★お兄ちゃん (優香side)
始まりは、一本の電話からだった。古典の授業中、担任に突如呼ばれ廊下に出てみれば、衝撃的な事実を聞かされる。
「お前の親戚が亡くなったそうだ。確か、お前の従兄にあたる優斗さんだったと思う」
だから急いで帰れ、その担任の言葉は私の耳に入ってはこなかった。代わりに、あまりにも衝撃過ぎて泣き崩れる。
なんで優斗兄さんが亡くなったの?
その疑問が私の正常ではない脳で繰り返され、一つの結論に結びつく。
……ああ、そっか。兄さんは私が殺したんだ。
――遡ること3日前。普段滅多に聞かない音が私の耳に届いた。今いるここは自分の部屋。誰かがドアをノックした訳でも、何かが壊れた音でもない。だから、その音は私の携帯から鳴っている訳で。
こんな夜に誰からだろうと首を傾げながら、携帯を開く。そこに記されていた名前は、私の慕う大好きな優斗兄さんだった。
「もしもし優香?」
電話に出ると、穏やかで優しい声が電話口から聞こえてくる。優斗兄さんに肯定しつつ、どうしたの? と尋ねる。
「少し優香の声が聴きたくなって……迷惑だった?」
「そんなことないよ。久しぶりに優斗兄さんの声が聞けて嬉しい」
「ふふ、優香は嬉しい言葉を言ってくれるね。……ああ、そうだ」
そこで一度言葉を切る優斗兄さん。数秒間が空いて、次の優斗兄さんの言葉に思考が止まる。
「優香、駆け落ちしないか?」
え? 何を言っているの、この人は。
そう思ってしまうのは、至極当然のことだと思う。
「……からかってるの?」
優斗兄さんの言葉は、度を超えたふざけたからかいにしか思えなかった。私を困らすことが好きな優斗兄さんのことだから、今回もその類いのいたずらだと頭で勝手に納得する。けれど、優斗兄さんはどうやら本気だった。
「からかってなんかいないよ。僕は本気さ。本気で優香を1人の女として愛してる。優香が愛しくて愛しくて堪らない。従兄だからって、そんな鎖に縛られるつもりはない。ねぇ、優香?」
一拍置いて、脳に重く沈む言葉を優斗兄さんは魅惑的に囁く。
「……一緒に駆け落ちしよう」
突然の告白に、突然のお誘い。頭がこんがらがるのは当然で。どう答えればいいのか悩む。私は優斗兄さんをそんな目で見たことは一度もなかった。
"頼りになる素敵なお兄ちゃん"
それが私の優斗兄さんへの印象だったから。だからこそ、はっきりと断った。
「私も優斗兄さんが大好きよ? だけどね、私はそんな目で優斗兄さんを見たことはないの。だから、ごめんなさい。一緒に駆け落ちはできない」
そこから暫く無言状態の私たち。次に口を開いたのは、優斗兄さんだった。
「知ってるさ、そんなこと。何年優香に恋してると思ってるんだい? これは最後の賭けだった。もし優香に振られたら死ぬ。……実はね、優香以外愛そうとしたことがあったけれども、僕は無理だった。優香以外誰も愛せなかった。そんな僕が、これ以上優香の近くにいると何をしてしまうか分からない。だから、さようならだよ優香」
「優斗、兄さん……?」
さようならの言葉を最後に、優斗兄さんとの電話は切れた。何か嫌な予感がして不安になった私は、何度も優斗兄さんに電話を掛け直すも、それ以降繋がることは一度もなかった。嫌な予感は本当に優斗兄さんが死んじゃうことなのではないかと、その日は気が気で眠れなかった。
――そして現在に戻る。
あれは嫌な予感なんかじゃなかった。優斗兄さんは本気だったんだ。本気で駆け落ちを拒まれたら死ぬつもりだったんだ。今なら分かる。私が優斗兄さんを殺したんだと。
ねぇ、兄さん? あの時私が頷いていれば、兄さんは死にませんでしたか?