30 ブタの丸焼き・パワーアップ添え
俺を襲った野菜狂信者はうつ病となったらしい……ちょっと固い肉を食わせただけで鬱になるとは失礼な奴だな。
何でも牢屋の中で「もう駄目だ、御仕舞いだ」などと繰り返しているとか何とか……何処の野菜王子だよって話だ。
何にせよあの野菜狂信者は貴重な情報源だからな、しっかり肉を食ってヴィガン族とやらの事を吐いて貰わねばならん。
野菜狂信者共は1人残らず肉を食わせなくてはならんからな。
「……ウメオ、コンロの内部は暖まったぞ」
おっと、まずは黄金のブタとやらを美味しく焼かなくては。
うん、木炭も白く赤く……いい感じだ。
刷毛を用意して、コメ酒にハチミツと醤油、色んな香辛料を混ぜたタレも作った。
そして内臓の代わりに詰める米の炊飯も終わっている。
後は実物が来たら内臓を抜いて、血を洗い流して焼くだけだな。
実際に飛んでる所も見たが……うん、確かに金色に輝いてたが翼が生えてる訳じゃなく4本の足で自走していやがった。
流石は異世界、日本のレシピは受けていたのに常識が通用しねぇ。
「黄金のブタが獲れたぞーっ!」
来たか……さあ、美味しく焼いてやろうじゃないか。
パッと見た程度だがこれブタじゃなくてイノブタじゃねぇか、しかし体積はウシ……いや小型のクジラ並にありやがる。
確か地元じゃ金猪豚とかいうブランドイノブタもあったなぁ……まさかそれで金色に輝いてたのか?
だとしたら完全に笑えないジョークなんだが。
因みにイノブタとは名前の通りイノシシとブタを交配して生まれた家畜で、イノシシ肉の代用として使われていたが近年イノブタ自身に脚光が当たり密かなブームにもなっていた。
味はブタよりアッサリしてるがサラッとした独特な脂はブタより美味いとも言われているな。
個人的にイノブタはトンカツで食うのが最高だと思っているが、今回は丸焼きにするから諦めよう。
「よし、今から内臓を抜くからマットさんは引っ張るのを手伝ってくれ」
「了解した」
このイノブタは……雌か、なら聖剣で肛門から切れ目を入れて、と。
本来なら鶏の内臓を抜くのに使う方法だが、牛や豚でもやれない事はない。
ただデカい分だけ重過ぎて1人じゃ抜けないだけだ。
因みに雄だった場合……股関にあるシンボルを切り落としてそこから引っこ抜く事になる。
それとこの聖剣は炭素鋼で作られていて、短時間なら肉に影響を与える事はないと尊敬するピットマスターが言っていた言葉を信じる。
「よし、頼む」
「フン!?」
おお、見事に腸から心臓までを引き抜いた!
本来ならこれも美味い部位だが話を聞く限りじゃ毒があるらしいからな……諦めよう。
「したら内臓を抜いた所にどんどん水を流してくれ、血が出なくなるまでだ!」
「水を持って来ーい!」
「桶じゃ足りねぇ、樽で持って来い!」
「樽じゃまだるっこしい、青を使うぞーっ!」
「イチゴちゃんに罵られたい!」
青……ああ、ケンタン領で復興に使ってた緑と同じ水晶か。
青は水を出すと覚えておこう。
それと最後の……いや、最早何も言うまい。
次に会ったら可愛い妹の盾代わりに野菜狂信者の所まで連行してやろう。
よし、内側の洗浄は終わった。
水気を綺麗に拭き取ったらみじん切りにしたタマネギとニンニク、炊飯して冷ました米をパンパンになるまで摘めて、切り口を料理用の糸で縛って閉じる。
そしたら全体に用意したタレを塗って、と。
「いいぞ、こいつをコンロに乗せてくれ!」
「おう、行くぞ!」
「「「「おおーっ!」」」」
ふぅ……これで一段落だな。
大きさから耐久性までキッチリと再現出来たと思うが……このイノブタがピッタリ収まったか。
やはり尊敬するピットマスターはもう一度この世界に行こうとしていたのかもしれないな……このコンロを持って、あのロリババアの婆さんに会う為に。
その願いは叶わなかった様だが、せめて子孫にこのコンロだけは伝えておこう。
しっかり乗せたら蓋をして……暫くしたら開けてタレを塗る。
後は時々様子を見ながらタレを塗るのを繰り返してやればいい。
「焼き上がりは早くても夕方になるだろうからな、順番に飯を済ませといてくれ」
「解った、ウメオには握り飯でも用意しておこう」
そいつは有難い。
握り飯……美味いなこれ。
用意してくれたのは醤油の焼きおにぎり、味噌の焼きおにぎり、最後に塩むすびかと思いきや中に甘辛く煮た角煮が入っていたよ。
しかもウシバラ肉をトロトロになるまで煮込んだ角煮。
普通なら角煮はブタバラ肉で作るがウシバラ肉でも美味いな……今度作ってみよう。
おっと、そろそろイノブタにタレを塗って……よし。
用意したタレが尽きたらここらで秘密兵器の霧吹きを用意して……
中にコメ酒と醤油、ショウガの絞り汁を入れたら時々吹いてやればいい。
「ウメオ、汗が凄い、水を飲んだ方がいい」
「マリアか……ありがとう」
ふぅ、バーベキューならば苦ではないがこの熱さが堪えるのは確かだ。
尊敬するピットマスターは水ではなくビールを飲みながら焼いていたけどな。
「ウメオ、イチゴがこれ食わして来いゆーたんやけど」
お、塩漬けのレモンか。
大量に汗をかくと身体が塩分を求めるからな、ありがたく頂こう。
因みに可愛い妹にはキャリの面倒とダッチオーブンでパンを焼いて貰っている。
さて霧吹きで全体を湿らせて……これでよし。
大体だが後1時間って所か。
「多少黒ずんではいるけど金色が残っている……本当に焼けてるの?」
「ウシは生でも美味かったんやけど、ブタって生で食えるんか?」
「安心しろ、ちゃんと焼けてるしブタは生じゃ食えん」
金色が残っているのはタレに使ったハチミツの効果だ。
それとレアに焼いた肉は生って訳じゃないんだぞ。
生とレアの違いについてじっくりと語ってやりたい所だが、今はこのイノブタを美味しく焼くのが優先だから後日にする。
そして夕方……ようやく焼けたな。
焼け具合は木を削って作った串で刺して、脂の出方や匂いで判断できる。
温度計があれば内部の温度を計って確かめる所だがな……仮にあっても先端は金属だからこのイノブタには使えん。
「……よし、降ろしてくれ!」
「よし、やるぞ!」
「「「「おおーっ!?」」」」
うーん、やはり肉を食って鍛えてる人は違うなぁ。
俺1人だったらコンロに乗せたまま切り分けて、焦げる前に食わせる所だった。
さて、これはまだ焼いただけで食える状態ではない。
少し冷ましたらこの聖剣で皮を切って剥がして……勿体ないがこの皮は塩辛過ぎて食えんから廃棄する。
皮を剥いたら次は……ベアクローの出番だ。
言っておくが某レスラーは関係ないぞ。
正しくはベアクローシュートミートシュレッダーという、熊の爪に似せた調理器具だ。
これは尊敬するピットマスターが高校の入学祝いにとプレゼントしてくれた、自慢の宝物なんだ……結局遺品になっちまったけどな。
こいつで肉をほぐしながら骨を外し、肉と詰めた米をしっかり混ぜてやる。
「お兄ちゃん、頼まれたバンズは焼けたよ」
「おー、焼けたと聞いて来たがもう食えるかのう?」
「丁度いい所に来たな」
さて、この丸焼きを食う時は欠かしてはいけない大切な儀式がある。
それは最も美味い所……すなわち脳ミソを最も偉い者が食う事だ。
じっくりと時間を掛け焼いた骨は簡単に砕ける、このまま脳ミソを取り出して、と。
焼きながら塗ったタレと同じ物で味付けして……これで良し。
「という訳でサクッと食ってくれ」
「何がという訳なのかは解らんが、必要な儀式なら仕方ないのう……美味いではないか!」
そりゃ美味いだろうよ、さもなきゃ食わせたりはしない。
尊敬するピットマスターの言葉がなければ俺がコッソリ抱えたかったぐらいだからな。
「これは普通のブタでも美味いぞ、ただ手間が掛かるのが難点だ」
「成程、それに見た目で敬遠されかねんしのう……ワシの密かな楽しみにしよう」
見た目がグロいのは確かだ、それは認める。
でも美味いんだから仕方ない。
さて、茶番……もとい、儀式を終わらせたら本番だ。
この肉はさっきのタレを垂らして、薄切りにしたタマネギやトマトと一緒にバンズに挟んで食うのが一番だ。
それにこれならあらゆる部位が全体に混ざるから不平もないし、全員に行き渡る。
「コメとパンを同時に食うのって抵抗あったんやけど、美味いやん」
「コメがブタの脂や肉汁を吸ってて美味しい、それに肉自体が美味しい」
タープとマリアも気に入った様だな……このイノブタが100年に一度しか食えないのが悔やまれる。
こいつは普通のブタで作っても美味いけどな。
「苺心とキャリは……食ってるな」
「うん、美味しいよ……これっていわゆる縁起物みたいな料理でしょ?」
「美味ひい!」
あー、言われてみれば縁起物に近い所はあるな……それで食ってくれたのか。
全員に渡ったから俺も1つ……確かに美味いな。
ハチミツの甘さにも負けない濃厚な旨味、醤油と張り合える脂のコク、タマネギやトマトを物ともしない存在感……凄いとしか言い様がない。
そういえば尊敬するピットマスターが日本へ移住したのはイノブタを料理したいから、とか言ってたな……
成程、確かにこいつを食ったら並大抵の肉じゃ満足出来ないだろう。
……だからって日本のイノブタを丸焼きにしたってこの味は出せなかっただろうけど。
「さて、そろそろじゃな」
そろそろ……ってまだ何かあるのか?
「うむ、ワシも聞いた事しかないんじゃがな……黄金のブタを美味しく食べた後は何かが起こるそうなんじゃ」
そういや美味しく食えたのは800年前だとか言ってたもんな……
そういうのって文献にでも残ってるんじゃないかとは思ったが、前に来た時に野菜狂信者が街を焼いたとか言ってたか。
それじゃ解らないのも無理はない。
「おお……力が、力がみなぎる!」
マットさんの筋肉がパンプアップされて金色に輝いてる!?
どこの超野菜人だよ!
良く見たら調理を手伝ってくれた全員が同じ状態になってんじゃねーか!
待てよ、まさか俺も……
「ウメオのナイフがメッチャ輝いとる!」
「俺じゃなくて聖剣が輝くのかよ!?」
うわぁ……まあ俺らしいと言えばそれまでか。
しかし綺麗な輝きだな。
拭いても消えないから脂が付着したって訳じゃなさそうだが……
って、置こうと思ったらまな板が切れた!?
「ウメオのナイフの切れ味が上がった?」
「確かに……というか試しに切ったタマネギまで輝き始めたんだが」
「このタマネギ、メッチャ甘くて美味いやん!」
マジか……ってタープ、切っただけのタマネギまで食うな。
うん、後日にでも色々と試した方が良さそうだな。
このまま使うのは怖いし。
美味しいですよ、豚の脳ミソ




