公子と公子……(前)
―3日後王立スターハーヴェン学校
「あのさ、今度アップルティーを手に入れるんだけど、飲みに来ない?」
朝の授業前、友達と一緒では無かった時を見計らって、自分はマーアンに声を掛ける。
あれから少し彼女とは疎遠になりつつあり、少しでもまた以前の様に距離を縮めたかった。
ところが彼女は一瞬冷たい目線を投げると、
ニッコリと愛想笑いを浮かべて一言。
「最近忙しいから、また今度ね」
と言うと、顔をそむけた。
「忙しいんじゃ仕方がないね……
じゃあ、また……いつでもおいでよ」
そう言って腰が砕けたかのように、自分の席に引き返す。
こうして、見事に何かに敗北し、負け犬の気持ちを宿した自分。正直恥ずかしい。
……何をやっているんだ。
こんな所をあの道楽貴族達に見られたら何を言われるか分からないぞ?
誰か……誰かお願いだから、気の利いた誘い文句を教えてください。
お願いします、女神フィーリア……
出会った時は彼女の方から積極的に話しかけてきて、それに対して受け入れている気持でいた。
ところがあれから関係性が変わり、自分が声を掛けて、彼女がそれを袖にする関係になっている。
因みにウチのボスがこの関係を見て『彼女は上手いねっ!』と、笑えない評価を下してくれた。
……今思い出しても、その後ゲラゲラ笑ったあの男の、躾の悪さに腹が立つ。
べアンハート様あなたのせいだ、あなたの‼
「…………」
自分の席は彼女から離れた後方にあり、そこから彼女の後ろ髪を見つめる。
特に意識をしなかったら、いつも目線がそちらに向く、今日この頃……
見ているだけで心が満たされるのは、どうしてなのだろう?
自分は、間違いなく彼女の事が好きなんだ。
確信が胸に満ち、そして納得する。
とは言え、関係性は今見た通り。望みは薄い……
「…………」
情緒不安定……
だからソレを見られたくなくて、机の上に乗せた両腕の隙間に顔をうずめた。
同級生が見たら、寝不足だと嘘をつこう。
何度も零れる溜息を聞かれないように小さくしよう。
そんな事を、両腕の中の暗い視界の中で決めている。
それから時間が経ち、授業の3限目が終わった。
次の授業の準備を進めていると、ふと同級生の女の子から声を掛けられた。
「ねぇ、あなた……ケーシーって言うのでしょ?」
声がした方に顔を向けると、同級生の女の子が声を掛けてきた。
「ええ、そうです。
あなた様は確かリトヴァ様ですよね?」
彼女の事は名前ぐらいだが少し、知っていた。
確かナシュドミル王国出身の、リトヴァ・エッテランタである。
背が高く、金色の髪を長く伸ばした、大人びた容姿の女性だ。
「あら、覚えてくださっていたの?」
「ええ、ナシュドミル出身の方は珍しいので覚えていました」
「それは嬉しい」
「今日は如何されました?」
話しかけてきたのだから、何か用があるのだろう。
「最近、サイピエーグ家のマーアン様とあまり一緒におりませんので、一体どうしたのかな?と……」
「あ、ああ……まぁ」
「喧嘩かしら?」
オウ、言いづらい事をはっきり言ったよ。
「まぁ、そんなものです」
自分が、思わずそう返したのがいけなかった。
それを聞き逃さなかった、周りの他の女の子が「やっぱり喧嘩したの⁉」と、関係も無いのに割り込んだ。
そしてまた一人、また一人と加わって「何があったの?」と、次々インタヴューしてくる。
「いや……関係ないだろ?」
そう言ってかわそうとするが女どもは「関係ない訳無いじゃない!」と、どうしてそうなるのか分からない言葉で切り込んだ。
「力になれるかもしれないよ?」
「一人で抱え込んではダメよ?」
「いや、ちょっと……」
思わず腰を浮かせて、席を離れようとすると、さっきのリトヴァ様がスッと自分の肩を抑えた。
「まだ行かないで下さいませ。
ワタクシ、とても気になりますの」
無敵かッ!
変化球を投げる女どもと、直球でこちらを強引について来るリトヴァの攻撃。
カラーン、カラーン
この時、ちょうど4限目の授業開始の鐘が鳴り、先生が部屋に入って来たことで自然と女どもが遠ざかった。
だが、此処で自分は思った。
……これ、4限目が終わったら逃げ出さないと、さっきの様に囲まれるぞ、と。
◇◇◇◇
―4限目が終わり、第6応接室。
「アハハハ、それでここに逃げて来たんだ!」
ヴィクタはそう言って、情けない自分を笑った。
「あれほど勇名を轟かせた“殺しのトールスカン”が、女の子相手にこんなに怯えるなんてね」
「怯えて無いよ!」
するとルカスが、口答えを咎めた。
「嘘つけ!バレバレだぞッ。
ハァ……お前がこんな奴だったなんて、びっくりだ」
このルカスの物言いに、思わず口を尖らせ目を閉じる。
アイツの顔を見たら何か言ってしまいそうだ。
「まぁ、誰にも苦手なモノが一つ位有るさ。
そう言えばケーシーはこれまで、白銀宮殿内の人以外に、女性に触れなかったのか?」
「いえ……故郷のモンタプータでは彼女が居ました。
13歳の時ですが……それが最後です」
ヴィクタの質問にそう返すと、彼はニンマリと笑う。
「なんで付き合った?」
「向こうが好きだと言ったから、まぁそれで……」
自分の過去を言いながら、徐々に顔が真っ赤に熱くなるのを感じる。
思わず「熱いな、ココ……」と言いながら、顔を手で煽ぐと、目の前の道楽貴族は面白そうに笑い転げた。
クッソ、こいつらめ……
「ところでそのリトヴァ・エッテランタって女の子はどこの貴族なんだ?」
ルカスがにやけながらそう尋ねたので「ナシュドミルだ、爵位は知らない」と答えた。
「その娘はどうなんだ?
ケーシーに興味があったから話しかけたんじゃないのか?
もしその子がその気ならどうする?
マーアン嬢から乗り換えるのか?」
そんな事を考えたことも無かったので「え、いや……」と言って言葉を濁すと、ヴィクタがルカスをからかって言った。
「辞めろ、純粋な僕のケーシーを汚すな!」
……違う、変化球で自分を揺するつもりだ。
「アーッハッハッハッ。ヴィクタ様申し訳ございません」
ルカス、ヴィクタの前に自分に謝るのが先じゃないのか?
それからそのむかつく笑いは止めろ。
とにかく自分をネタにして、今日一日を笑って過ごすであろうこの道楽貴族を横目に、自分は此処に逃げたのは失敗だったと思っていた。
コンコン
この時、応接室の扉を叩く音が響き渡る。
誰だ?と思って全員の目が扉に向く中、給仕の女性が「どちら様ですか?」と、扉の向こうに声を掛けた。
「ヴィクタ様、フライア・ピアケスコーです。
扉を開けて頂いても宜しいでしょうか?」
思わずヴィクタに顔を向けると、彼は静かに頷いたので、自分が立ち上がり、その扉を開ける。
「あ、ああ……」
扉を開けると、声にならない声を上げ、そして涙を流して自分を見上げるフライア・ピアケスコーが居た。
その表情と背後の気配に、何やら禍々(まがまが)しいモノを感じる。
思わず彼女の背後に広がる、アルンスロット資料室内に目を向けた。
「アナセン様……」
そこに居たのは、ギラギラと敵意で目を光らせ、こちらを見据えるアナセン・ヤルンヴォルケと、その取り巻き連中がいた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
そんな自分の耳元で、泣きながら謝罪を続けるフライア。
「脅されたの?」
直感が働いたのでそう尋ねると、彼女は呼吸を荒くし、怯えた表情で涙を流す。
黙ったままの、弱々しいその姿……
相当なプレッシャーを浴びたのだと理解した自分は、彼女を中に入れた。
そして彼女に続いて入ろうとする、アナセン・ヤルンヴォルケを押しとどめる。
「退け、私も中に入る」
「申し訳ございません、主の許可なしにここに入れる事は固く禁じられております」
「なんだと?貴様、私が誰か分かっているのか?」
「はい、アナセン様。
ここは学校の許可を戴いて、アルンスロット家の私物が置かれている場所です。
なのでこの場所に置かれている物が無くなりますと、あらぬ疑いが立つ恐れがあります。従って……」
「お前、私がお前らアルンスロットの物を盗むと思ったのか?」
「……とにかく、主の許可を取ってからでないと入れる訳にはまいりません」
自分がそう言うと、彼は「ハッ!」と吐き捨てるように笑い、そして取り巻き達に向けて聞こえるように言った。
「聞いたか?アルンスロット家の人間は私を泥棒呼ばわりしたぞ。
生まれて17年になるが、この様な無礼を受けたのは初めてだ」
「アハハハ、コイツはナシュドミルの田舎剣士ですから、物を何も知らないんですよ!
アルンスロットも、礼儀作法のなってない奴を召し抱えて、身近に置くなんて……」
そう言って自分を指さして笑う、取り巻きのエーデック・グルヴァン。
その言い草で頭に血が上る。
「自分の悪口は良い……
だが主の悪口は許さんぞ!」
「許さない?どう許さないと言うんだ、ヤークセン。
伯爵家の俺に逆らうのか?
やれるものならやってみろ、調子に乗っている様だが、その自信のほどを確かめてやる。
ただしそんな事をすれば、お前達親子に払われている年金はすぐに停止してやるけどな。
そう言えばお前の血の繋がらない妹は、その年金で暮らしているんじゃなかったっけ?
不出来な兄貴を持つと大変だなぁ。
ついでに学校も辞めて、働くのに専念した方が良いんじゃないのか?
お前はこれから貧乏になるんだろ?アーッハッハッハッ!」
もう限界だ……掴みかかろうとしたその時、自分の肩を背後から誰かが掴んだ。
「ケーシー、お前は後ろに下がってろ」
「…………」
見るとヴィクタが自分の肩を抑えて、そして前に出た。
「エーデックと言ったかな?
確かケーシーの甥だと聞いたが……」
「ああ、ヴィクタ様ですか。
……こんな奴を身近に置くのはお勧めしませんよ、乞食の様な生活を送ってきたような男ですから」
殺してやる!
面前でココまで罵倒したお前は、必ず殺してやる!
「アハハ、僕はあまり過去の彼の身形には気を使わないのでね。
それよりも剣の腕とか、信頼が出来るのかとか、そう言うのを大事にしている。
そう言えば……エーデック殿、ケーシーの父親で、あなたの祖父であるトゥーゲル・グルヴァン殿と言えば、東方遠征の英雄でした。
ケーシーもトゥーゲル殿に似て非常に剣が巧みだ。
エーデック殿も又、トゥーゲル殿に似て剣が巧みでありましょうな」
「剣ですか?それは習いましたが……」
「ではケーシーよりも強いのですか?
それともケーシーよりも弱いのですか?
前々から興味があったので、お尋ねしたかったのですが、いかがです?」
ヴィクタがそう挑発的に言うと、エーデックは息を飲んだ。
それを見てアナセン・ヤルンヴォルケが口を挟む。
「ヴィクタ殿、エーデックはいずれバーレンフ様の跡を継いでグルヴァン伯爵家を継ぐのです。
我々がつまらぬ争いで剣を取らぬように、彼もまた剣を取りません。
その事はご存じかと思っておりましたが」
「それはそうでしたな。
ではここに居るのはみな戦えぬ者という訳ですね。
……ところで、アナセン殿。
何故この部屋に入ろうとしているのですか?」
それを聞くとアナセン・ヤルンヴォルケは、一瞬目に“鬼”を宿した後、取り繕うようにニヤリと笑って言った。
「この部屋は学校の応接室だ。
学校の許可を受けて、アルンスロット家の私物が置かれているとはいえ、私が使ってはいけないと言うのは筋が合わない。
それなのに、このヤークセンと言う男が筋の合わない事を言う。
おまけに私を泥棒呼ばわりだ……
このことについては問題だと、私は学校に申し入れたくなる。
どう思いますかな、ヴィクタ殿?
私も悩んでいるところです」
そう言うと、挑発的に笑う取り巻きとアナセン。
それを見て飛び掛かりそうな自分の横で、ヴィクタがにこやかに言った。
「ああそれは申し訳ない、でしたらこの応接室を使うと良い」




