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タイトル未定2025/05/17 23:12

 呼人と七は地下鉄の線路を歩いていた。呼人の肩の上でコモレビは声を殺して少し先の未来を想像していた。あらゆる生き物はいつか死ぬ。呼人、七、二人も例外じゃない。コモレビもそれは同じだった。


 世の中の大半の人間は殺されてしまった。全員殺してくれれば有り難かった。生き残った側はどうすればいいのか混乱したはずだ。


 突然現れた黒ジャンパーはライフルを手にしており、甲高い銃声の音が映画館で聞く音のように当たり前に聞こえる。目の前で次々に倒れていく人、悲鳴が銃声に掻き消され、自分の鼓動と相まって訳が分からなくなった。真っ白になっている頭の中、訳も分からずこめかみに伝う涙、唯一恐怖を感じ取った身体だけが震え、無造作に脚が動き続けた。


 赤黒く染めた道路、横たわる人。歩き疲れ、目を背けるように路地裏で膝を抱え、どうしていいのかわからない。携帯電話は繋がらない。両親に送ったメッセージに既読はつかない。頭を抱える。得体の知れない不安だけが身体を苛む。昔見た映画のことを思い出し、泣きながら力強く舌を噛んだ。口に広がる鉄の味。溢れ出る血液。痛み。ぶら下がる舌先。嚙みちぎれるほど舌を噛めたことに疑問を抱いたまま、視界は暗転する。そんな光景がコモレビの頭に浮かんだ。


 いや、次元が違うか。これだけ死んでしまえば、もしかしたら悲しくならないのかもしれない。逃げるのに疲れ、「もういいや」とビルの屋上まで駆け上がり、転落した人もいたかもしれない。


 どちらにせよもう平和な世界じゃない。いつ死んでもおかしくない。呼人はコモレビが死んだら何を思うだろうか。コモレビは……呼人が死んだら自分がどうなってしまうかわからなかった。


 人ってなんで生きてるんだろう。だって無意味じゃん。死んだら全部なくなる。残された側は苦しむ。全然合理的じゃない。それなのに、長年人間という種族は、絶滅せずに生きながらえている。


 もし、呼人が死んだら――。

 もし、呼人が死んだら――。


 悲しい。そんな陳腐な言葉でしか表現できないのが情けなかった。話すことこそしなかったが、コモレビはずっと呼人のことを見て来ていた。ベッドの上、枕の横で彼の寝顔を毎晩見た。一緒に寝た。ぐるぐる回るのは大変だったが、汚れれば洗濯をしてくれた。


 必要が無くなればゴミ袋に入れられるのがぬいぐるみの運命だ。ゴミ袋の中でぬいぐるみは何を考えているか人間にはわからないだろう。そうだな、人間で例えるなら、死刑執行前。雑に入れられたゴミ袋の中は窮屈だった。窮屈なまま、五感を持ち得たまま、ゴミ回収車で粉々にされるのだ。


 呼人は汚くなってもコモレビを捨てようとしなかった。捨てることが実質、死を意味するぬいぐるみにとって、それはとても厳かなことだった。今となっては、コモレビにとって呼人は命の恩人だった。呼人は小さい頃のことで忘れているようで、コモレビのことをゲームセンターのUFOキャッチャーで捕ったと思っているようだが、実際は違った。


 コモレビは一度捨てられていた。ゴミ捨て場で、ゴミ袋の中で、死刑執行を待つ囚人だった。


 あの日、コモレビの他にも、同じゴミ袋の中には何人かぬいぐるみがいた。一人じゃなかっただけまだいい方だった。人間と同じで、ぬいぐるみだって一人は心細い。言葉が通じなくても、そばにいてくれるだけで救いだった。


 黄色いヘルメットを被った小学生が、友達と楽しそうにゴミ捨て場を横切っていく。半透明のゴミ袋越しに見えた。登校の時間なのだろう。最後に無邪気な姿が見られてよかった。ゴミ袋に入れられた皆がそう思ったはずだ。


 ゴミ捨て場に置かれたゴミ袋は、背の低い小学生と目線が同じ高さだった。一人の小学生が足を止め、しゃがんでゴミ袋を見つめていた。あろうことか、こぶ結びにされていたゴミ袋の口を(ほど)き始めた。


 このとき、ゴミ袋の中の囚人たちは何を思っていたのだろう。人間の死刑囚とは違い、ぬいぐるみは飽きられれば捨てられるのが運命だということを自覚している。寿命は、長かったり短かったりまちまちだった。人間で言う寿命は、人間は病死や交通事故で死ぬのを不運と捉えて悲しむが、ぬいぐるみは違う。病死や交通事故が当たり前で、短命だろうと悲しくないし、長命でも嬉しくはない。


 だから多分、誰も何も期待していなかったはずだ。


 それはコモレビも同じ。


 ゴミ袋の口を開けた小学生は、中に手を突っ込んだ。


 引っ張り出されたのはコモレビだった。


 コモレビの視線の奥で、青色のゴミ回収車が迫っていた。コモレビは、小学生に抱きかかえられながら、自分が入っていたゴミ袋を見つめた。


 彼らはあの時、何を思ったのだろうか。ゴミ袋に詰め込まれ、きつきつの状態で彼らの目は言っていた。


「よかったね」と。


「お幸せに」と。


「僕らの分まで」と。


 それがぬいぐるみの世界でどれだけ奇跡で、数奇なことか、人間には一生わからないだろう。コモレビは小学生に抱えられ、彼らとの距離が離れていく。小学生の肩越しに彼らの姿が見えた。ゴミ回収車が近づいて来て、停車した。助手席から降りた作業員がゴミ袋の口を閉めている。


 雑に放り込まれた。


 何かが回る機械的な音が耳に残る。


 その日、コモレビは初めて悲しいと思った。


 大事な人の命日は、自分の命日だと思った。あなたが死ぬ姿など見たらどうなってしまうかわからない。だから、大事な人が死んだら後を追うのだろうと漠然と思っていたが、今わかった。


 きっと先に自分が死ぬのだと思う。


 昔、呼人が朝食をとっている横で見たテレビのニュースを思い出した。あの時、自殺したと報道された男性は、高齢の母親の介護に疲れていたのではなかったのだ。


 大事な人がいなくなる世界など、コモレビには想像できない。



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