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【】

 見当のつかない場所を無作為に探すカフネの姿を見て、馬鹿だなあと長谷川は思った。手あたり次第雑居ビルの一階の扉を押した。勿論、開く扉と鍵のかかっている扉との二つがあったが、鍵のかかっている扉の取っ手に手をかけ、ガチャガチャと動かして鍵がかかっていることを確認すると、カフネは蹴り飛ばした。


 なりふり構っていられない――そういった感情が彼女の動きに反映されていた。彼女もまたクローン人間の一人ではなかっただろうか。彼女と姿身なりがまったく同じ人間が、今現在この世にも存在しているのではないだろうか。そのもう一人のカフネは、果たしてこんなに感情を露にするだろうか。いや、そもそも人工的に遺伝子を組んで生み出されたというだけで、カフネはこの世に一人しかいないのかもしれない。だったらクローンとは呼べないが、散々弄ばれた富豪の愛人はもうこの世にいないとはいえ、愛人が死んだことで彼女と全く同じ遺伝子で作られたカフネなのだから、その愛人のクローンと呼べる。


 クローンだから感情がない――というわけでもない。クローンも一人の人間だ。成長するし、更生もするだろう。「クローンだ」とカフネが言わなければ、普通の女の子としか見えなかった。


「馬鹿だ」長谷川は呟く。路地の右端にあった扉をカフネが開け、そのあとに続いた。そんなあてずっぽうでいつ見つかるというのだ。母さん、もし母さんだったらどうするだろう。感情任せに行き当たりばったりで行動していたら無表情で、棒読みで、あはあはと嘲笑うはずだ。


「あんたそんなにポルノみたいな心の持ち主だったかい? 呆れてアキレス腱があきっあきっ、て唸り始めちゃったわよ」


 ああ、そうかい母さん。そうだよなあ。僕は忘れていたよ。つい、うっとりしてしまった。カフネ――君に見とれてしまっていた。恋愛というものはもう金輪際勘弁してほしいなあ。でないと、自分が自分じゃなくなってしまう――。


 手あたり次第扉を開け放っていたカフネの後ろをついていた長谷川は、その慈しい背中に見とれた。途端に母さんの戯言が聞こえる。病床の上で寿命があともう数分もないと悟った母さんは、「あんた、その女だけは好きになるんじゃないって言ったじゃないの」とかすれるような、絞り出すような声音で言う。どうして? 恨みがあるの? 「そうよ。その女は母さんの娘だ」


 ……。


「え?」


 相変わらず妄想の中の母さんは、いや現実でもそうなのだが、予想に反する言葉を返してくる。そうかあ、カフネが母さんの娘かあ。腹違いってことか? ってことは一応僕らは姉弟じゃないか。そりゃあ恋愛感情は抱いちゃいけないね。一瞬彼女のことを刺し殺そうとしてしまったよ。首をグリン、と回して息のなくなった裸体に視覚トリックを駆使してハリネズミみたく刺し傷を付けてやろうと思っていたんだけど、ああ、それじゃあ刺し殺してはないね。


 二人は路地を走っていた。カフネの背中を追いながら長谷川は悶々としていた。カフネは、ローレルの停車している場所まで戻ろうとしていた。路地を抜ける十メートル手前、立ちはだかった人影があった。


 十中八九それがクローン人間だということは理解していた。たとえ純正の人間だったとしても、殺しちゃいけない理由は、もうない。


「あんた誰」


 カフネが立ち止まる。カフネの横を長谷川は通り過ぎる。こいつに遊戯場の場所を聞こう――前方の黒ジャンパーは右手に長刀、左手に短刀を持っていた。そうかあ、その長刀で僕の首を刎ねる気なんだな。じゃあ短刀は何に使うんだろう。


 長谷川は両の腰からブレンテンとグロックを取り出し、それぞれの手で握った。その瞬間、黒ジャンパーの目つきが変わる。刀と銃とでは間合いが変わるのは当然だ。刀は近接、拳銃は近距離から中距離、刀を持っている黒ジャンパーは隙を見て間合いに入ってくるだろう。


 ほら。


 飛び上がった黒ジャンパーはドリル回転のように身体を旋回させて正面から弧を描くように長谷川に迫った。ああ、僕首刎ねられちゃうのかなあ。とりあえず銃は構えたいた方がいいかもなあ。最後に決めポーズでも決めますか。


 長谷川は目を瞑り、俯き、足を肩幅に開き、両手に持った銃を首の前でクロスさせるように決めポーズをとった、それと同時に、空中で回転していた黒ジャンパーの長刀の刃先がクロスされた銃身と銃身の間に挟まった。彼の回転はそこで止まった。あれ、おかしいなあ、相手は回転しながら飛んできたのだから、銃身に刃が挟まれば僕もその回転に巻き込まれてスクリューみたく回転してしまうはずなんだけどな。


 瞼が開かれる。


 見えたのは、長刀から手を離し、逆手に持った短刀で長谷川の喉元を狙っている黒ジャンパーの顔だった。おいおい、血迷ってるなあ、そりゃ悪手ってやつよ。距離取らなきゃ銃で撃たれまっせ。


 長谷川は両の銃を構えた。一回やってみたかったのよ、両手打ち。反動で腕折れるかな? 構わず向かってくる黒ジャンパーの顔は目と鼻の先にあった。


 昔からよく思う。成人した人間の頭はボーリング玉と同程度の重さがあると聞いたことがあるが、ボーリング玉ってよりは、サッカーボールじゃないかな。すごい蹴りたくなるんだよ、その面――。


 長谷川は左足を浮かせ、大きく一歩後ろに飛んだ。左足で着地し、右足を大きく上方に振り上げた。オーバーヘッドキックってこんな感じだったっけ? サッカーなんて興味なかったけど、岡崎のあれはかっこいいよな。


 長谷川の右足は黒ジャンパーの右足を強蹴した。短刀が上方に吹き飛ぶ。手ぶらになった黒ジャンパーは右手を弾かれた。左手で攻撃するのは難しいだろう。弾かれた右手は指の隙間を無くした。弾かれた反動を使って、手刀打ちで長谷川の喉を狙っているようだった。


 長谷川は左手に持っていたグロックの銃身で手刀を払い、左のブレンテンの銃身で顔を払った。本当はボクシングのジムにある、とぅるとぅるするやつに似たその顔を殴ってやりたかったんだけど、生憎(あいにく)、右と左で別個の動作はできなくてねえ。郷ひろみのじゃぱーーんしかできないんだ、僕。


 空から何かが降ってきた。女の子だったらきっとここからラブストーリーが始まるのだろう。グランドホテルだったらそのホテルにはいろんな人が泊まっているんだろうなあ。彼らが相まって群像劇が始まる。何でもいいんだ。人でもホテルでも蛙でも魚でも(ファ)から(フロ)の(ツ)落下物(キース)


 (ファ)から(フロ)の(ツ)落下物(キーズ)なんて見たことねえよ。当然だ。もし仮に落ちてくるとしたら、ロケット花火や飛行機みたいに事前に空に打ちあがった物体ぐらいだろう。


 長谷川は落ちてきた短刀の柄をなんとなしに掴んだ。そっかあ、君の持っていた短刀の使用用途、君を殺すためだったんだね。


 その場に腰を付きかけていた黒ジャンパーの喉を刎ねた。


「ああやば、遊戯場どこか聞くの忘れた」


 血濡れの短刀を逆手に持ったまま、長谷川が呟く。


「見つけたわ」


 いつの間にかカフネは長谷川を追い抜いていたようだった。視線の先でカフネが背を向けて見上げていた。そのビルは、ローレルが停まっている路肩の正面に位置する場所だった。


 長谷川は首と胴が離れた黒ジャンパーに弔いを、とグロックを彼の胸に置き、9ミリ弾をばらまいた。その場を離れ、カフネの元へと駆けた。


「さっき、その男が出てきたのがこのビルだった」カフネは路地の方を向き、屍となった黒ジャンパーに視線を送った。


「ここが遊戯場、か?」長谷川はほっとした。また別のクローン人間を見つけて遊戯場の場所を聞かなければならないと思うと億劫だったからだ。また下手な聞き方をしたら妄想の中の母さんが喚きかねない。「あんた何殺してんのよ。人に道を尋ねるときは、拷問して無理矢理吐かせるもんじゃないでしょう。下手(したて)に出て、どうか教えてくださいって頭下げるのが礼儀でしょう」まるで母さんは今までに拷問して吐かせたことがあるように聞こえた。母さん、僕は拷問なんかしてないよ。「え? 拷問しようとしてついうっかり殺した? まあわからなくもないか」


「え?」初めて妄想内で母さんが妥協した。


 これは嫌な予感しかない。その予感は、やはり、この目の前にあるビルが異質だという予兆だろう。


「この中に戦闘に特化したクローンが何人いるんだろうな」

「知らない。私は私がしたいからやる。ウルトラマンやゴジラがいようと私がすることは変わらない」


 カフネがビル内に入るのを見て、こりゃお手上げだ、と長谷川は思う。「人工的に作られた人間は頭がおかしい奴しかいないのかねえ」どの口が言う。長谷川だって相当おかしい。ましてやクローンではなく母の股座から生まれた生粋の人間だ。まあそれはクローンも同じか。


 カフネを追ってビル内に入ると、螺旋階段があった。見上げるとつい「げえっ」と呟いてしまう。先の見えない螺旋階段のぐるぐるが永遠と続いていた。仕方なくカフネの後に続いて登り始める。ふと視界に自分の服装が目に入り、まじまじと見ると白いシャツは血濡れで汚れていた。近年でいくら殺したろう。ひーふーみー、少なくとも両手に収まる数ではなかった。


 能天気の名の下に生まれてきた長谷川だからよかったものの、もし仮に長谷川と同じように身体能力に長けている純正の人間がこの世にまだ生き残っていたとしたら、少なからずクローンを殺しているだろう。そいつは殺しに罪悪感を抱いているだろうか。


 彼らは自分の知らない人間、すなわちクローンや仲間以外の人間を見つければ攻撃してくるように生まれながらにインプットされている。人間が便所で糞をしたらケツ拭くのと同じように、熱された油に触れたら反射的に手を引くのと同じように、攻撃を仕掛けるように身体がなっているのだ。男が女の裸体を見て性的興奮を抱いたり、女がこの人生理的に無理、と嘆くのと同じだ。そこにクローンも人間も差はない。ただ、「こうしたらこうなる」の「こうなる」の部分が多様なだけである。


 能天気の名の下に生まれた長谷川は、クローンを殺すことに躊躇いはなかった。クローンが人を殺していいのなら、人だってクローンを殺してもいいはずだ。水掛け論になって争いは止まないだろうが、理屈にはなっている。しかし、普通の名の下に生まれてきた人間は殺しに躊躇うはずだ。仮に、クローンに適う身体能力を持ち得ていて、尚且つ見つけ次第攻撃してくるクローンを殺さずに生き延びている人間がいるのだとしたら、きっとそいつは優しい人間なのだろう。こんな世の中になっても人を殺すことに後ろめたさを感じ、しかし、殺すことができる能力を持ち得ているのだとしたらじれったいだろう。


 いや、と長谷川は思う。


 もし生き残っている純正の人間がいるのだとしたら、そいつは少なからず強い。武力を行使するか否かは別として、強い。


 そんないるかいないかもわからない人間のことを考えるくらいなら母さんと話した方が利口だ。ねえ、母さん母さん、強い人ってどんな人?


「欲望を隠し通せる人よ」


 つまんな。


 長谷川は唾を吐き捨てた。それを拍子に、螺旋階段の上方から銃弾の雨が落ちてくる。どうやって避けようか母さん。マシンガンの銃弾が一発、長谷川の左脇腹を撃ち抜いた。母さんやばくない? 撃たれちゃったよ。どうしよう。どうしよう。


 母さんの返事はなかった。


 ああ、母さんに見損なわれない方法も、逃れる方法も思いつかない。ああ、マシンガン使いやがって。この音はMP4か。むかつくなあ。刀で根絶やしにしてやりたい。そういえばカフネからもらった鈴鹿角とか言う刀どうしたんだっけ。ああ、セダンの中だ。今から盗りに行けば間に合うかな。というかカフネは撃たれてないのかな?


 カフネは人間離れした動きで銃弾をすべて避けていた。階段を左右上下機敏に動き回り、少しずつ階段を上っていた。いいなあ、お前は。そんな動きができる人間で。僕は普通の人間だからそんな動き、一朝一夕じゃできないんだよ。


 長谷川は階段の中腹で立ち止まった。右手に血濡れの短刀が握られている。鮮やかな血の色を見て、先の黒ジャンパーとの戦闘が蘇り、この短刀はその黒ジャンパーから奪ったものだと思い出す。今の今まで忘れていたようだった。


 つまらねえ、つまらねえ。


 命はいらねえ。どうでもいいからマシンガンぶっぱなしてる奴にお灸を据えたいねえ。


 ポケットに手を入れたのは無造作だった。学生が体育の授業で、だるそうにつっ込むのと同じようにポケットに手を入れた。角ばった触り。婚約指輪が入っていそうな四角い箱。ポケットの中で蓋を開け、小さなカプセルを取り出す。


「【ハート】か。人間が飲んだらどうなるんだろうな。二重人格になったりして? いやないな。どんな物質にも感情がある前提で作られてるってんだから、僕が飲んでもただの水だろうな」


 長谷川はカプセルを潰し、短刀に液体を垂らした。


 次の瞬間だった。


「あ、がっ」


 吐血した。


 長谷川がゆっくりと視線を下ろすと、左胸に刺さる短刀が見えた。


「ば、かな……」


 ひとりでに短刀は長谷川の胸元から抜かれ、そしてもう一度、今度は喉元に刺さった。


 首元から短刀が離れる。


 血飛沫が上がる。


 胸元に血が滲む。


 よろけた長谷川は、銃弾を次々に浴び、身体をくねらせた。おぼつかなくなった足はその場に立っていられず、階段を踏みはずす。そのまま長谷川は螺旋階段を転がり落ちた。


「馬鹿な奴。俺の相棒殺した報いだろ。次はあの白髪の女も……」


 宙に浮く短刀は、螺旋階段の渦巻きの真ん中を上昇した。


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