異変、それは分岐点
注意書き
流血表現など残酷描写が多数あります。
苦手な方はご注意ください。
獣。
それはそう呼ぶに相応しい。
それは荒々しく血に濡れた刃を肉の隙間から露出している。
呑み込んだ生唾がゆっくりと喉を下っていく。
戦い慣れてる俺らですら一筋縄じゃいかない最近のパラドックスをあんなにも容易く…。
身体中を冷たい刃に包んだ"それ"は赫く脈動する血を零しながら幽しい月光に吠える。
まるで捕食者。
なんちゅう出力や…。もしかしたらあのマグニさんにすら…!
匂いを辿るように、あるいは獲物を追うように、ゆっくりと首をこちらに傾げる。
細い縦長の瞳孔はまるでなにかを見つけたかのように広がる。
冷たい汗が頬を伝う。
足音も立てずに"それ"は1歩、また1歩と着実に踏みしめ距離を縮めてくる。
動物の動きはなんとなくわかるものだ。
中でも、狩りをする動き。
それは俺ら駆除隊と同じ、命を奪う行動だからこそ通じるものがあるのかもしれない。
にじり寄るその足運び。
力を溜めつつ確実に仕留められる射程圏内まで。ゆっくりと、ゆっくりと、逃げる隙を与えないように。
ゆっくりと、深く酸素を肺に行き渡らせる。
心臓は危険を知らせているのかやけにうるさく鼓動する。
距離は2.5メートルといったところか。
緊張で辺りの空気は電流が走るように張り詰める。
仕留められる距離に近づけば近づくだけ集中力が上がる。
心臓は更にうるさく鼓動する。
一瞬、一秒。一挙手一投足その総てが死に直結すると思わせるほど明確な殺気。
唯一予想ができるのは攻撃が来るタイミング、それだけだ。
多くの捕食者は、狩りをするときに攻撃をするタイミングがある程度決まっている。
確実に間合いに入った瞬間と、間合いに入りかけたときに相手が動きを見せた瞬間。その2つ。
もちろん、回避や反撃を意識した動きもしてくるだろう。
ならば、ここは敢えて。
一瞬、脚に力を込めると、刹那、刃がスっと鼻先の空を掠める。
「ビンゴやな!」
逃げる振りをして攻撃を誘発、そこから体を仰け反らせての回避。
そのまま背中から地面へ倒れ込む力を利用して顎を蹴り上げる。
捕食者の"逃げられる"ことに対する過剰な意識を利用したカウンター。
これが一瞬の隙を作り出す、俺の思いつく唯一の手段!
視界の外。一瞬の惑いが生んだカウンターのチャンス。
体勢を立て直す暇は無い。どちらにしろ失敗すれば後がない。能力を使うしか…!
脳みそぶっ飛ばしても暴走から戻らんなら…カゼドラくん…俺は君を…!
拳にディスクのエネルギーをこめる。
お願いや。神様でも魔女でもなんでもいい。
これ以上、仲間をこの手で殺すなんてもう…させないでくれ。
拳が触れる寸前、金属が砕け散るような音と共に血飛沫が舞う。
「…ッ!カゼドラくん!!」
身体中の刃が突如砕け散ると、カゼドラはどさりと倒れ込んだ。
身体が焼け焦げていく。
焼かれた皮膚は縮み肉を露出させる。
無慈悲な炎は肉や骨を容赦なく焼き崩していく。
息が苦しい。
空気を吸えば吸うだけ息は苦しくなっていく。
なんでこんなことになった?
知ってるようで知らない顔。
誰かも火にかけられている。
俺と同じように。
なんで俺らは縛られて焼かれているんだろう。
なんで私は、私たちはこんな痛みに遭わなければいけないんだ。
なんでこんなに苦しまないといけないんだ。
ただ、合わなかっただけなのに。
「姉さん…。」
「…ッ!」
ピッピッと小刻みに心電図が鳴る。
靡く白いカーテンの隙間から冷たい風が入り込む。
月明かりが顔を照らす。
なんだったんだ今の夢は…。
今までに見たことがない夢だった。
白い掛け布団を退け、ゆっくりと上体を起こす。
周りを見渡すと、イフォロンがベッドの側の椅子に座り眠っている。
いったいどれくらい眠っていたのだろうか。
ぽたぽたと白い布に水滴がこぼれる。
あれ…。
なんで…。
「なんで俺…泣いてるんだ…?」
「ん…よかった。起きたんやな。」
そう言いながらイフォロンが目を覚ます。
俺は慌てて袖で涙を拭うと、イフォロンは大きな欠伸をしながら話し始めた。
「心配したんやで。突然暴走なんかするもんやないで。」
「暴走…?」
「やっぱり記憶はなかったんやね。ディスク能力者はな、ごく稀に自我を失って暴走することがあるんや。と言っても君みたいな完全に自我が消えるって言う事例は初めてやけどな。普通はもっとこう人格が置き換わるみたいな感じや。そんで暴走から自我が戻った事例も初めてやな。」
「なんかサラッと凄い怖いこと言ってないですか?」
「まーまー。生きてるんだから無問題や!とにかく無事でよかったわ。」
「ここは…?」
「駆除隊本部の治療室や。ここまで背負って歩くの大変やったでー?無事起き上がったんやから今度飯かなんか奢ってな!」
「それと、そこにおるやろ。」
「え?」
イフォロンが目線を向けた先を見ると、白衣を着た長い茶髪の女性が蕩けた表情をしながら血液の入った試験管を振り回していた。
「え、誰ですかあの人。」
「関わらない方がええで。あのタイプの奴は。」
「ん!?呼んだかな!!呼んだよね!!!」
その女性はやけに高いテンションで目を輝かせながら近寄ってくると、いきなり手を掴んできた。
「初めまして!!カゼドラ・レガリスくん!そして!駆除隊へようこそ!!」
俺が困惑した表情でイフォロンに目を向けると、ため息を吐きながらイフォロンは渋々口を開いた。
「この見た目以外終わってるやつはカタラ・スクアロス。研究班のリーダー的なやつや。基本的には害しかないけど業績だけはしっかりしてるから暴走の原因やらなんやらしっかり調べてもうこんなことがないようにしてくれるはずや。」
「悪口がたくさん聞こえた気がするけどそういう訳でよろしくね!」
なんかキャラ濃いの増えたなぁ…。
「こちらこそよろしくお願いします。治療とか色々していただきありがとうございます!」
カタラは一瞬キョトンとした顔をすると首を振り、笑顔で続いた。
「治療したのは私じゃなくてディリアスっていう豆もやしみたいな人だよ!私は医療免許とか技術とかそういうのなんもないからね!ただ興味で君の体を調べてるだけだよ!」
「え、大丈夫なんですかこの人。」
「大丈夫なわけないやろ。見たらわかる。」
「あんまり乙女に酷いこと言うと泣くぞ?」
「そういえばマグニさんは…?」
いじけたカタラを隅に話を続けると、イフォロンは怪訝な表情で話し始めた。
「マグニさんなら俺らが本部に着いたあとに一人で歩いて帰ってきたで。」
「無事ならよかったです!」
良かった。まあ駆除隊最強なら心配するだけ無駄か。
「無事なわけないやろ。」
空気が凍りついた。
深刻な表情のままイフォロンは続ける。
「あのマグニフィカス・エニグマが俺らの援護に来れなかった。それだけで伝わるやろ。」
「相対したパラドックスはジェリーフィッシュパラドックス。不意打ちなら一撃食らうのは免れなかったとしても俺ですら苦戦することはないような相手やった。」
「マグニさんが弱くなったか、パラドックスが想定の数段上の強さだったか。どちらにせよ駆除隊からすれば異常事態や。」
「最近のマグニはなんかちょっとおかしいよねー。まあ色んなこと起きてて疲れてるんだろうけどさー。」
俺のベッドに勝手に横たわりぐうたらしながらカタラもそう続いた。
「何の話をしているんだい?」
扉の陰から頭を覗かせたマグニに全員がビクッと跳ねる。
「カゼドラくんが起きたんで体の様子聞いてたんですよ。一応ある程度は回復したっぽいですよ。」
胡散臭い明らかに嘘をついている顔でイフォロンがそう言うと、マグニは「そうか!ならよかった!」と無垢な笑顔で放つと、俺の傍に寄ってきた。
純粋な人なんだなぁ。
「大丈夫かい?1人で立てるかい?」
そう言ってマグニは手を差し伸べる。
俺はその手を掴みゆっくりと立ち上がる。
「ちょっとまだふらつくね。しばらく肩を貸すよ。」
「すみません。ありがとうございます。」
「カゼドラくんは僕が部屋まで案内するよ。君たちも任務に備えてゆっくり休んでくれ。さすがの対応だったよ。ありがとう。」
そう言うと「行こうか。」と小声で語りかけ、部屋を後にした。
永遠と続くような白い無機質な壁と床の廊下を歩く。
「ごめんね。ほんとは完全に回復するまで治療室に居させてあげたいんだけど、あまり長居させると医療担当がうるさくてね。体の具合はどうだい?」
「もうほとんど問題ないと思います!」
「ただ…。」
「ただ…?」
「夢を見たんです。凄く痛くて苦しい夢でした。でも、どこか懐かしいような、優しいような、そんな夢でもありました。」
マグニは一瞬「何言ってんだこいつ」みたいな顔をした後、顎に指をあて考えだした。
「んー。前世の記憶とかじゃないかな。君が見たのは具体的にどんな夢なのかはわからないけど、懐かしいってのはそういうことなんじゃないかな。」
「前世の記憶…ですか。」
「そうそう。最近はないけど僕も一時期そんな夢を見たよ。上手く思い出せないけど大切な誰かとの思い出の夢とか、親友みたいな人がいた夢とか。そういうのを魂が記憶してるんじゃないかなって僕は思うよ。何かがあって魂が揺らいだときとかに思い出す…みたいな。」
「魂の記憶…。」
「ごめん、適当に話しすぎたね。」
俺が真剣に考えていると、少し笑いながらマグニはそう放った。
「カゼドラくん、目の色が変わったね。」
マグニは俺の目をゆっくりと見つめると、そう言った。
目の色が変わった…?
これってつまりそういうことか。
俺はフッと笑うとそのまま続く。
「わかりますか?駆除隊として戦う覚悟を決めましたからね。いづれはマグニさんだって超えてみせますよ。」
「あ、いやその…物理的に目の色が変わってるってことなんだけど…。」
ん…?え?
「鏡いるかい…?」
小さな手鏡を受け取り開くと、そこに映るものを凝視する。
「え、これ俺っすか。」
「え、うん。」
「…。」
…いや恥ずかし!!
偉い人から目の色が変わったとか言われたら認められたとかそう思うじゃん!!なんで物理的に目の色が赤色に変わってるんだよ!どういう原理だよ!!俺の格好つけた時間を返せよ!
「え、なんでこんな瞳が赤くなってるんですか?」
「いや…僕もわからない。なんかこう、突然変異…みたいなのじゃない?」
「え、俺の体ってなんなんですか?」
「さぁ?調べてみる価値は充分にあるね。」
「ここが君の部屋だよ。持ってきた荷物は全部中に置いてあるからね。じゃ、僕は他に仕事あるから戻るね。」
マグニはそう言って鍵を渡し廊下を歩いて行った。
俺はなんだか格好のつかないモヤモヤとした気分の中冷たい金属の扉を引いた。
「誰だよ、お前。」
その先には積まれたダンボールと共に黒髪の男が俺を睨みつけるような目つきで座っていた。
命懸けご飯です。
気がつけば1ヶ月が過ぎていました!突然寒くなりますね。1年が終わるのも早く感じる歳になってきました。大人になったというか、子供に戻れなくなったというか、複雑な気持ちです。
それはさておき、3話が終わってからもずっと多くの読者様に読んでいただけて飛び跳ねて喜んでいます!読者様の1PVが非常に励みになります!いつもありがとうございます!
11月になるまでに5話も仕上げたいところですが…!気長にお待ちください。
ではまた!




