1.
私、アーテーは引退した勇者である。魔王討伐に向かった先日、パーティーメンバーをすべて失い剣も折れてしまった。四天王を2人討ったものの、私たちの冒険は終焉を迎えた。
実力不足。それ以外に言うことはない。世間では女性初の勇者職だともてはやされていたが、実際には他のメンバーが優れていただけだ。伝説の剣も抜けなかった私は、あの戦いで無様に生き残ってしまった。いや、他のメンバーに生かされてしまった。
みんないい人だった。女は私だけだったが、居心地はすごくよかった。誰が私と結婚するかで喧嘩したこともあったっけ。その時は誰にも興味ないと切り捨てたけど。
あの戦いで敗走が確実になった時、みんなが私を生かすために動いた。私は逃げた。勇者なのに逃げたのだ。
「先生!ゴブリンなんて。私たちもっとできます」
「こら、ユウ。油断しちゃだめっていつも先生に言われてるでしょ。それに、ゴブリンに捕まったらひどいことされちゃうんだよ?」
「フォリアは心配性ね。先生がいるのに負けるわけないって」
「いつだって先生がいるとは限らないじゃない!」
言い争うこの2人の少女は、ユウととフォリア。私の教え子だ。昔助けた村の住人らしく、剣を教えてほしいと頼み込んできた。実力不足の勇者に何が教えられるのかと断ったが、それでも何度もやってくるので根負けした形だ。
二人とも覚えがいい。私よりもよっぽど素質があるように思える。もしかしたら魔王を倒してくれるかもしれない。そんな期待を抱かせる。
今日はその二人の初めての実戦だ。初心者向けで、かつ早急に解決が求められるゴブリンの駆除は彼女らには最適だ。
戦闘とは敵との駆け引きと思われがちだが、実際にはそこまで臨機応変さは求められない。大体のモンスターの行動パターンは研究済みだし、経験や装備が十分に備わっていれば戦闘は”作業”と化すのだ。
だからこそ、冒険者は戦闘を、命のやり取りではなく作業に留めるために常に冷静である必要がある。この点において戦闘はしばしば内省的なものとなる。
彼女らにとってゴブリンはこの上ない練習相手となる。まずその見た目。人間に近い構造をしているのに深緑や褐色の肌をしており、耳が異様に大きい。
相手が動物的ならば心こそ痛むが、そういう敵として割り切ることが出来る。しかし二足歩行で棍棒などを持つ点にどうしても人間らしさを感じ取ってしまう。この人間っぽさがゴブリンと対峙する際の最初の心理的ハードルである。
そして私や彼女らにとって心に深く負荷をかける事項は、奴らの卑しい目つきである。ゴブリンが女性を捉え慰み者にするというのは周知の事実であるが、いったいなぜ奴らがこのような行動をとるのか、それは未だに不明である。ゴブリンを研究する者が少数であるという点、そして奴らの繁殖力を警戒し、見つけ次第巣穴ごと燃やし尽くすことが義務付けられているためである。
いずれにせよ、奴らは女性を捕らえると想像に堪えない屈辱を与える。女性にとっては憎むべき敵だが駆け出しの女性冒険者にとっては戦闘に慣れるための良き練習相手となる。よだれを垂らし、舐めまわすように身体を見る。
目の前の敵に負けたら___。そういうプレッシャーの中でも落ち着いていられる精神力は、敵が強くなった際に重要となってくる。
「ここね」
目的の洞穴を見つけた。それなりの規模になっているようで、洞窟の入り口には見張り役のゴブリンが2匹立っている。見張りを立たせるということは、洞窟内のゴブリンはある程度の社会性を築いている可能性が高い。
思ったよりは手こずりそうだが、2人はすでにそれなりの腕だし、私も帯同するため問題はない。
しかし、勇者がこの後”作業”ではなく戦闘を行うこととなるとは、知る由もなかった。