7.
「おっと」
スライはゴブリンを自分の目の前に集め、肉壁を築いた。私の剣は奴までは届かない。なるほど、あのやけに強いゴブリンはこいつが使役していたわけだ。
「ちっ」
私は何度も剣を振るが、いたずらにゴブリンの血が流れるだけで、埒が明かない。いったん距離を取り、息を整える。
「相変わらず血の気が多いですね。アーテ―さん」
奴のやけに落ち着いた声が癪に障る。
「口を閉じろ。魔族が、人間の言葉を使うんじゃねえ」
スライは魔族には珍しく、人間の言葉が扱える。
「言語は物事を平和に解決するための最も有効な手段ですよ。勇者殿」
黙れ__。私の仲間を殺しておいて、何が平和だ。こいつにとっての言葉は、対話のためではなく、敵を欺くための道具でしかない。
「師匠!」
ユウとフォリアが私のそばに寄ってくる。ゴブリンの肉の壁を奴が形成したため、ユウとフォリアは戦闘から解放された。
「驚きましたよ。あなたが弟子を取るとは。勇者様も丸くなりましたね」
「そんなことはどうでもいい。なぜお前がここにいる!」
私は怒号を飛ばす。
「私はゴブリンという種族に大きな可能性を感じておりましてね。彼らの頭として、運営を行っていたのです」
「ゴブリンになんの可能性が__」
魔族がゴブリンと共同で何かをするなど、前代未聞だ。オークですらゴブリンを下に見ているというのに、こいつが何を考えているのか一切分からない。
「ふふ、あなたも気づいているでしょう。ゴブリンの可能性を」
奴は私に同意を求めるように言った。確かに先ほどの推測が正しければ、ゴブリンはただの雑魚ではなくなる。
私は何も答えない。
「ま、いいでしょう。どちらにせよ、ここであなた達を倒さねばなりません。あなたもそこのお嬢さんも、まとめてゴブリンの繁殖母となって頂きましょう」
スライは指を鳴らす。すると下級のゴブリンが無から急に生み出された。これくらいの生物なら魔力で自由に生み出すことが出来る。昔と変わらない__相変わらず姑息な手が得意だな。
「師匠、ユウと私がこいつらの相手をします。師匠はあの魔族を」
「お願いします!師匠」
フォリアとユウがゴブリンに構える。
「分かったわ」
この短時間で随分成長したものだ。事態はかなり不利だが、この二人は私に全幅の信頼をおいてくれている。賢くて、強い子たちだな。私とは__全然違う。
スライはもう一度指を鳴らす。ゴブリンは一気に飛びかかってくる。ユウとフォリアはコミュニケーションを取りながら、一匹一匹確実に減らしていく。
私は勇者の紋章が入った装備を全て脱ぎ捨てる。うん__やはりこの方が私には合っている。初心者の二人の模範となるため、一応装備を付けていたのだが、正直堅苦しかった。
「そう来ると思いました。いざ」
スライは虚空から杖を取り出す。奴の武器だ。
奴は杖から、炎や氷など様々な魔法を繰り出す。私は後ろを逐一確認し、ユウとフォリアに流れ弾が当たらないように気を配る。
狭い洞窟で弾幕を張られる上、ゴブリンを使役してくるため距離を詰めるのが難しい。仕方ない。
「身体強化」
近接戦闘しか取り柄のない私だ。随分衰えてしまった。あの子らも立派になったことだし、今日で剣を握るのは最後にしよう。
「覚悟しろよ。スライ」
「望むところです」
バフをかけられた私の身体は、あの時と同じように動いた。止まった時もまた、動き出す。倒さなければならない憎き敵が目の前にいる。恨みが私を突き動かす。
しかし、なぜだろう。私は胸が高鳴るのを隠せないでいた。口角が自然と上がり、敵を切る感触がたまらない。
私の中に、恐怖という感情の欠片もなかった。