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海に黒、王国に闇   

桟橋近くの暗い海に浮かぶ、60トンの外洋船に明かりが灯るのが見えた。

仲間を呼ぶ船員の声と、ソレに導かれるように進む、舳先に明かりをぶら下げた3艘の船。


逃がしてたまるか、逃がしてたまるか!


槍を掲げた兵が、桟橋を守る4人の男に向かう中、自分は振り返り「誰か、あの船を逃がさないでくれ!」と叫ぶ。

その時だった、ピカッと閃光が自分の背後で走り、一瞬突堤の上を明るくする。

驚いて顔の向き戻すと、10人いる兵士の内、7人が糸の切れた人形の様に地面に潰れた。


「?」


倒れなかった3人も、フラフラと体が揺れており、危険な状態である。

……倒れた兵士の居る辺りから、白い煙と、焦げた臭いが立ち上った。


「…………」


『灰色の薬が自分の色を変えるモノ、白い薬が解毒剤』


この時、以前ヴィクタが言っていた言葉を思い出す。

そして、自分は懐に忍ばせていた、ヴィクタから貰った白い丸薬を飲み込む。

……悪くなった目が治るような気がしたのだ。

効果はたちまち現れた。

悪かったはずの目が良くなり、眼鏡が要らなくなる。

眼鏡をはずした……驚いた表情で自分を見つめる4人の男と。まだ立っている3人の仲間の兵士。

それを見て、髪や肌が黒から白に戻ったと知った。

そんな自分の背後から「船で逃げるぞ!逃がすなッ」と言う絶叫が響く。

背後で警察が再びガヤガヤと騒ぎ出し、その声に押されるように、自分は剣を抜き払って敵に向かった。

倒れる味方を飛び越え、前に出る自分。

それを見て先程チーノにクラヴァと呼ばれた男が、大慌てで何かを握り込んだ手を大きく振りかぶる。

その時、かつて殺したクラ―の姿を思い出した。

連中は最後……何かを投げつけてくる。

クラヴァは近くで燃える焚火に照らされて、赤とも黄色ともつかない宝石をこちらに放り出した!

それが徐々に発光し始めたのを見た時、自分は剣ですかさずこの石を空中で相手に打ち返す!


バチッ!


たちどころに走る閃光、次の瞬間たたらを踏んで後ろ倒しに敵が一人海に落ちる。


ドッボーン


激しい音、上がる水柱。

そして桟橋の木材から、焦げ臭い匂いと煙が上がった。


「残念だったな、ナシュドミル人にアンブロイトなんか効かないぞ」


自分が挑発的に言うと、クラヴァは怒りも露に噛み締めた歯を俺に見せる。




加熱して溶かした琥珀をアンブロイトと言うが、これは護符(アミュレット)の製造では一般的な素材だ。

琥珀は火、または雷属性の魔導材料と相性が良く、その力を秘めたサンダーバードの化石をアンブロイトに閉じ込めて、この様に投擲武器にするケースは多い。

海戦でよく使われる武器の一つだ。

ナシュドミルの特産品の一つでもある、琥珀は自分達(ナシュドミル人)にとってはなじみ深く、使って来ると分かれば対策は出来る。

こんな感じで速やかに投げ返すか、打ち返せばよいのだ。




……今海に落ちた奴の近くに居た男も、足が痙攣したのか、上手く立てずよろける。

狭い桟橋の上に陣取るチーノの手下ども。

この狭い足場では二人同時に相手をする事は無いと判断した自分は、臆せず前に出る!

剣に切っ先を天に向けた“屋根”に構え、相手に迫る。


「ウラァァァァァァァッ」


自然と発せられる咆哮。

ソレに吊られるように相手の剣が、ふらつく足でもこちらに向かう。

未熟な態勢……痙攣してモタれる足。

身を投げ出すような姿勢で、それでも相手は剣を突き入れた。

一歩左に動いて避けると、切っ先で相手の剣を横に流し、そしてその頭を横倒しに蹴り薙ぐ!


「うわ、うわぁぁぁぁ」


手をばたつかせ、踏み止まろうとするが相手はボチャンとした水音を響かせ、桟橋の杭にしがみつきながら、ずり落ちる。


「助け……助けてくれ!」


武装は重く、水を吸った衣服も体に張り付いて動きを制限する。

……杭を手放せば海底に沈んでしまうだろう。

必死に死ぬまいとする仲間を見やりながら、残った二人は、苦々しい思いを表情に出す。


「降伏しろ!もう勝ち目は無いぞっ」


視界の先、3艘の船は、外洋船の明かり目指して海を進む。

早く追撃したかった。

背後では誰かが「A突堤に船が無い!B突堤から船を出せッ」と絶叫した。

これはチーノを追う手段がこのA突堤には無かった事を意味する。

……その声が、絶望的な状況を自分に悟らせた。


「残念だったな、え?アルンスロット。

……今どんな気持ちだ、クソガキ」


クラヴァが、勝ち誇ったような顔を見せた


「……イキがってんじゃねぇぞ、ジジイ。

テメェ、後でぶっ殺してやる!」


殺意で胸が真っ赤に染まった、焦りと怒りで頭に血が上る。

奴等の守る桟橋の先には、櫂を天に向けて立てた一層のボートが係留されているのが見えた。


「退けよ、あの船でチーノを追わないといけないんだよッ‼」

「退けと言われて退けるか。

俺は騎士だぞ?お前みたいなひよっこに退く道を持ち合わせん……

あの船は私のだ。

ここでお前を海に叩き落としてやる!」


そう言って剣を構えるクラヴァ。

二人を相手に、自分は狭い足場で思わず後ろに下がった。


「てやぁぁぁッ‼」


相手の剣が自分に迫る、それを避けては、一撃をくらわし、それを受けられては後ろに下がる。

何度も剣が自分に迫る、そして剣でそれを弾いては下がった。

組み合ったら、すかさずそいつの後ろに居るクラヴァがこちらに攻撃を仕掛けるだろう。

消極的だが、二人を同時に相手するのだけは避けたかった。


「どうしたクソガキ、さっきの威勢はどこに行ったっ⁉」


腰の引けた自分にクラヴァは、自信を取り戻したのか、味方の後でヤジを飛ばす。

野次だけではなく、不意に今相手をしている奴に近づけば、牽制で剣が伸びて来た。

それを躱しながら、桟橋の終わりまで退けば、仲間の支援が期待できると考える。


「オスカリ様、助けて下さい、(桟橋の)上に上がれません!」


この時、桟橋の杭にしがみつき、命を保っていた奴の部下が叫んだ。

表情を変えて振り向くクラヴァ。

次の瞬間、自分に迫っていたクラヴァの手下が、桟橋の上で意味なく横たわる綱を踏んでしまった……

相手の足首が変に曲がる。

次の瞬間自分は腰だめに構えた構えから、体制の崩れた相手に鋭い突きを放った。

それを避けようと後ろに下がるつもりだった相手の足は、転がる綱の上で踏ん張る事が出来ず、まるで棒の様に伸び切る!

開ききった足、落ちて行く身体。

女神は自分に微笑んだ。

上から下に剣を落とす……右手首が宙を飛んだ。


「…………」


相手は剣を持ったまま下から、自分の顔と、海に落ちて行く自分の手首を見ていた。

そして未だ残る自分の左手と、消え去った右手の先を見比べた。


「…………」


傷口から溢れ始める血の量は多く、それを見て相手は初めて「あああああああっ」と悲痛な声を上げ始めた。

視線を戻し、その様子を確認したクラヴァの表情が固まる。


「桟橋の掃除をしなかったのが敗因だ、クラヴァ……」


自分がそう言うと、クラヴァの顔が怒りで歪む。

次の瞬間、右手を失った男は何を思ったのか、沈んだ右手を追うように海に飛び込んだ。


ドッボーン……


それは理解しがたい行動だった、だが気持ちが痛いほど分かる……

失う訳にはいかないモノを追って、黒い水の奥に潜る男の姿が網膜に焼き付いていく。


「小僧、許さん……」

「それがどうしたよ、えッ?

ソコのチンピラ……アルンスロットに剣を向けた報いを受けろッ」


自分を小僧呼ばわりするクラヴァは、顔を真っ赤にして叫んだ。


「私をチンピラ呼ばわりした事を後悔させてやるぞ!」

「何を言うかよ……お前なんかしょせん、麻薬売人(プッシャー)の手先だろ?

警察も追ってるぞ、お前たちチンピラの首をなぁッ‼」

「私はチンピラなんかではない!

私はこの国の為に尽くす騎士だ!」

「へぇ……驚いた。

そう言えばさっきアイツに“オスカリ様”と呼ばれていたな。

ならば聞くが、お前は騎士オスカリ・バーラスなのか?」


自分の問いに、クラヴァは沈黙した。


「黙っているならお前はただの野良犬で、魔薬売人の手先のクソチンピラだ。

誇り高い男の振りなんかするなよ、雑魚がぁッ‼」


自分の挑発にクラヴァは顔を真っ赤にしてぶちぎれたッ。


「ぐぅぉぉぉぉぉおぉおおおおおっ!」


まるで野獣の様な絶叫と共に、すごい勢いで剣を振るって自分に迫る。

自分よりも厚みのある、逞しい体から放たれる剛剣が、恐ろしい音ともに目の前を過ぎる!


「許さん、許さんぞ小僧!」


マトモに打ち合ったら海に叩き落とされそうだ。

狭い桟橋の上にあるわずかな空間をいっぱいに使って避ける。

避けるだけではなく隙を見て剣を放つ。

そうじゃないと相手に押し切られそうだ。


キン、キン、キン……


自分の攻撃をいなしていくクラヴァ。

そして少しでも距離が開けばぶん回すように剣を左右に薙ぎ払う。

狭い桟橋では脇に回り込む事も出来ず、この旋風のような攻撃は自分の足を次々と下がらせていく。

その馬鹿力に踏み込むすきが見いだせない。


「人間かよ、クソッ!」


本能のままに生きる動物の様な奴の剣に、冷静さを失いそうだった。

あんな奴相手に組み合いを挑んだら、潰されてしまうだろう。

コニーを相手にした時の様にだ。


「クソがぁッ‼」


振り切った腕を打つべく、剣を振るう。

ところが相手は食らうのは覚悟で、腕に着けていた手甲で俺の一撃を受けた。

次の攻撃も、次に攻撃もだ。

ただむやみに相手の防具を叩くだけの自分は、何らダメージを与えられない。

上から斬り付けても下から斬り付けても、巧みに防具を使って自分の一撃を受け切ってしまう。


「ぬうぉぉォォォォッ!」


そんな焦る自分に向かって、あの力任せの横薙ぎが襲った。


ミシ、パキッ……


『!』


この時、足元の桟橋の床板が、割れる様な不吉な音を立てる。

思わず足の体重が踏み込むべき足から逃げる、そして反応がわずかに遅れた。

自分の額を剣が深々と割いた、肉が裂ける感触が頭を揺する。

頭蓋を割られたのかと、思った。

実際にはそうでは無かったのだが、この時は致命傷を負ったのだと覚悟をする。

やがて溢れた大量の血が鼻梁を伝い、さらに眉の下にある眉弓を乗り越えては、桟橋の床板の上に散らばる。

顎を引き、血が眼球に入らない様にクラヴァの顔を睨み付けた。

そんな自分に奴は勝ち誇った顔で言う。


「俺の勝ちだ、残念だったな、小僧。

お前は致命傷だ」


それがどうしたと、思った。

傷口に痛みはなくただ血が溢れているだけ。

アドレナリンにまみれた自分の闘争本能に、陰りは無い。

自分はコイツと刺し違えてでも殺すと自分に言い聞かせながら言った。


「おいそこのクソチンピラ。

お前、剣じゃなくて口が上手くなったんだなぁ……」


一瞬奴は動きを止めた。

血まみれの自分を睨み付けると、次に世界を覆いつくすような怒りと殺意を放ちながら、上から下に怒りの一撃を振り下ろす!

ここしかない!と、自分の本能が叫んだッ。

僅かに動いてこの一撃を避けた自分。クラヴァの剣刃は桟橋の床板を砕く。

それと交差させるように、自分の剣が天高く持ちあがる。

高く、高く、出来るだけ高く……

腕を伸ばし、空を目指すように剣を持ち上げる。

床板から離れる奴の剣が自分の襲う、脇から自分を切り上げる剣。

足を更に一歩右に走らせた。

襲ってくる剣が、今しがた自分の居た場所を駆け抜ける。

自分の代わりに髪の毛が、白い光の様に闇夜を舞った。

そして上に上がる剣と入れ替わる様に、自分の剣が空からクラヴァの頭頂に落ちる!


奥義、天辺斬り!


グシャッ!ゴンッ!


肉と、頭蓋骨が砕ける音が同時に響いた。

生々しい手ごたえが、両腕から、そして全身へと自分の中を伝っていく。

剣を深々とめり込ませたクラヴァの頭。

揺れる奴の顔、そして後ろ倒しに倒れた奴の体。


「……はぁはぁはぁ。んぐっ、ハァハァ」

「うう、ああ……ああっ」


二人の息遣いが、波音と共に辺りに響く。

桟橋の上、床板をきしませながら、体を起こしたクラヴァ。

やつは額に手をやった。

そして血と同時に、透明な体液が頭からあふれるのを掌で確認する。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「ング、ハァハァ」


互いに息を荒げ、自分とクラヴァは互いに目を合わせた。

奴はもう一度掌に目を落とした、そして観念したかのように静かな表情を浮かべる。


「クラヴァ、教えろ……

お前がさっき言っていた“真の主”とは誰だ?

誰がヴィクタ様を襲ったんだ!」

「…………」

「吐け、吐いたらすぐに手当てをしてやる」


自分がそう提案すると、奴は「ふふ……」と笑って、こう言った。


「もう私は助からん。

この透明な“血”が出たらもう終わりだ、私の人生は終わったのだ。

だがな、私は勝ったのだ……」


そう言って振り返るクラヴァ。

その視線の先では、港に侵入してきた60トンサイズの外洋船が、船首を回して港の外へと向かっている。


「私は……あの方が目指す正しいマルティ―ルの礎になるのだ。

女王の治世は誤りだった。

領土拡張もせず、ヴァンツェル如きに舐められる、弱いマルティ―ルは終わり、再び強いマルティ―ル同盟が蘇る。

その為には、悪魔になるのに躊躇いは無い。

間違った国を見続けるよりはずっと良い。

……そうだ、私は悪魔になるのだ」

「…………」

「お前の名を聞こう」

「……ヤークセン・トールスカン」

「ヤークセン……誇りに思うがいい。

私と戦った事をな」

「そんな事よりも、お前の主の名前を言え!」


自分がそう聞くと奴は、焦点の定まらぬ目で言った。


「ああ、もう話せぬ。

気持ちが悪い……」

「誰が黒幕だ、誰なんだ!」

「ヤ……」


……この時、奴は確かに“ヤ”と言った。

自分の脳裏に“ヤルンヴォルケ公爵と言う名前が浮かぶ。

しかし奴は首を一つ傾げると、ニンマリと笑ってこう言った。


「やけくそだよ、クソ野郎」

「!」

「お前に殺されるつもりは無い……」


言っている意味は分からなかった。

そして奴は静かにヨタヨタと這いずり始める。

ヨタヨタと、よろよろと……

そして桟橋から身を乗りだし、頭から海へと滑り落ちた。


「…………」


それを無言で見送った自分……

何故か身じろぎ一つできなかった。

視界の隅では船が外洋へと進みゆき、そして灯っていた光が消える。

船は海の黒に溶けるようにして消えた。

……チーノを乗せて。


ザー……ザザァ、チャプンチャプン


波が桟橋でいつもと変わらぬ波音を立てる。

辺りに漂う血の匂いが、先程の戦いが嘘では無かったと告げた。

呆然としている自分の脇をすり抜け、同盟の兵士が、杭にしがみつく生き残りを桟橋の上に引き上げる。

それを見守る事しかできなかった、腑抜けた自分……


自ら海に飛び込んだ二人の男の事を、自分は終生忘れないのだろうと、思っていた。

トラウマと言うほどのモノではない。

ただただ、忘れられずに、あの時の映像が頭にこびりついている。


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