10.
奴が息絶えると、杖が光り出し、魔法陣が形成される。
それは転移魔法陣だった。そこからは、大小や見た目がさまざまなゴブリンが出てくる。そいつらは私を見て、次にスライを見た。
彼らはスライを見ると、肩を落とし、手を合わせた。ゴブリンが死者を弔うなんて聞いたこともない。死ねば家族であろうが物のように扱う、それがこの種族のはずだ。
気づいた。こいつらは皆、上級のゴブリンだ。上級と下級のゴブリン、その差は人間から生まれたか否かにある。
人間が他の種族と一線を画す要素、思考力の部分を上級のゴブリンは受け継いでいるのだ。
こいつらとスライの関係性は一切分からない。唯一確定していることは、私が置かれているこの状況が絶望的だということだ。
私は這って、その場から逃げようとする。剣も魔力もなく、片足のない私にこいつらと戦える手段はない。
少しずつ、奴らと距離をとる。奴らはスライの死亡を嘆いている。今しかない。逃げないと。
しかし、直面したのは、紛れもない現実だった。数匹のゴブリンは私を囲っていた。
卑しい目つき、獣を感じさせる匂い。奴らは私の衣服を引きちぎる。
嫌だ__嫌だ__
あの冒険の時、好かれていたのは知っていたけど、私は純情を守った。一生をともにする人とだけ、そう決めていたから。
それが__こんなこと__。
一匹のゴブリンが、私の胸を鷲掴みにする。鋭い爪が突き刺さり、私は叫び声をあげる。すると
別のゴブリンが、その手を叩き落とし、何か言った。揉めているようだ。
一通り言い争った後、ゴブリンらは私の残った足を持って、転移魔法陣の方へ私を引きずり込もうとする。もっと上位のゴブリンに私を献上しようとしているのか。嫌だ。そんなことされるなら、ここで死んでやる。
「んぐっ」
私の口に、引き裂かれた衣類が詰め込まれた。それが猿轡となり、私の自殺を防ぐ。
ああ、死ぬことも許されないのか。これは__罰かな。好意を寄せてくれたパーティーメンバーとちゃんと向き合わなかった自分への。
ごめんね。今から報いを受けるから。
勇者は転移魔法陣へと引きずり込まれ、姿を消した。勇者職の冒険者がゴブリン退治のクエストで失踪。その噂は人々の笑いのネタにされた。だがそれは同時に、ゴブリンという弱者の、反撃の狼煙となった。
勇者は身籠り、ゴブリンを産んだ。その個体は近い将来、人間とその他の種族の勢力図を大きく塗り替える。
その個体はすべてのゴブリンを従え、こう呼ばれるようになる。
ゴブリン・ザ・ヒーロー
『前日譚 ゴブリン・ザ・ヒーロー』は、これをもちまして完結となります。
本編『ゴブリン・ザ・ヒーロー』にて、さらなる物語の行く末をお届けする予定です。
公開まで今しばらくお待ちいただけますと幸いです。