は何だか色々あって疲れたよぉ……」
ベッドが気持ちいい……。
「そうだ……マヤ姉の事、リーシャさんに聞こうと思ってたのに……」
あたしは名刺を握りしめた。
「明日、絶対に聞く……マヤねぇ……待って……て……」
脳が使い果たしたのかベッドの気持ちよさからか眠気と思考がぼやけ、まぶたが落ちる。




