密林
ー供養、貪婪と無望に在る私へー
私は、いつのまにか歩むべき道、いや歩みたい道すらもが分からなくなっていた。
いや、分からなくなったのではない、恐らく、もうその道に戻れないほど逸れてしまったのだろう。
昔から、どうも私は咄嗟に選ぶということが苦手で、大方選択を間違えていた。
受験の瀬戸際だったあの時も、好きを失ったーーいや、そもそも端から私の手には無かったのだろうがーーあの時も。
今に思えば、そんな私は恋愛をすべきではなかったのかもしれない。
まだ、それが叶わぬとなった時の覚悟ができていなかったのだから。
掘り返した穴を埋めるかのように、ふと、下を向いていた顔を上げる。
見えるのは、先程と全く変わらない竹藪、木々、叢。
踏みだしたころは、まだ翠く平坦な草原の中を、胸一杯の希望と共に歩いていた。
或いは、道中、煕煕攘攘の包んだ街の、端のあまり人目につきにくい道を一人悶々と独り歩いていた。
しかし、今となってはそれが思慮に浸る以外、全くと言って良い程できることのない、欝蒼立ち籠める密林である。
一歩進むにも苦労がかかる上、幾ら歩いたとて迎える筈の無いその先。
さて、私は幾らの歩をここまでで歩いてきただろうか。
そう、また少し思慮に耽っていると、自分のそれではない草を掻き分ける音が、もの静かな密林に響いた。
今まで巣穴で眠っていた動物がやってきたのだろうか、いや草等が風に揺られただけかもしれない。
そう、いくつか思った末、一つの予想に辿り着く。
もしや、この密林の中には私の様な人間がまだ居るのではないだろうか。
確かに、この音だけで決してそう判断することは出来ないだろう。
だが、やはり私は寂しかったのだろう、この可能性が現れた、その事だけで何処か気分が浮ついていくのだ。
そのもう一人はどんな人だろうか、そもそも一人なのだろうか、複数人なのだろうか。
やはり、私の好奇心は自制心に勝るようで、一足飛びに思考は私の脳を駆ける。
その好奇心はいつ会えるかという期待と成ったが、それはやがてまた私を締め付けることとなるだろう。
拙劣な期待はそれが叶わぬと知った時、絶望と化す。
これは、私の短い人生の中で学んだ事の一つ。
今すぐこの期待は消さねばならない。
さもなくば、私はまた、あの時と同じような脱力、もしくは絶望に襲われるだろう。
だが、そう躍起になっている内に、未だ僅かに聞こえるその音に期待は毎度膨らんでいっている。
また一歩、また一歩と希望と共に地を踏みしめる度に近づくその音を聞き、私はふと思った。
どうせここは永遠に出ることのできない密林、叶わぬ期待の一つや二つ、抱き、そして弾けても別に良いではないか、それどころか、一喜一憂のある方がまだ歩みやすいのではないだろうか。
そう思った刹那、背に背負った重い鞄が急に幾らか軽くなった。
それは、確かにただの気の所為かもしれない。
だが、私にはどうしてもこれが本当の事のように思えてならないのだ。
それと共に、また何かが叢の中を動く音がした。
そしてそれを聞いた私は、先程よりは軽やかに、また静かに歩き出した。