9.
「自己犠牲__勇者ですね」
二人を逃がす私を見てスライが言った。
「違う。二人の未来に懸けたんだ」
私は勇者を名乗れるほどの器じゃない。
「あなたのお仲間とそっくりですね」
スライの言葉にハッとする。
あの時のパーティ―メンバーはこんな気持ちだったのだろうか。大事な人に生きていてほしい。そのためなら自分が死ぬことだって怖くない。そうか___私は、愛されていたのだな。
「口が上手いな」
敵の言葉に救われる。情けないと思う一方で、あの時のことを覚えている唯一の存在なのだ。敵であり、仇であるが、私の過去を理解するたった一人の存在だ。
「先ほども申し上げましたが、言語は平和的解決の最も重要なツールですからね」
そう言ってスライは杖をこちらに向ける。ゴブリンも今か今かとこちらに飛びかかる機会をうかがっている。
「ですが、もう不要です。あなたをここで始末する。私の時間もまた、あの時から止まっていますから」
「ああ、そうだな」
剣を構え、睨み合う。私は周りのゴブリンには一切目もくれない。だが、スライは違う。ゴブリンを使役するため、そちらに一瞬視線を取られた。
お前も、衰えたな__
「聖なる光」
奴に光を浴びせる。不意を突かれたスライは、ゴブリンを一斉に爆破する。くそっ、やけになりやがって。これは__避けられない。
私の微弱な聖なる光でも魔族にとってはやはり嫌なようで、スライは横に横に回避する。しかし逃げた先に勇者の紋章が刻印された剣が投げられ、奴の首(人間で言う頸動脈だろうか)をざっくりと切った。
血が大きく吹き出す。スライは片膝をつき、自身の致命傷を悟った。奴の目の前に、爆発に巻き込まれ、同じように死を悟った私もいた。
「人間はいつも、我々の想像を超える」
スライが言った。
「ああ。人間はいつか、魔王を倒す」
私は嘲笑するように、スライに言った。
「だとしても、魔族にも、意地というものがありますから」
スライはよろめきながら杖をこちらに向ける。ああ、殺される。ごめんなユウ、フォリア。約束は守れそうもない。
「回復魔法」
魔術師の術は、私の生命力を死なない程度に復活させる。
「なぜ、こんな真似を__」
私は急激に楽になった身体に驚きながら言った。しかし戻ったのは生命力だけで、私の身体は動かない。片足が__ない。
「私も__未来に懸けたのですよ。人間に対抗し得る未来を__ね」
奴はにやりと笑い、その場に倒れ、息絶えた。紫色の血が未だに噴き出ている。