発端
傭兵稼業なんてのは文字通りその日暮らし。
生きるか死ぬか、よしんば生き残ったとして、五体満足で眠りにつける保証はどこにもない。
その日の己の命の価値ってものをちんけな日銭に感じながら、撃って、撃たれて、また撃つ。
そうして漸くと戦場を去ったと思ったら、手にしたあぶく銭を一夜にして溶かしてしまう。
刹那的と言えば聞こえはいい。明日をも知れぬ我が身だから、なんて言葉がこれほど似つかわしい職も他には無いだろうし、今宵の生を最大限謳歌するというスタンスが必ずしも愚かだとも思わない。
「……だけどな、物には限度ってもんがあるだろ」
昨日まで工廠と呼ばれていた筈の建物の、その崩落した天蓋の隙間から差し込めた日差しに照らされながら、俺は大きく嘆息した。
不運なる『事故現場』では既に現場検証が始まっていて、総督府警察の腕章を付けた警官が工廠の残骸を確認している。ぱっと見でもわかるほどに、あちこちに銃痕が刻まれていた。
というか、午前五時過ぎから俺が呼び出されているってことは、凡そ、恐らく、多分きっと。
「ウチの誰かがまたやらかしてくれたんだろうなぁ……」
あぁぁと頭を抱えていると、背後からぽんと肩に手を置かれた。
「ご明察だよ名探偵。今年に入って何回目だ、これ」
振り返ると見知った警官が葉巻を咥えながらじろりと俺を睨んでいた。
「……俺の認識だと初犯だな、確か」
たははと愛想笑いをしながらそう答えると、彼はふんとつまらなそうに嘲笑った。
「ご丁寧に自分で『また』とか言ってたじゃねぇか。記憶に問題があるようだから教えてやろうか。十五回、十五回目だぞ今年に入って」
「だとすればこうしてあんたと会うのも十五回目ってわけだな、デルメス。どうだ、そろそろ軽く一杯、飲みにでも行かないか?」
「冗談にしてもキツいぜ。俺も悪党の一味だと思われちまう」
彼は葉巻を不味そうに吸って白い煙を吐き出してから、言葉を続けた。
「なぁ流鏑馬。俺は常々総督府監獄の拡張を提案してるんだが、その理由の一角をお前の所の傭兵団が担ってるって自覚をちゃんとお持ちなのかどうか、この際改めて聞かせてくれよ」
ふむ、と考える素振りを見せておいて。
「……警察サマには頭が上がらないよ、いや本当に。毎度毎度手間ばかり掛けてすまないな」
「芝居バレバレでしおらしさを出すのを辞めろ、鳥肌が立つ」
「そこまでかよ。まぁそれはさておき、だ。例によって今回の一件も穏便に済ませて頂けると俺としては非常にありがたいのだが」
ほれほれと準備してきた小包をこれ見よがしに軽く揺らすと、ゲンキンなデルメスはにやりと笑みを浮かべて手を伸ばし―――いや、手を伸ばそうとして、すんでの所で止めた。
「……んや、安月給の身としてはお前さんのお心遣いには痛み入りたいところだが、残念だが今回ばかりは俺ではどうしようもない」
「おいおい、穏やかじゃないな」
「あぁ、穏やかじゃねぇんだよこの事案はよ。悪運強き流鏑馬頼政と言えども、今度ばかりはヤキが回ったかもしれんな」
「……どういうことだ?」
「さぁな」
「俺とお前も浅からぬ因縁の間柄だろ。聞かせてくれ」
「気色の悪い表現するなよ、と切り捨ててしまってもいいわけだが、まぁお前にはそれなりに『配慮』してもらった過去もある。教えてやろうじゃねぇか」
デルメスは頬にある深い傷跡を指で撫でつけながら、周囲を憚るように小声で囁く。
「そもそも問題なのはこの工廠で銃撃戦をおっぱじめたことそのものってわけじゃねぇんだ。第一、銃撃戦なんてのはこの総督府領の至る所で繰り広げられてる。一々取り締まってられん」
「とすると損傷の程度か? 見る限りこれは全壊と言って差し支えないと思うが」
「無論それもある。この規模を再建させるとなると二、三十億レーベルは下らないだろうしな。だがそこじゃねぇんだよ核心は」
「……というと?」
デルメスはずんと一歩踏み込んで俺の真横に立つと、更に小声で耳打ちした。
「ここはな、トザマのシマなんだよ」
そう聞いて、俺はこの事態の深刻さを今になって痛感した。
背筋を冷たい汗が走る。
嫌な予感がした。
「公にはされていないが、この工廠は例の『戦後賠償』の一環として建設されたもので、その権利者はトザマだ。だが一応の名目が戦後復興である以上、再建に掛かる費用を総督府に負担させさえすりゃ、そう表立ってどうこうするってことはないだろう。だから工廠の全壊程度であれば俺でも隠蔽できた。『偶発的事故』って奴だ、連中がお好きな言葉さ」
「……だが、あんたは隠蔽できないと言った。俺の手に余ると」
「そうさ、俺の手に負えない。それどころか場合によっちゃ総督でさえどうにもならないかもしれん」
「それは、つまり」
「そう」
デルメスは葉巻の吸殻をぐりぐりと靴の裏で踏みつけてから、厳しい表情で告げた。
「死んでるんだよ。トザマの貴族サマがな」




