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《三年前》
「十年後にAIが仕事を奪いに来る」と予測したのはどこの学者であったか。全然奪いに来ねーじゃねーか、と失業したどこかのサラリーマンがビールジョッキ片手に呟いたその十年後、世界で急速にAIが発達した。
例えば、ごついサングラスがある。サングラスに記憶媒体を差し込めるようにしてみてはどうか、とマトリックスを鑑賞した男性が言った。それはそのまま現実になった。英語対応の記憶媒体を差し込めば、サングラスに取り付けられた集音器が相手の声を拾い、英語から日本語に翻訳された文字がサングラスに表示される仕組みだった。無論、英語だけではなく百二十五か国翻訳できる媒体もある。
翻訳は一部に過ぎなかった。コンビニやスーパーは無人になり、金を払わないまま店の外に出ようものなら防火シャッターが閉まる仕様で、安易に万引きができなくなった。
その一方で、介護関係については未だに疑問が挙がっていた。AIは学習し、相手の欲している言葉を予測し、かけることはできても、人間と違って心はない。人間の心に近づけるように学習することはできても、そこに脳も臓器もない。人肌も温みもない。ドラえもんは広く知れ渡ったキャラクターであっても、漫画とアニメ内の世界で認識していたに過ぎなかった。人々は人型ロボットと共存してこなかったため、見た目が合金でいかつい、たったそれだけで「お前に何がわかる」と思ってしまうようだった。
職業安定所にしてもそういう声が世間から挙がった。単に職探しをしているだけであれば、寧ろ効率的に話が進んで楽になったと言う人がいる一方で、リストラされた元会社員たちは、ロボットの形式的なアナウンスに苛立ちを持った。勿論、流暢な他言語を話す外国人のように流暢に話すロボットだってそのうち出てきたはずだ。時が経つにつれて容姿も人間にかなり近づいていくはずだ。だが、そもそもお前らAIロボットがいなければ――確かに皮肉だ。自分の仕事を奪ったAIロボットに新しい仕事を探す手伝いをお願いしているのだから。おまけに勧められる職はプログラマーやAIロボットの整備士だ。それをAIロボットから提案されれば皮肉に聞こえるのも無理はなかった。
そんな中、流通しか(・)け(・)たのが【ハート】と呼ばれるカプセルであった。これは人工知能に感情を与えるという名義で売り出された商品であった。テレビコマーシャルによって使い方は誰もが知り得ていた。「ぱかっと開けて、垂らすだけ。はーあーとー」というたった数秒のコマーシャルがお茶の間に必要以上に何度も流れ、うざい、飽きた、と非難が殺到するほどであった。そのコマーシャルのせいもあったが、本質的な問題は別にあり、買い手がまったくいなかったというのは事実である。
問題があったのは値段だった。安いものでも数百万するため、子どもが遊び半分で手に入れることは不可能であった。一般家庭にしても、【ハート】を買うくらいであったら車や電化製品を買い替えるという声が多数上がり、わずか一か月も持たずにしてテレビで見かけぬようになった。
その頃、呼人は高校三年であり、進路もすでに決まっていた。高校に入学してすぐに始めた介護のアルバイトを、卒業した後も続けようと考えていた。何せ、人とのかかわり合いが希薄になったこのご時世、介護の職に就きたがる人間が少なくなってしまったため、幾分時給が高かった。
AIの普及によって、人は学ばなくても生活に支障をきたさなくなった。数々の学校は次々に廃校となり、学校に通うことよりも、自分のやりたいことに時間を使う若者が増えた。馬鹿が増えると社会が破綻するのでは? それはこの後話す。アルバイトにショッピング、カラオケ、旅行――二十歳を過ぎたら働かなければならない――いわばこれは時代遅れの老後だ。
住んでいた地域に唯一残されていた高校。呼人は三年間通い続けた。アルバイトに勤しみ、蓄えた貯金は三百万を超えた。呼人は銀行で下した三つの札束をスクールバッグに放り込み、ある店へ向かった。三百万が貯まった時点で買おうと以前から決めていた。
【ハート】だ。