8.
「随分と腕を上げたようですね、勇者殿」
スライは私に受けた傷を回復しながら言った。タイマンでは脅威ではないが、膨大な魔力量と防御技術がこいつの武器だ。魔物を使役し、その間に回復する。物量によって優位を取ることを得意とするタイプだ。
「お前が弱くなったんだよ」
私たちが現役のころは、ゴブリンどころではなく、ドラゴンを数体同時に使役するほどの実力者であった。パーティー全員が連携をとり、やっと一撃を与えられる。そんな敵だった。
「時の流れというのは、残酷なものですね」
「初めてお前と意見が合った」
そうだ。バフを受けているとはいえ、ゴブリンに手こずるほど、私は衰えた。技量もそして精神面でも、私はあの時と全く違う。
「だけどな、こうしてお前を殺せる機会を得た。苦しんだ甲斐があった」
剣に光属性のバフを掛ける。今度こそ、斬り伏せてやる。
「やれやれ、嫌われたものです」
スライは傷を治し終え、杖をこちらに向ける。
「ですが、こちらにも事情があります故」
攻撃を受け流すため、剣を構える。しかしスライが杖を向けた先は、私ではなかった。
「爆破魔法」
すると、私の後ろで爆発音がする。振り返ると、ユウとフォリアが対峙していたゴブリンが、衝撃とともに飛散する。衝撃が洞窟に響き、天井から砂が落ちる。
「きゃああ!」
ユウとフォリアは爆発をもろに受けた。四方を囲まれていたため、逃げ場はなかった。
私は二人に駆け寄り、回復魔法をかける。二人ともかなりの深手を負った。ユウは大やけどを負い、フォリアは利き手と逆の肘から先を失った。私の回復魔法では治せない。
私の心に、恐怖が舞い降りた。この二人を失うこと、それが何よりも怖かった。
「召喚魔法」
スライは杖で床を叩く。すると、ゴブリンが魔法陣からまた大量に生み出される。
「複製」
彼がもう一度、杖を叩くと、ゴブリンの数は倍増する。
おびただしい数のゴブリンに囲まれる。そしてそれらは、奴の詠唱次第で強力な爆弾と化す。
「し、師匠。逃げてください。ここは__あたしが」
「何言ってんのよユウ。私は指を失ったの__私が、残るから」
二人が言い合う。こんな時でもお互いのこと大事なのか。でも
「私が残る。二人は逃げなさい。逃げたら、ちゃんと教会に行って治してもらうのよ?」
私は二人の頭を撫でて言った。
「でも、いくら師匠でも、この数は__」
「そうですよ!無茶です」
ユウとフォリアは力強く反対するが、私は首を振る。
「大丈夫。私は勇者よ。必ず戻るから」
私はそう言って、二人を持ち上げ、入口の方へ投げつける。
二人は涙を浮かべこちらを見る。
「早く逃げなさい!」
彼女らは意を決したように二人で頷き合い、走っていった。数匹のゴブリンが追いかけるが、床に落ちていたユウの大剣を投げる。重い剣はゴブリンの身体を分裂させる。これで、二人が逃げる時間は稼げた。
これでいい。この瞬間、私は勇者でも師匠でもなくなった。ただの一人の冒険者だ。