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短編あげてく  作者: 窓際の箪笥
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夜雨

「う〜ん、ここまで作ってもらったのに申し訳無いんだけど、この案は却下かなぁ。」


申し訳無さげにそう言うと、一本の髪の毛すらない禿げ上がった頭に滲んだ汗をウェットティッシュで拭き取ったあと、朱肉に力一杯ハンコを押し付けてから、これまた裏に滲んでしまいそうなほど紙にそれを強く押した。


ホチキスで留められたいくつかの紙の一番上の紙、

『純晴堂新店舗(翌翠中央駅前店)における二階空きスペースの活用について』

という如何にも真面目な雰囲気を纏った弱々しい一文は、『却下』という非情なる真っ赤な二文字によって無様に斃れる。


せかせかとどうも落ち着きの無い眼前の男は、やはりどうも私には苦手らしいのか、斃れた書類を取った手は仄かに汗で湿っていた。


私の腹の前の辺りで軽く握り締められたその哀れな紙たちは、くしゃ、と僅かに悲鳴を上げた。


「今回は却下っていう結果に至ったけど、君そこそこ才能あるし、もうちょっと経験積んだらもうバリバリこういうのも通るようになるだろうから、頑張ってね。」


そういう励ましに見送られて、定時から1時間ほど遅れた退社。


季節の流れもあるのだろうか、いつもとたった1時間程度遅いだけで夜の街の顔は酷く変わっている。


昨日はあった僅かな空の淡い青など無く、黒い空はあまりに明るいビル達に怖気づいている。


ふと、頭にひんやりとした感触が迸る。


刹那、その感触は雨となってノイズのように降り注ぐようになり、そこかしこから唐突な夜雨に戸惑い逃げる音が聞こえる。


まだ重い荷の残っている肩、少し頭痛のする頭、役目を失った紙達をまだ握っている手、それら全てを平等に雨粒は穿つ。


「夜雨、か。」


図らずとも口から零れ落ちたその言葉は、家路を行く私を後から強く押していく。


私がいささか輝かし過ぎるネオンから少し離れ、自らの家の目の前に来ても、雨は止むことなく降り続けていた。


鍵を開け、まだ落ち着かない我が家に入ると、びしょ濡れの服のまま、電気ケトルでお湯を湧かす。


白い湯気とコポコポという音を立てて水を温めるそれが、何処か可笑しく思えてしばしの間じっと見つめてしまっていた。


水の茹だるまでのしばしの内に、びしょ濡れの仕事着から部屋着へと着替える。


洗濯籠の上にまで積み上がった衣服、つけっぱなしの暖房。


どうもそれが憎らしく、されど何をすることもできずに、ただ目を逸らした。


ふと、カチ、という一つの音が部屋に響く。


ケトルをインスタントコーヒーの粉の入ったマグカップに傾け、そこから湧き出る香りと湯気に顔をつままれる。


一口飲み、そして一つ溜息を吐いた末に窓越しに見た、夜雨に襲われる大都会はなんだか少し間抜けに見えて、また、少し安心した気がした。

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