女友達のマーアン
―聖竜暦1395年エルドマルク王国。
―首都スターハーヴェン、王立スターハーヴェン学校。
「こんな自分が学校か……」
鏡に映った、17歳の自分を見ながら、思わずそんな言葉が漏れる。
田舎の一剣士で終わる筈だった自分が、貴族の子弟が多数通うこの学校の、貴族の庶子が通う学部とは言え、その末席に座る。
まさかこんな事が起きるなんて……
ヴィクタ公子には、感謝せずにはいられない。
この学校の寄宿舎に入室したのはつい昨日の事だ。
そして、昨日あった出来事を思い返しながら、顔を洗い、そして鏡を見る。
鏡には銀色の髪と、ナシュドミル人に良く居る、真っ白い肌をした男が映っている。
「……よし、あの子を迎えに行くか」
次に自分がやるべきことを思い出した。
制服に袖を通す。
◇◇◇◇
その後俺は、自分の部屋を出て約束の待ち合わせ場所へと向かった。
場所は寄宿舎の女子寮の玄関前だ。
目が悪いのに、眼鏡を掛けない約束だったのでその通りの姿で待つ。
……目の前がぐにゃぐにゃして気持ち悪い。
何も見えず、そして何も分からない……
クスクスと笑いながら女子学生らしい、匂いとシルエットが何人も通り過ぎる中、その内の一つが、親しげに自分に声を掛ける。
「はーい、ケーシー。約束通り眼鏡を外してるね」
「あ、マーアン」
そんなボヤっとしたシルエットの一つが、昨日知り合ったばかりの女友達だと分かった自分は安心した。
「眼鏡掛けて良い?何も見えないんだ」
するとマーアンのシルエットは傍にいた別のシルエットに、彼女に顔を向けてケラケラと笑う。
どうやら別の女子がいるらしく、その子がマーアンに言った。
「ええっ、この人なの?昨日話していた男の子って」
「そうだよ」
「髪が黒くて、肌が浅黒いから外国人かと思った」
うん?二人別の女の子がいる。
マーアンの友達だろうか?
「一応ナシュドミルで育ったんだって。
なのに外国人っぽい見た眼なのは、私も良く分からない」
『へぇ……』
マーアンの友らしき二人はそう相槌を打つと、俺の顔をじろじろ見て、次にケラケラと笑った。
……同年代の女の子に笑われると言うのは、独特の恥ずかしさと、嬉しさを感じるのは自分だけだろうか?
何が楽しいのか分からないが、顔が真っ赤になるんだけど……
「ケーシー、眼鏡を掛けて良いよ」
得意げにマーアンがそう言うので「偉そうに言うなよ」と、思わずとぼけて返すと、女子3人の笑い声が沸き上がった。
その中で胸ポケットから眼鏡を取り出した自分は、それを鼻梁に掛けて、ぼやける世界を眺める。
磨きあがった水晶越しに見える、くっきりとした視界。
見ると眼下には何かを期待して、キラキラした目の女子3人が俺の顔を見上げている。
その中で、一番俺の目の前に居る、輝く様な茶色い髪と、楽しそうに目をクリクリと動かす子リスの様な顔の女の子が言った。
「残念だよケーシー、君は本当に残念!」
次の瞬間女3人は不躾に笑いだし、それを見て自分はムッとする。
「マーアン、お前本当に失礼だぞ!」
すると子リスみたいな顔のマーアンは、目に浮かんだ笑い涙を指で拭きながら言った。
「だって、ビン底眼鏡を掛けなかったらイイ男なのに、次の瞬間凄く残念なんだもん」
「ぁ、残念……」
「本当にケーシーは残念だよ、惜しい、ものすごく惜しい!」
俺はそう言われると、面白くなく口を尖らす。
彼女の友人も「イイ男なのにぃ!」と笑いながら残念がり、別の子も「でも良いよ良いよ、こういう形で完璧でないのも良いと思うよ、アーッハッハッ!」と面白がった。
やがてマーアンの友人たちは、マーアンに笑いかけながら「それじゃあ私達は行くね」と言って、二人して入学式が開かれる講堂に向かう。
後には自分とマーアンが残された。
自分はそれを見ながらマーアンに「友達と一緒に行かなくていいの?」と尋ねる。
「良いよ、だって昨日あれだけ話が盛り上がったから、学校の案内できてないじゃん。
ソレに私達はもう友達だなんだから、一緒に行っても良いよ」
「悪い噂が立つよ?」
「立っても良いよ、どうせ私は18までしか生きられないし」
「……またそんな事言って」
「良いの良いの、それより講堂に行く前に教室に行こうよ、行き方分からないでしょ?」
そう言われて俺は彼女に案内され、昨日教えて貰う筈だった、教室への道を行く。
その道中で彼女は、誰も居ないのを見計らって尋ねた。
「ねぇケーシー、わざと髪や肌を黒くしているのって、公子様のご命令?」
「ああ、人前に出るときは“あの薬”を飲んで、髪と肌の色を変えるように言われている」
自分もまた他の人が居ないかどうか、周りを見ながらそう答えた。
それにしても最悪だ、昨日初めて会ったばかりの女に、その隠すべき正体を見られるとは……
そんな自分の苦々(にがにが)しい思いの滲み出た顔を見て、彼女はクスクスと笑う。
「スパイ失格だね」
「誰にも言うなよ、入ったばかりで醜態を晒しました、だなんて言えないからな……」
「分かってるよ、大丈夫、私達友達じゃん」
「これを他の人に知られたら、自分は首になる……」
「知ってる、だから誰にも言わないよ。
ルカスは本当に、公爵家の為にそうするもんね」
自分はそれを聞きながら不思議に思い、そして首を傾げながら尋ねた。
「なんでマーアンは会った事も無い、ルカスの事を知っているんだ?」
すると彼女は明るい声で、闇の深い事を言った。
「私は未来を知っている。
アナタ達の事も知っているよ。
その代わり18までしか生きられないけどね。
ルカスは公爵家の為に冷酷になれる人だけど、本当は優しい。
そしてヴィクタ公子は正義感にあふれて、素晴らしい人よ。
そして……ケーシーは、本当は面白い人」
「最後の褒め言葉?」
「そうだよ、違う?」
あまりそう言われた事は無いかな……
「だとしたら、18までしか生きられないって言わないで欲しい。
そう言われるとさぁ、なんというか悲しいんだ」
「私の事?
だってしょうがないじゃん、そういう運命なんだから。
だから色々な事を知りたいの、私……」
“自分は死ぬ”と簡単に言う彼女の話を聞くと、複雑な感情になる。
……もちろん、嘘だろ?と思っている。
なのでそんな事を何故言うのか、詳しく聞き出したかった。
ところが、明るい声で重たい事を言うマーアンは、自分でそんな事を言い出しながら、話を打ち切ってこう言いだした。
「それはそうとさぁ、ケーシーは顔が良いんだから、あのビン底眼鏡は辞めたら?
もったいないよ」
コイツ、自由人だよなぁ……そう思って少しムッとしながらも俺は彼女の質問に答えた。
「もったいなくてもダメなんだ、姿を変える薬を飲むと、副作用でド近眼の乱視になってさ。
もう目の前がぼやけるは、ウヨウヨと色々なモノが勝手に動き回るはで、正直酔いそうになる。
色々試したけど、この眼鏡じゃないと何も見えない」
「フーン、それじゃあ仕方がないね。
でもさっき皆に、君の本当の顔を見せたから、少しはこれからの学校生活は楽しいかもよ?」
「それだけで変わるか?」
「変わるよ、私は未来が見えるんだよ。
だからいつかメガネは捨てられるように、魔薬学(魔法薬学部)の勉強頑張りなよ」