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二十七の嘘 第一話チラ見せ短編集

作者: mukakinoji_

 

 ーー俺の人生は後悔だらけだ。


 俺の初めての嘘は高校受験の時、心の底から好きだった人に嘘をついた。


 これが、一の嘘。


 次の嘘は高校生活も佳境を迎え、受験シーズンが到来する日。


 これが二の嘘。


 こうして俺は嘘だらけの人生を今まで過ごしてきた。それも自分に嘘をついて。


 これが二十七の嘘。


 俺はなんのためにこの世に生を受けて生まれてきた? 周りにも自分にすら嘘をつき続けて。



 どうせ、俺の人生はこのまま終息を迎えるんだろう。なんだったらすでに終息して、嘘の余生を過ごしてきたのかもしれない。そんなクソみたいな人生になんの意味がある。


 そんなことなら、あの時後悔することない選択をすればよかった。バカはバカなりに正直な選択をすればよかったーー。


 これでもう全て終わりだ。鉄格子を越え、怖いはずの下を見てこんな時にもブルって動けなくなっちまう、なんて惨めなんだ…。死ぬことさえできないなんてな。


 身に降り注ぐ恐怖をただただ実感するこの瞬間、足が恐怖で震えてまともに動けない。


 心臓が暴れて、まるで耳の奥で爆音を鳴らしているみたいだった。手のひらはじっとり汗ばんで、鉄格子が妙に冷たく感じる。下を覗き込むと、足元にはただ暗い闇が広がっていて、それが俺を吸い込もうとしているように見えた。


 怖い――。


 この一言が、頭の中をよぎる。体が固まって動けなくなっている自分が、情けなくて仕方なかった。ここまできて、やっぱりできないなんて――。


「もう楽になれるはずだったのに……」


 そう心の中でつぶやいてみるものの、足がすくんでどうしても前に進めない。震える足に力を込めようとしても、まったくいうことを聞かない。俺は一瞬、鉄格子をつかみ直して後ろに戻ろうかと思った。


 でも、こんなことじゃ何も変わらない。何もかも終わりにしたくてここまで来たのに。そうだ、俺の人生は嘘ばかりだった。あの時、正直に話しておけば――そんな後悔が、また頭を駆け巡る。


 それでも、怖さは消えない。いや、それどころかどんどん大きくなって、体全体を覆い尽くしていく。結局、俺にはこの一歩を踏み出す勇気すらないのか――。


 もう一度、鉄格子を越えて戻ろう。そう決めた瞬間だった。


 ――手が滑った。


 気づいた時には、身体が鉄格子から離れていた。俺の意識は一瞬で真っ白になり、体は自由落下を始めていた。風の音が耳元で急速に高まり、冷たい空気が顔を打つ。下へ、どんどん引き寄せられていく。


 俺は、もう何も考えられなかった。


 空を切る風の音が、どんどん大きくなる。冷たい空気が俺の顔を撫で、目を開けていられなくなった。


 ああ、終わる。これで俺の人生が終わるんだ――。


 恐怖が急速に押し寄せてくる。心の中で覚悟を決めていたはずなのに、実際に身体が宙を舞う瞬間、俺の心は本能的に「まだ終わりたくない」と叫び出していた。


 でも、もう遅い。これで全部、終わるんだ。


 無理に自分を納得させようとするが、意識の中では過去の記憶が次々とよみがえる。あの時、あの瞬間――本当のことを話せばよかった。天音に嘘をつかなければ、俺の人生は何か違っていたのだろうか。


 その瞬間、不意に何かが変わった。


 落下している感覚が薄れていく。風の音も、冷たい空気も、すべてが遠のいていくような……時間が止まったかのように、全てが静かになる。身体が宙に浮かんだまま、完全に止まったような感覚に襲われた。


 視界が暗転し、俺の頭の中に再びあの思い出が鮮やかによみがえった。天音との最後の会話、そして俺がついた嘘――。心臓が締め付けられるように痛む。


 ――もし、あの時、正直に話していたら?


 その問いが、胸の中で大きく膨らんでいく。そして、それが最高潮に達した瞬間、世界がひっくり返るような感覚がした。


 次に目を開けた時、俺は……十二年前のあの頃へ戻ってにいた。肩に重くのしかかるノートや教科書が入った肩掛けカバン。


 それに、俺の記憶が正しければ……。


「そんなとこで何してんの?」


 声の聞こえた方へ向くと、十数年ぶりに黒羽天音。彼女をみることができた。


 そして、俺を襲うこの感情はなんなんだろうーー。どうにも表現できない感情がだだっ広い広原を支配する。簡単な言葉すら出てこない。出てくるのは、十数年ぶりに再開したことによって出てくるのは、今までのために貯めた喜怒哀楽がごちゃ混ぜになった感情だけだった。


 それと同時に自分の意思とは裏腹に出てくる大粒の涙。


「わっかんねぇや。……ごめん」


 時間的な再会は二、三年ぶりになるんだろうけど、俺は十二年も声も姿も見てないから複雑な気持ちも整えることはできるけど、今はただ謝罪という言葉しかなかった。


「……なんかあった? そんなに涙脆かったっけ?」


 涙を拭う俺を見て不思議そうに見つめる黒羽が俺の隣に座る。


 彼女の温もりに再び触れることで拭ったはずの涙が再び溢れ出す。


 今ここで今までの身に起こったことをいっその事全て話して楽になってもいいだろうか。そう思ったが、どうしてかそこから先の言葉が出なかった。


 俺は君に本当のことを言いにここへ戻った。とーー。


「目に埃入って涙が止まらないだけだ」


 本当のことを正直に話すために戻ったのにもう彼女に嘘吐いちまった。


 結局、俺って人間はなんなんだろうな。


「……ふ〜ん? まあそういうことなんでしょ?」


 何かを考え込んでいるかと思えば、俺の顔を覗き込み「特にこのあとは予定ないし、話でもする?」と、言いながらちょうど空いてたスペースに腰を落ち着かせる。


 今は、彼女より十数年先を行きたけど、今だにこの時彼女が何を考えていたのかわからない。これで本当に好意的だったのか? そう疑問に思ってしまう。


 時間にして一分。

 沈黙が続いた後、お互い何を思って言ったのか、言葉が被ってしまう。


「もし、嫌じゃなかったら、俺あそこ、歩道橋を渡ってちょっと離れたところに灯りついてるあそこでさ明日以降、勉強することになったから、時間合わせるからまた話せない?」


 この時点で頭が真っ白だった俺は、藁にもすがる思いでどうにか彼女とまた話す機会がないかと誘ってみたが、本来だったらなかった世界線だ。この時点で未来は変化したと思うけど、返事はどうだろう。


「やっぱ返事しなくて大丈夫! それと、これ俺携帯持ってないからウチの電話番号になるけど、もしよかったら」


 タイミングがいいのか悪いのか。言い終わった少し後にバスが停車し、家の電話番号が書かれた紙を渡してバスに乗った。





 バスのドアが閉まり、俺は座席に腰を下ろした。窓の外には、遠ざかっていく黒羽天音の姿が小さくなっていく。


 これでよかったのか? それともまた、同じ過ちを繰り返してしまったのか? 胸の中にざわつく感情を抑えながら、俺はただ前を見つめていた。


 時間を巻き戻すことができても、結局俺は自分の弱さに負け、また嘘をついてしまった。このままじゃ何も変わらないのかもしれない。それでも、今はまだ遅くはないはずだ。


 もう一度、あの時の後悔を繰り返さないために。俺はあの日、嘘をついて天音との未来を手放してしまった。だが、今度こそは――正直に生きるために、この機会を無駄にはしない。


 バスは静かに走り続ける。次に彼女と会った時、俺は本当の自分を見せられるだろうか。いや、見せなければならない。そう決意しながら、俺は強く拳を握りしめた。


 この嘘だらけの人生を変えるのは、俺自身なんだから。

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