自分が、大人になった夜(後)
「寒いね」
座ったはいいが気の利いた言葉がどこにも見当たらない。
「うん……」と答えたまま、暖炉で踊る、赤々とした炎を見つめる。
そして彼女の横顔を見ていると、いよいよ何を言って良いのか分からず、変な事を聞いた。
「今日、ステューヴハインが来た」
「…………」
「マーアンの事をどう思っているのか聞かれたから、いつか領地を貰ったら一緒に領地経営をしてほしいと言ったんだ」
「うん」
「一緒に、どうでしょうか?」
「はい?」
その質問は想定してなかったらしく、彼女は初めて呆気にとられた表情をこちらに向けた。
このまま黙って互いに見合わせていると、根負けしたかのようにマーアンは吹き出した。
そして笑いながら自分の頭をクシャクシャかき乱し「思ったより、君は馬鹿だね!」と嬉しそうに言い放つ。
身分や立場の違い……それを思いながら自分は、彼女の体を抱きすくめた。
手の位置が自分の頭にあった為か、勢いのまま自分の頭を抱えてしまった彼女の胸元で囁く。
「自分は本気なんだ。
ずっと居られたらいいと思ってる」
気が逸って、どうかしてしまう自分。
クシャクシャと自分の髪をかき乱していた彼女の手が落ちて、肩のどこかに降りた。
「私のドコが良いの?」
思わず顔を上げると、不安げに、そして楽しそうに笑う彼女の顔があった。
「全部、君といると楽しいんだ。安らげるし頭も良いし……かわいい」
「ありがと」
そう言うと、彼女は勝者のような笑みを浮かべて顔を近づけた。
思わず口づけを求めると、マーアンの唇は離れ、代わりに鼻と鼻を何度もこすりつける。
求めるものが手に入らず、焦れる自分。
その様子を観察して、からかうように「ふ、ふふ……」と笑う彼女に頭がおかしくなりそうだった。
「私、18までしか生きられないんだよ。
それでもいいの?」
「君を守るよ、守ってみせるよ」
手に入るなら何でもする。
胸の内が狂ったようにそんな叫び声で溢れ返った。
「別れの時が辛いかもよ、それでも……」
そう言った彼女を押し倒した。汚れた床の上に。
もう逃げられなくなった彼女の唇を強引に奪う。
もう、ロマンも何もない。
マーアンが欲しかった。
床に広がる乱れ髪と、それでも勝ち誇ったような彼女の笑顔。
笑いながら目閉じると、次に怯えたような顔を見せ、女の声が部屋に響いた。
「ケーシー、優しくして。
私……優しくされるのが好きなの」
言われるがままだった……
望まれるままに優しく抱きしめ、もう一度唇を吸う。
「良いんだよねケーシー、後悔しても」
「構わない」
揺れる火の光と、燃える焦げた木の匂い。
潤む眼を薄く開け、恐れているのか笑っているのか良く分からないマーアンが、自分の腹の下で大人しい。
スッ……スッ……とすれる衣擦れの音。
ボタンを外した。耳に生々しく響いた欲望の声。
燃え上がり、爆ぜる薪の音の中でも、やけに大きく聞こえる互いの呼吸。
甘く乳臭い匂いが彼女の体から立ち上り、自分の汗の匂いと混じる。
皮膚の質感に驚いた、柔らかくて肌理が細かい。
露になる彼女の裸、自分も服を脱ぎ捨てる。
滾る欲望のまま、彼女を自分のモノにした。
時間が経ち、互いに子供から大人に変わった頃。
綺麗なタオルで互いにクスクス笑いながら、裸を拭き合っていた。
タオルを汚す、欲望の痕……
「タオル(これ)、どうするの?」
「暖炉の中に放り込もう」
「もったいなくない?」
「じゃあ、記念に取っとく」
そう答えると、ニッと笑った裸の彼女が暖炉の中にタオルを投げ入れた。
布は火の中で燃え盛る。
「記念にしなくていいよ」
「ああ……」
マーアンは顔を近づけてもう一度口づけを交わすと、可愛く甘えてきた。
抱きしめながら、可愛い彼女の唇を貪る。
「ケーシー、私もう行かなきゃ」
「え、なんで?」
「朝になって私が部屋に居なかったら問題になるモノ」
「もう少し居ようよ」
「駄目、わがまま言わないで……」
そう言うと彼女は裸で床に座る自分を、尻目に服を着始める。
「ケーシーは優しいね……」
服を着ながらそう言った彼女に、自分は血に飢えた見せられない姿を思いながら「そんな事無いよ」と返した。
「ケーシー、私の名前を帳簿で見たって言ったよね」
「うん」
「誰にもその事を話して無いよね」
「うん……」
服を着替え終わった彼女は、顔を外に向けて言った。
「名簿はまだあるの?
もし私の名前を他の人が見つけたら、私……終わりかもしれない」
「名簿は見つからないよ。絶対に」
「…………」
「心配かい?安心していいよ。
君を脅かすものはもう無いから」
振り返って驚いた様子の彼女、安心させるために笑って見せた。
「もう怖がらないで、誰にも言わない、これからも、これまでも。
君が口を開くまで、自分は沈黙を誓う」
「本当?」
「うん、だから18までしか生きられないと言わないで。
これまで君を殺したのは、あのチーノとか言う奴なんだろ。
アイツは間もなく終わりだ、そして奴が死んだら、君を殺す死神は居なくなる。
そう思わないか?」
「そう……かな?」
「君はまた死んでも次の人生で、また自分に逢えるけど。自分にとっては一度きり、一人だけなんだ。
だから、イヤなんだよ」
思いを熱意で包んで伝える。
するとマーアンは自分にしがみついた。
思わず抱きしめるとマーアンは「良いよ、ずっといようね」と耳元で囁いた。
「ずっと仲良く居れたらいいね」
喧嘩ばかりしていたことを思い出しながらそう告げると、マーアンは「そうだねと返した。
間もなくマーアンは部屋から出て行った。
一人であることが気楽に思えたり、また会いたくてたまらなくなったり、残り香が彼女の裸身を思い出させて、心をおかしくさせる。
……コーヒーを沸かした。安らぎを求めて。




