三十路王女様は、スパイの少年を溺愛する
きっかけは、国王であるお父様の言葉だった。
「ピューレ。
いい加減、想い人の一人や二人は出来ないのか」
「……またその話ですか」
私はその言葉を聞いて、気分が悪くなった。
なぜなら、想い人など、一人もいないからである。
昔は、この国の第三王女で末っ子だったこともあり、お父様にとても良く可愛がられた。
二人いるお姉様達には、政治の駆け引きの駒として他国の王家や有力な貴族に嫁がせていたお父様であったが、可愛がっていた私には自由恋愛を認めていた。
第三王女だったこともあり、あまり期待されていなかったことも大きかったと思う。
しかし、それが失敗だったのである。
自由恋愛を認められた私は、結局誰かと結ばれることはなかった。
好きな相手、想い人、そんな者は一人もできなかったのである。
そうして月日は流れ、ついに私は先日三十歳になってしまった。
お父様は、そんな私を酷く心配していた。
三十歳にもなって、結婚どころか恋愛すらしたことがないのか、と日々小言を言われる毎日である。
そのことは王国内でも有名らしく、「第三王女は同性が好きなのでは」とか、「第三王女は重い病気を患っているのでは」とか、よからぬ噂がたっているという話をどこかで聞いたことがある。
そしてついに、しびれを切らしたお父様から、ある提案をされた。
「ピューレ。
このままでは、お前は一生独り身で可哀想な者になってしまう。
そうなってしまっては、お前の父親であり国王である儂は立つ瀬がないのじゃ」
「そんなこと、お父様に関係ないじゃないですか」
「そうも言っておられん。
最近は、お前が結婚しないのは儂のせいだと言って、国王の信用を落とそうとする政敵まで出てきている現状じゃ。
昔はお前のことを可愛がっておったが、そろそろ甘やかすことも出来なくなってきたということじゃ」
そして、一拍おいて。
「そこでじゃ!」
お父様は、二ヤリと笑って目を大きく見開きながら私を見た。
こういうときのお父様は、良からぬことを言う傾向にある。
私は唾をゴクリと飲み込み、身構えた。
「お前には、これから毎日お見合いをしてもらおうと思うのじゃ」
「……はあ?」
私は、思わず一国の王女らしからぬ、素の反応をしてしまった。
それほど、思いもよらない提案だったということだ。
私は、今までまともに恋愛すらしたことがないのだ。
結婚なんて考えたことすらなかったのに、お見合いなんてありえない。
そもそも、三十歳にもなって貰い手も見つからない私とお見合いをしたい者など、一体どこにいるというのだ。
丁重に断らせて頂こう。
と思ったが、そんな私の考えなど見透かしている、という様子のお父様。
「悪いが、決定事項じゃ。
お前の婿を国中で募集したところ、たくさんのお見合い希望者が集まったぞ。
明日には、お前のところに行くじゃろうから、楽しみにしておくんじゃな」
「なっ……!」
横暴である。
それに、いつの間に国中に募集をかけていたのだ。
そんなの聞いていない。
私が反論をしようとすると。
「ああ、この後、大事な会議があったのじゃった。
それでは、よろしく頼むぞ」
「待っ……」
私の反論など聞きたくない、とばかりにスタスタと歩き去ってしまったお父様。
私は、閉まる扉を見て絶望したのだった。
ーーー
それからというものの、私の元にお見合い希望者が殺到した。
どうやら、三十歳とはいえ国の王女と結婚できる可能性があるのなら、喜んでお見合いを希望する男は多いらしい。
非情にいい迷惑である。
そして私は、それらの男たちを切り捨てる日々が続いていた。
適当に会話をしながら、適当なタイミングで帰っていただく。
そんな毎日だった。
来る男を全て切り捨てている私は、おそらく侍女達の間で、また嫌な噂をたてられているだろう。
しかし、こうすることにも理由があるのだ。
例えば今、目の前には私より少し年下のように見える、騎士風の筋肉男子がいる。
まずは、話を聞いてみようか。
「私は、マリーン王国騎士団所属の上級騎士、ウィーン・トマホークと申します!
この度は、このような場を設けていただき、誠にありがとうございます!
初めて間近で目にしたピューレ王女の惚れ惚れする美しさに、少し緊張しておりますが、是非、親交を深められたらと思います!
何卒よろしくお願いいたします!」
などと、目の前の筋肉男子は爽やかに挨拶をした。
丁寧な言葉使いで知性を感じさせ、そのうえ相手をストレートに褒める。
褒めるときに、「緊張する」という言葉を使ったのもポイントである。
これは、自分を下に位置づけることで、相手を持ち上げて気分を良くさせようとしているのだろう。
女を喜ばせることを熟知した、非常に狡猾でスマートな挨拶である。
普通の女性であれば、この筋肉男子の爽やかな挨拶でイチコロだろう。
だが、私は普通の女ではないのである。
実は、私にはある特殊な能力がある。
それは、相手の心の声を聞くことができる能力だ。
この世界には稀に、神子と呼ばれる人間が生まれるらしい。
神子は、神に祝福された人間で、何かしらの特殊な能力を持って生まれるのだとか。
そして、私はその神子だったのである。
そのため、目の前にいる筋肉男子の心の声も、当然聞こえるのだ。
それでは、この筋肉男子の心の声を聞いてみよう。
(うおおおおおおお!
王女様のおっぱい、でっけええええええ!
三十歳って聞いてたからババアかと思ってたけど、めっちゃ美人じゃねえか!
王女様と結婚できたら、この乳は俺のものだあああ!
わははははははははは!)
といった具合である。
表面上でどれだけ良い言葉を並べたとしても、心の声がこれでは結婚どころか話したいとも思わない。
今まで恋愛をまったくしてこなかったのも、これが理由である。
私は末っ子ではあるが、一応王女だ。
王女であるため、こういったお見合いのような話は今回以外でも何度かあった。
しかし、心の声が聞こえるため、どれだけ表面上取り繕えていても、付き合いたいと思うことはなかったのだ。
大体の男は私の容姿を見ると、心の中で獣のように欲情する性欲猿と化するのである。
確かに、自分で言うのもなんだが私は美人だ。
お父様譲りの目鼻が整った顔立ちと、お母様譲りのこの大きな胸。
男達が欲情するのも無理はないのかもしれない。
とはいえ、胸が大きくなってきた十五歳くらいの頃から、毎日のように男たちの気持ちの悪い心の声を聞かされていると、流石に嫌気が差すというものだ。
そして、男の心の声を聞きたくないがために、部屋に閉じこもっていたら、いつの間にか三十歳になっていたのである。
私は、可哀想な女だ。
なんて感傷に浸りつつ、このペチャクチャ喋る筋肉男に、いつもの一言をお見舞いする。
「あなたは、私に合わないようですね。
帰って頂いてよろしいですか?」
傷をつけないように出来るだけ笑みを浮かべつつ言うが、筋肉男子はションボリとした様子で部屋を出た。
去り際に心の中で、
(なんだよ!
せっかく褒めてやったのに!
お高くとまりやがってクソババアが!
一生独身でいやがれ!)
と言っていたのを聞き逃さなかった。
なんとも嫌な能力である。
人の心の中は、存外悪口ばかりだ。
この男のような初めて会った人の悪口などであればたかが知れているが、私といつも関わっている侍女やお姉様達、それからお父様お母様の悪口なんかを聞くときは、身の毛がよだつ思いである。
こんな能力、無ければよかったのになあ。
なんて思っていると、筋肉男子が出て行った扉から、コンコンとノックする音が聞こえた。
私は、気を取り直して扉の方に目を向ける。
「どうぞ」
と、入室を許可する一声を告げると、入ってきたのは侍女のお姉さんだった。
お姉さんとはいっても、おそらく年下だが。
「失礼いたします。
次のお見合い希望者がお越しになられましたので、案内してよろしいでしょうか?」
「分かりました。
案内してください」
先ほどから何人もの男を追い返しているのだが、まだ希望者が残っているらしい。
あと何人追い返せばいいのかも分からないこの状況に、嫌気が差してくる。
そして、侍女が扉を出る去り際。
(ったく。
早く相手見つけて結婚しろよな。
三十で恋愛したことないとか、本当何考えてんだあの王女は。
王女なら選びたい放題だろうに、勿体ない。
どんだけ高レベルの男を求めてるんだ、ババアのくせに。
面食いなんだろうな~)
なんて、侍女にも心の中で罵倒される始末である。
だが、私は動じない。
このような罵倒は、王宮内で色々な方の心の声で聞かされているし、もう聞き飽きたくらいだ。
とはいえ、三十歳にもなって恋愛をしたことがないという事実は、私の気にしているところでもあり、聞きたくない罵倒ではある。
侍女の罵倒を聞かされて、ため息をついていると。
コンコンと再びノックの音が鳴った。
おそらく、新しいお見合い希望者だろう。
私は、コホンと小さく咳払いをしてから、慣れた口調で「どうぞ」と告げた。
すると、扉がゆっくり開き、一人の少年が入ってきた。
綺麗な金髪に、透き通るような色白の肌。
私の胸くらいまでしかない身長に、細身の身体。
くっきりとした目鼻立ちをしているが、気弱そうな表情。
そんな美少年の容姿に、一瞬目を奪われた。
「お初にお目にかかりますっ!
ぼ、僕の名前は、アッシュ・エレナンドと申します!
よろしくお願いしまっしゅ!」
少し緊張している様子の少年。
最後に噛んでしまって、恥ずかしそうにしながらお辞儀をしている。
この瞬間、私の中の心が、人生で初めて揺れた。
な……なんて、可愛いらしいのかしら……!
生まれて初めて持った感情だった。
このアッシュという少年の表情や仕草、声のトーン、その全てが愛おしく感じてしまう。
まさか、これが恋?
恋をしたことがないから分からないけれど、この少年の顔を見ていると、胸のドキドキが止まらない。
もっと近くで声を聞きたいし、頭を撫でてみたい。
あわよくば、ギュっと抱き着いてみたい。
そんな気分である。
まさか自分が、一回り位の年齢差がありそうな少年に興奮するとは思わなかったが、一先ず冷静になる。
落ち着いて、相手の声を聞こう。
「年齢は?」
「15歳です!」
「丁度、私の半分ですわね。
あなたからしたら、私なんておばさんだと思いますけど。
お見合いなんてしていいのかしら?」
「お、おばさんだなんて思っておりません!
ピューレ様ほど綺麗な方に、そんな言葉は似合わないかと!
むしろ、僕の方が若すぎて、ピューレ様に認められるか心配なくらいで……」
あらあらあらあら。
この子、嬉しいことを言ってくれるじゃない。
でも、心の中ではどう思っているのかしら?
私は、アッシュの心の声を聞くために、耳を澄ました。
(な、なんて綺麗な王女様なんだ……。
こんな綺麗な人の前だと、喋るのも緊張しちゃうよぉ……)
私は思わず、鼻血が出そうになった。
なんとアッシュは、心の中でも私のことを、「綺麗なお姉さん」と思ってくれているようだ。
アッシュが私を見て緊張しているのだと思うと、興奮が収まらない。
すると、さらに心の声が漏れ聞こえてきた。
(僕は、ブリタニア王国の諜報任務でここに送り込まれたのに。
王女様に目移りしてる場合じゃないのに……。
国運を背負って来ているんだ。
王女様に見とれていないで、ちゃんとスパイの仕事をこなさなきゃ。
まずは、王女様に気に入られよう)
「へ?」
思わず、私は声に出してしまった。
その漏れ出た声を聞いて、アッシュもピクリと反応する。
「ど、どうかしましたか?」
「い、いえ。
なんでもないですのよ……」
一先ず誤魔化して、やり過ごした。
今聞こえた声はなんだろう。
アッシュが自分のことを、ブリタニア王国から送り込まれたスパイと言っていたような気がしたけど。
ブリタニア王国と言えば、私の暮らすマリーン王国と対立している、いわば敵国である。
本当にブリタニアのスパイなのであれば、バレたら即死刑ものの第一級犯罪。
聞き間違いだと信じたい。
と思っていると、アッシュから心の声がまた漏れる。
(どうしたんだろう。
何か、気に障ることをしちゃったかなあ。
もし、僕がスパイだってバレたら大変だ。
とにかく冷静でいなくちゃ)
と、アッシュは緊張した面持ちで、そんな声を漏らしている。
それを聞いて、私は確信した。
この子はブリタニア王国のスパイだ。
二度も聞き間違えをするはずがない。
まさか、こんな少年が敵国のスパイだったとは。
私はその衝撃的な事実を知り、どうしようか悩む。
正直、容姿も仕草も中身も全部タイプだ。
私がまさかこの歳で少年に恋をするとは思わなかったが、本当に胸のドキドキが止まらない。
この先の人生で、これ以上に男にドキドキすることがあるだろうか。
これまでの経験を踏まえると、たぶんないだろう。
もしスパイでなければ、今すぐにでも付き合いたいし、今すぐにでも結婚したい。
でも、敵国のスパイを婿にしたとなると、大戦犯であり私まで危険になる。
いくら、第三王女で期待されていないとはいえ、王国に迷惑をかけたとなれば信用はがた落ちだし、ここにも住みづらくなるはずだ。
そんなことになるのは、絶対に避けたい。
ブリタニア王国も、敵国ながらあっぱれである。
まさか、私も知らなかった自分の好みに合わせて、こんな美少年をスパイとして送り込んでくるとは。
どうしようか悩む。
可愛らしい美少年を眺めながら、ウーンと唸る私。
アッシュはそんな様子を、緊張した面持ちで見つめてくる。
そして、悩みに悩んだ挙句。
ある結論をだした。
そうだ、アッシュを籠絡して、二重スパイになってもらえばいいんだわ。
それは、アッシュとどうしても一緒になりたいがゆえに出した、悪手ともいえる方針だった。
本来、スパイは籠絡などをされないように、様々な訓練を施されている。
普通に考えれば、スパイを籠絡することは難しいといえるだろう。
だが、私には心を読む能力がある。
この能力を上手く使えば、アッシュを私の虜にさせることも可能だろう。
なんて、甘い考えで決めた。
そして、私は椅子を立ち、アッシュの元に近づいた。
アッシュは、急に立った私にビクッと反応する。
まるで小動物かのように、可愛らしいアッシュ。
私は、そんなアッシュの手をとった。
「ぴゅ、ピューレ……様?」
「様はいらないわ。
ピューレって呼んで?」
「え?」
私にそう言われて、アッシュは困惑していた。
(な、な、なんだ!?
急に手を持たれてしまった。
ピューレ様の手、柔らかい。
それに、なんだか良い匂いがする……。
いかんいかん。
冷静に、冷静に……)
私が近づいてきて、狼狽えながらも冷静でいようとするアッシュもまた可愛らしい。
男を誘惑などしたことはないのだが、私が近づいただけでこれだけ可愛らしい反応を示してくれるアッシュが、私にとって快感だった。
そして、私はアッシュの耳元に口を近づけた。
「私と結婚を前提に、お付き合いしましょ?」
すると、アッシュは震えあがりながら、背筋をピクンと立てた。
「ひゃ、ひゃい!」
慌てて返事をして、変な返事になってしまっているアッシュ。
心の中も、困惑と恥ずかしさで一杯になっている。
こうして、私達は結婚を前提に付き合うことになった。
そして、アッシュ籠絡作戦が始まるのだった。
ーーー
次の日。
私は、アッシュを連れて、マリーン王国の城下町に来ていた。
本来であれば護衛を連れずに街に出ることなど許されないのだが、アッシュは騎士資格を持っているようで、アッシュがいるなら大丈夫という判断で護衛は付かなかった。
つまり、アッシュと二人きりになれたということである。
今日はアッシュと存分にデートを楽しもうと思う。
そんな、アッシュの心の中は。
(このデートで、ピューレの信用を得られるように頑張らなきゃ!
そして、王女の婿として諜報活動をするんだ!)
と、やる気満々な様子である。
私のことを心の中でも呼び捨てで呼んでくれたことが嬉しい。
だがあくまで、このデートはスパイ活動のためと考えているようだ。
私ではなく祖国を思っているアッシュに、少し嫉妬してしまう。
だが、今はそれでいい。
これから、アッシュを私色に染めていくのだ。
このデートで籠絡して、アッシュを私の物に。
なんて、考えていると思わず口元がニヤけてしまう。
アッシュが不思議そうに私の顔を見ていることでそれに気づき、コホンと咳払いをしてから思いっきりアッシュの腕に抱き着いた。
「じゃあ、アッシュ!
行きましょうか!」
「ひゃ、ひゃいっ!」
いきなり抱き着かれたことに驚いている様子のアッシュ。
心の中も、
(わあ!?
ピューレの匂いが!
胸も当たっいて!
ああああああ!)
なんて困惑していて、非常に可愛らしい。
もちろん胸は当てているのだ。
当てるだけでこれだけ可愛らしい反応をするのであれば、いくらでも当てるというものだ。
さて。
ここからが勝負だ。
色仕掛けだけで落ちるほど、アッシュも単純ではないだろう。
上手くアッシュの好みや性格を知って、楽しいデートにしなくっちゃ!
そう思いながら、アッシュと一緒に街に繰り出すのだった。
ーーー
私の方が年上とはいえ、私は女。
デート中は、男であるアッシュがエスコートをしてくれた。
アッシュは、この日のために行くところもたくさん考えてきてくれていたようで、私が抱き着いていることに恥ずかしがりながらも、しっかりエスコートしてくれた。
行った場所は、街の高級服飾店で服を一緒に見て回り、お昼にはオシャレな海鮮料理店へと連れて行ってくれた。
そして、今はお昼を食べ終えて、次の目的地に手を引いて連れて行ってもらっているところだった。
正直、満足度の高いデートである。
私の婿となるため、スパイとして活動するため、行くお店も事前にたくさん考えてきてくれたのだろう。
スパイ活動のためとはいえ、私のためにこんなに良いデートにしてくれたアッシュがとても愛おしい。
愛おしさを感じると同時に、私は今、非常に残念な思いをしていた。
それは、どうやってアッシュを籠絡すればいいのか分からなくなってしまったからである。
私は、これまで一度だって恋愛をしたことがない。
どうやったら、相手が私のことを好きになってくれるのか分からないのだ。
先ほどから、横から抱き着いてみたり、後ろから抱き着いてみたりし、頭を撫でてみたりしているが、慣れてきてしまったのか少し照れてはいながらもアッシュの心は割と落ち着いてきていた。
心を読めば、簡単に籠絡できると思っていたが、結局抱き着くくらいしか選択肢が生まれない私は、ひっつき虫レベルの脳みそである。
自分の恋愛経験の薄さが惨めだった。
泣く泣くアッシュの腕に掴まり、エスコートされるがままに歩いていると。
明かりの遮られた狭めの路地に入ったところで、目の前に2人組の男が現れた。
「よう!
デートしているところ悪いが、痛い目にあいたくなかったら金を置いていきやがれ!」
「それと、そこの女は置いていきな!
そのでっけえ胸を、俺が味わってやる!」
私と同い年くらいだろうか。
ガラの悪そうな男達が、そう叫んだ。
2人は、ニヤニヤとしながら、私のことを気持ちの悪い目付きで見つめてくる。
それを見て、アッシュが叫ぶ。
「ピューレ!
後ろから逃げてください!
ここは僕が!」
そう言って、アッシュは腰元に帯剣していた剣を抜き、私を庇うように前に出る。
急に男らしくなったアッシュにキュンときたが、今はそれどころではない。
2対1。
アッシュの剣の実力がどれほどのものか知らないが、体格差もあるし、かなり不利なのは間違いないだろう。
私は言われた通り、後ろに振り返って入ってきた道の方から逃げようとすると、そちらにも男が一人立っていた。
「残念でした~!
出口は塞がせてもらうぜぇ!」
少し肥満気味の男が、短い剣を持ちながらニヤニヤとこちらを見て言う。
どうやら、もう一人仲間がいたらしい。
これで、3人に囲まれるという数的不利な状況が出来上がった。
絶体絶命である。
私は、今までアッシュに対して持っていた幸せな感情が消え去り、急に不安な気持ちが心の中に溢れる。
私はここで、この男たちにレイプでもされるのかしら。
下手をしたら殺されてしまう。
アッシュまで殺されたらどうしよう。
この囲まれた状況じゃ、助けも来ないだろう。
不安が極地に達し、足が震えてくる。
自然と目から涙がこぼれ落ちてきたそのとき。
アッシュはニコリと笑いながら、こちらを振り返った。
「安心してください、ピューレ。
僕があなたを死んでも守ります」
アッシュは、そう言って剣を構える。
私はこの瞬間、不安な気持ちは消え去り、アッシュの笑顔に見とれてしまった。
これが本当の意味で、私がアッシュに惚れた瞬間だったと思う。
私が、ドキドキしながらアッシュのことを見つめていると。
男たちは叫んだ。
「おいおい!
このガキ、俺達と戦うみたいだぞ!
なぶり殺されてえみたいだな!」
「挟み撃ちにするぞ!」
すると、男たちは、私とアッシュを挟むようにジリジリと剣を構えて近づいてきた。
そして、次の瞬間。
男たちは、アッシュの方に勢いよく同時に踏み込んだ。
が、私の隣からアッシュは消えていた。
あれ、どこいったのだろう。
私は目で追うようにアッシュを探すと。
アッシュはいた。
見つけたのは、目線を上に持ち上げたときだった。
アッシュは、男たちの頭上を飛び、恐ろしい速さで剣を振っていた。
そして、気づいた時には。
男たちの首が全て跳ね飛ばされていた。
男たちの血しぶきが上がる中、アッシュは私の方に振り返り、ニコリと笑った。
「服も汚れてしまいましたし、帰りましょうか」
爽やかな声だった。
本来であれば、男たちの首が跳ね飛ばされているこのスプラッタな光景を見て、悲鳴の一つでも上げるべきところだったかもしれない。
だが、私はアッシュの笑顔に見惚れていた。
この光景に似つかわしくない、そのアッシュの笑顔が、何やら神聖な物のようにすら思えたのだった。
そして、このときアッシュから心の声が聞こえた。
(ピューレを助けることが出来て良かった。
こんな綺麗な人を傷つけるなんて、僕が許さない。
僕が、ピューレを守るんだ)
その小さな体躯から漏れ聞こえた、男らしい声に、私は顔を赤くしていたと思う。
アッシュが、心の底から私のことを守ろうとしてくれている。
それが、とてつもなく嬉しかったのだ。
私は、アッシュの腕に寄り添いながら、お城へ帰ったのだった。
ーーー
服を着替え、私室でアッシュと二人きりになった。
私は、せっかくアッシュと二人きりだというのに無言になっていた。
先ほどあったことを考えていたのだ。
アッシュとのデートは成功とは言い難かった。
アッシュを籠絡しようと張り切っていたが、結局、恋愛経験もない私にはどうしたらいいのか分からなかった。
スパイであるアッシュに、敵国の王女である私を好きさせる方法など見つからなかったのだ。
だが、私は逆に、アッシュを真の意味で好きになってしまった。
この小さくて可愛らしい容姿からは、想像も出来なかった男らしさ。
その強さのおかげで助かった私。
惚れないはずがなかった。
アッシュのことを考えると、胸がドキドキしてくる。
本当であれば、アッシュともっと関わりたい。
でも、アッシュがスパイであるということを知っているのは私だけ。
そのことが、私の頭をモヤモヤさせているのだ。
どうすればいいのだろう。
そんな悩みを持った私のことなど露知らず、先ほどから私が無言なのが心配なのか、ジッと私を見てくるアッシュ。
ああ、可愛らしい。
この子が、マリーン王国の子だったら良かったのに。
なんで、私の運命の人は敵国のスパイなのだろう。
と思っていると、アッシュはついに口を開いた。
「ピューレ。
何か言いたいことがあるなら、言ってほしいな?」
そう言って上目遣いで見てくるアッシュにキュンとする。
言いたいことなど、山ほどある。
もういっそのこと、私が神子で、アッシュの心の声が聞こえてることを言ってしまおうか?
もしかしたら、打ち明けることで、事態が好転してくれるかもしれない。
考え着いたら、即実行してしまうタイプの私。
私は、アッシュに打ち明けた。
「私は、あなたがスパイであることを知っています」
それを言った瞬間、アッシュは大きく目を見開いた。
驚いて、何も声がでないといった様子のアッシュ。
勢いで言ってしまったがしょうがない。
構わずに、私は言葉を続ける。
「私は神子で、あなたの心の声が聞こえるのです。
だから、あなたがブリタニア王国のスパイであることを知っています。
ですが、私はあなたが好きです。
私のためにスパイなんて辞めて、ただ私の夫になってほしいです」
私は、勢いに任せて、言いたいことを全部言った。
これが私の本音である。
すると、アッシュは身体を震わせ始めた。
そして、私を見て大粒の涙を流し始めた。
「そ、そうだったんですね。
バレないと思っていたんですが……。
バレてしまったからには仕方ありません」
そう言って、アッシュは泣きながらニコリと笑って口を開いた。
その瞬間、心の声が聞こえた。
「僕もピューレのことが好きでした」
それが聞こえた瞬間、私はアッシュの唇を奪った。
思いっきり舌を入れる私に、アッシュは驚きながら口を離そうとする。
しかし、私は絶対に離さない。
ここで、口を離したら、アッシュが死んでしまうからだ。
アッシュはニコリと笑った瞬間、心の中で、
(バレてしまったからには、舌を噛んで死ななきゃ)
と言っていた。
それを、聞いての咄嗟の行動だった。
私のファーストキスだったが、そんなことを考えている余裕はない。
アッシュは私のことが好きと言った。
好きな女の舌なら噛まないだろうと思って、舌を入れ続ける。
アッシュは離そうとするが、私はアッシュの背中を抑えて離れない。
(ピューレの口が!
ピューレの舌が!
死なせて、死なせてくれよ!)
アッシュは泣きながら、心の中のそんな叫びが聞こえた。
半パニック状態のようにも見える。
絶対に死なせない。
そんな強い意思を持ってアッシュの口を塞ぎ続けていると、アッシュの力は段々と弱まり、気絶してしまったのだった。
ーーー
私室のベッドの上。
アッシュの頭を膝の上に乗せていると、アッシュは目を醒ました。
アッシュは私の顔を見て、ガバッと起き上がる。
なにやら、その顔は赤い。
「おはよう、アッシュ」
「ぴゅ、ピューレ。
さっきは、なんであんなこと……」
少し冷静さを取り戻したのか、混乱しているのか、すぐには舌を噛むようなことをしないアッシュに安心する。
「あなたのことが好きだから。
あなたに死んでほしくなくて」
そう言うと、アッシュの顔は真っ赤になる。
「そ、その。
僕……好きとか、まだ良く分かってなくて。
でも、僕も、ピューレのことは、好きだと思う……」
顔を赤くして、俯きがちに言うアッシュが愛おしい。
思わず二ヤけてしまいそうになるのを抑えながら、言葉を続ける。
「アッシュ。
改めて言うわ。
私と夫婦になりましょ?
死ぬなんて言わないで?」
それを言うと、アッシュは沈黙する。
そして、何か迷うよな表情をしてから、私のことを不安そうな目で見上げる。
「僕は、ブリタニアのスパイなんですよ?
そんな僕を許してくれるんですか?」
「ええ、もちろん。
私は、あなたのことが好きだもの」
そう言うと、アッシュは呆然としていた。
それから、段々と頬を赤らめながら、何かを決心したような顔になる。
そして、次の瞬間。
「ピューレ!
僕も、あなたのことが好きです!」
そう言って、ベッドに座る私に飛びつくアッシュ。
私は、そんな可愛らしいアッシュに我慢が出来ず、ついに鼻血を噴き出すのだった。
END
読んでいただき、ありがとうございました!
よかったら、☆5をつけていただけると幸いです(>_<)