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1-8 まだ見ぬもの

 祝福を受けてからパスカルの目に映ったのはいつもの寝台からの景色だった。


 本人も気づかぬうちに眠っていたらしかった。あるいは精霊の祝福なのか、いずれにせよパスカルは家の中に戻っており眼前にあったはずの泉は記憶の情景へと変わっていた。


 -外出って結構疲れるのかな。それともあの場所がそうさせたんだろうか-


 -それに多分あれは洗礼的な儀式だろうけど魔力は感じなかったな-


 -不思議な感じの場所だったけど、前世での神社に近いな-


 この世界におけるあの泉の立ち位置が良くわからなかったものの、パスカルにとってはそのような認識で落ち着いた。


 畏まりつつもある程度気軽に行ける場所、そのような感覚だった。


 何よりあの美しい景色は時々でも見に行きたいと思っていた。


 -さてそれはそれでいいとして、こっちも行ってみようか-


 頭を切り替えて魔力を感じるように体へと意識を向ける。


 心なしか思考がすっきりとした世界が見える。


 -一度つかんでいるんだ、ゆっくりあの時の感覚をなぞればいい-


 自分の体の中の血管に重なるようにしながら巡る流体を思い浮かべるパスカル。


 一度成功したという自信がこれまでよりも確りとそしてより強いイメージを与えていた。


 -流れの感覚はつかめた。後はここから意識を保つだけだな-


 心臓から末端へと動き続ける魔力を少しずつ腕に集めていく、昨日よりもずっと遅く亀のようなスピード。


 -…これはこれでキツイな。 速くしても落ちるし、遅くしたら体に負荷がかかるとは…!-


 昨日とは全く異なる感覚が体を覆う。パスカルを襲っていたのは筋肉に力を籠め続けるようなじんじんとした熱気と強烈な疲労感だった。


 それも全身満遍なくじっとりとへばりついており、中でも腕のあたりは焼けるような気分になるほどだった。


 息が上がる中、それでもと魔力を腕からひじ先へと伸ばしていく。


 負荷は減るどころか増していく。熱のためかいつの間にか汗ばんでおり、時折目元に触れて鬱陶しい。


 -もう少し、もう少しだけ…! 指先まで行ける…!-


 ただ意志の力を持って魔力を進め続ける。元場所に戻ろうとするのか強くなり続ける負荷に抗いながら魔力を目的の指先へと動かす。

 

 負荷に耐えるながらも魔力を動かすという2つの苦行はここに頂きを得ていた。


 全身をマグマに浸されたような熱と重さを感じる。指先も極細の針でつつかれ焙られるような感覚に包まれる。


 そんな中で漸く魔力が右腕末端までたどり着く。


 その瞬間、一気にイメージを開放し、思考を投げ出す。


 -…っはぁ! これ以上は無理…-


 右腕に溜まった魔力が体躯に戻っていく。先程まで焼けるような熱を感じていたのに、帰りはひんやりとして疲れを癒してくれる。


 -しかし、動かすほどに難易度が上がっていくのか…。 


 今はまだ赤ん坊だが成長したときには今よりずっと動かす量は増えるだろう。その時にはどれほどの負荷になってしまうのだろうとふわふわとした頭に考えが浮かんでくる。


 -その時はその時でいいや。そのうち慣れてもう少し楽になるはずだ…-


 そこまで意識を紡いだ後、パスカルは眠りへと落ちた。此度の眠りは先程のまどろみよりもずっと深いものになった。




 -あれ、どんだけ寝てたんだ俺-


 再び目を開けたときには部屋の明るさは随分と落ちていた。それが日差しによる明るみから内部の照明らしきものに変わったことはすぐにわかった。出かけは朝方だったはずがもう夕暮れなのだろう。それだけ長く寝たせいかあれほど重かった体はいつも通りの調子に戻っていた。

 

 -だけど寝過ぎたからか、腹が減ったわ-


 パスカルの顔に苦笑が浮かぶ。赤ん坊がするような表情ではないが幸いにして寝台の周りにはだれもおらず見咎められることはない。


 -さてここでどうしようか。さすがにもう一回やりたくはないな。あんだけ疲れた上に寝るとか腹が減って餓死しちまう-


 -とはいえ泣いて親を呼ぶというのも恥ずかしいし…-


 己の羞恥心と空腹との葛藤から悩むこと悩むこと。悩み続けた彼は結局空腹に耐えかねて自身のコミュニケーションの技を使うこととなった。

 



 夕餉を腹に収めてからは眠気もあまりなくパスカルの頭は昼の事で埋め尽くされていた。


 -あれほどゆっくり動かすと疲れてどうしようもない。かといって早く動かすと耐えられないのか落ちる-


 -どっちが効果的なのかはわからない上に、どちらも選びたくない選択だ…-


 魔法への憧れは十分にある。しかしそれでも楽をしたいという思いがどうしても湧いてくる。


 すでに思いついた手段ではどちらも強烈な問題がある。パスカルにとって壮絶としか思えない選択が求められていた。


 -しかしこれができないと魔法なんて使えないだろうしな。仕方ない続けるしかないな…-


 -とはいえどちらが重要かわからない以上、両方やらざるを得ない-


 -今度は昨日と同じやり方で意識を保ってみよう-


 嫌な顔をしながらもゆっくりと目を瞑り意識を体に落とす。


 魔力の流れをつかむのはすぐにできた。その流れを一気に右腕へと押し出していく。


 直後にパスカルが感じたのは深い穴を落ちていくような浮遊感。それはすぐにでも意識を失うという前兆であるとすぐにわかった。


 -…耐えろ! 少しでも!-


 指をかけることすら叶わぬ無限穴に対し、声なき叫びを以て抗う。


 しかし重力は彼の意思を踏みにじり、真っ暗闇に沈めていく。


 それでも彼が抗った分確かに歩は先へと進んでいた。


 ひじ先に漸く届く程度だった魔力はひじを通り越し手首との半ばまで到達していた。


 もっともそのことに気づく前にパスカルは眠りの世界にいた。



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