タイトル未定2025/05/26 21:28
「航生……」彩也子は呟いていた。息子は今何をしているだろうか。唯一、己の意志で産んだ最初の子ども。父親は蒸発した。忘れようとしても忘れられないのが母親という肩書の定なのかもしれない。
別に彼に限った話ではない。彼以外にも彩也子が産んだ子どもは何人もいる。その顔の一つひとつを覚えている。初めてのげっぷ。吸い込んだ空気。産声。泣き顔。たとえそのどれもが同じ顔だったとしても、一つひとつの違いが分かってしまうのが母親というものみたいだ。
最早、罪とさえ思える。苦しみとさえ捉えられる。忘れたくても忘れられない。必然と心配している。無償で助けたいと思ってしまう願望、神頼みさえできてしまう祈りと、時折現れる自分と子の優先順位に迷う心。その度に自問自答が繰り返される。子を産むことひとつでまるで性格が変わってしまったかのように、まるで以前の自分が思い出せないかのように、子を産んだ瞬間に貼られた母親という肩書は呪いのようにさえ思える。肩書を除いて、何一つ以前の自分と変わったことなどないというのに。
赤いカーペットが敷き詰められた大広間の中心には、座れば沈みそうなソファとテーブル。ソファの上で足を組みながら、一人彩也子は天井を見上げていた。もう何年も空を見ていない。この天井の向こうには空があって、雲があって、青いところも、白いところもあるはずだ。
つくづく思う。生きる意味など当の昔に捨てた彩也子にとって、今を生きている理由など一つしか思い当たらなかった。いつか死ぬのに生きている理由。客観的に見れば彩也子の役目は子どもを産むことだ。だが、彩也子本人は。私は、そんなことを理由にしていたら、生きながらえられない。
地位と役目。決定事項の死までの間の諸行。これに尽きた。
誰も見ていないことなど重々承知だ。だが、もし今自分が生きている世界がドラマの世界だったとしよう。それならきっと彩也子の一挙手一投足を誰かが見ていることになる。彩也子の行動に誰かが涙したのなら幸いだ。感動したのならこれ以上はない。つまらんと吐き捨てられたら仕方がない。どうせいつか死ぬ運命。ドラマのエンドロールは必ず降りるものだ。だらかが面白いと思ってくれることを祈って彩也子は生き永らえている。
純粋な涙を流したのはいつが最後だ。ソファの上で足を組みなおす。テーブルの上に置かれた無機質なガラスのコップに手を伸ばす。中には水が注がれていた。口元に持っていく。飲み込むとき、のど越しを感じた。ああ、私はまだ生きているのだ。そう感じられる。
人間って不思議だ。五感があって、感情があって、体温があって、臓器があって、代謝があって、消化がある。人が産んだ子が人の形をしているのはわかる。じゃあ最初に人間を作ったのは誰? どうやって? 何のために食べるの? 何のために排泄するの? エネルギー、人体構造、物質、細胞、遺伝子、何のためにこんな細かく? めんどくさくない? そんなに頭がよかったの? 頭がいい割には頭の悪いもの作ったわね。こんなこと言い出したらきりがないか。海の底も宇宙もまだ解明されていないものね。
「さて」彩也子はテーブルの上にコップを置いた。「そろそろかな」組んでいた足を解き、重そうに腰を上げた。
「世界の答え合わせの時間だわ」




