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1-6 進展

 パスカルが再び喋ってから2週間、それまでとは打って変わって魔法への探求はほとんど進展がなかった。


 原因は彼や彼の考えた方法ではなく、もっと別の所にあった。


 今この時もかれはその存在に頭を悩ませる。


 -あの時喋ったのは失敗だったかもしれない-


 -確かにこんだけ話しかけられれば言語能力はあがっていくけどさぁ…-


 あの時以来妙に琴線に触れてしまったのか連日、相当の時間をかけて話しかけてくるアデリナ。


 しかも時々デニスもつれて来る。パスカルとて話しかけられること自体には悪い気はしない。むしろ自分に感情が向いていることが嬉しくもあった。


 問題はその頻度と時間だった。パスカルが眠りから覚めた時には必ずそばにいる上、部屋から出ていったと思えば暫くしないうちに戻ってくる。


 -マジでどんだけここにいるんだろう。 不思議なのはそれだけの時間がなぜあるかだよな-


 パスカルの見立てではかつての現代のレベルのような衣料品は見られない。魔法がある分で変わっているかもしれないだろうが、それでも回りに存在する物品から工業製の大量生産とは思えず、近世以前だと考えていた。そしてその場合女性がこれだけの時間を自由に使える理由が思いつかなかった。


 -農家は確実にあり得ない。だからと言って貴族というわけでもなさそうだ-


 貴族であれば乳母がいるだろうし、家族以外の使用人を見たことがないというのもあり得ないことだと結論付けた。


 -だがそれも魔法のレベル次第じゃ全部ひっくり返るんだよな-


 -序に母上殿も明らかに労働者って感じじゃないしな-


 滔々と彼に語り掛けるアデリナの姿はパスカルから見ても美しいと思えた。


 青い髪は流れるように整えられ、白い肌にはシミも見当たらず、髪と揃いの色の目が光を湛えている。


 -これだけ髪を伸ばせること自体が財力があるんじゃないかと思えるが、それもどうなんだろうな-


 かつての世界であればその思考は正しかっただろう、そんな思いが脳裏に浮かび皮肉気な笑みが浮かぶ。


 そんな表情の移ろいに感じるものがあったのかアデリナの語り掛けは幾分穏やかなものとなった。


 -ん? さっきより語りが遅くなったな-


 -正直まだまだ言葉がわからない以上ゆっくり喋ってもらえるのはありがたい-


 一日の時間がほぼ一方的ともいえる会話で占められている今の状況でもパスカルは熱心だった。


 本来赤ん坊のはずが自分はなまじ意識を持っているという事実からそうでもしないと言葉を覚えられないのではという不安もなかったわけではない。ただそれ以上に少しでも早く魔法や自分の周りの事を知りたいと願っていた。


 -だけど単語からしてあんまりわかっているもんじゃないから全然知りたいことはわからないけどな!-


 赤ん坊だからとアデリナも語彙のレベルを落としているのは想像できる。しかしそれでも全く未知の言語に触れる体験はパスカルにとってなかなか先の見通しの立たない行為だった。


 -英語にしろ他の言語にしろ一応辞書が合って対応取れるというのがどれだけ楽だったかわかるな-


 -それに魔法もある以上、概念が根本から違う可能性もあるし第1言語として習得してると考えないとまずいしな-魔法の存在、それは憧れでもあり厄介な存在であるかもしれないと心に影を落とす。


 前世の文明は科学を根本にしているが故その発想や概念は間違いなく魔法とは異なる。


 -日本語とここの言葉を対応付けようとしても確実に無理なものが存在する-


 -問題はその範囲がどこまで、かだ-


 アデリナが語る言葉を聞きつつも思考を深めるというある種器用なことをしながらパスカルは時間を過ごす。




 -うう、いまだ慣れるもんじゃないな。慣れたくもないが-


 食事を終えたパスカルは自信を襲う羞恥や名状しがたい感情の渦と戦いながら、憧れたる魔法へと手を伸ばす。

 

 日中はアデリナとの会話で時間が取れないがこの夕食を終えた時間から眠りまでの間が全力で思考の沼へと落ちることのできる時間だった。


 -体内に魔力があるとすればどこに存在するか。本当は前の体との変化を取れればいいんだけどいい加減覚えてないし違いすぎる-


 かつて黒企業で働いていた時の体の感覚はもう覚えていない。胎内での時間や寝台で過ごすうちにすっかりと今の体へ慣れてしまった。むしろ一度死んだという思いがそれ以前の感覚を消してしまおうとしたのかもしれない。


 -そのうえ、丹田、心臓、額とかのチャクラも意識して集中してみたけど特に何も感じられない-


 -発想としてどこからか湧いてくるというのが違うのか?-


 -むしろ元々体を巡っていると考えてみようか-


 思考錯誤しながら今回パスカルが思いついたのは血液のように自分の体内を巡るというイメージだった。


 一度流れに乗れば心臓から体の末端へ行き渡り、そして心臓へ戻ることを繰り返す。


 それと同様にぐるぐると自分の体を渦巻く魔力を仮想していく。


 -ただ、これだけではイメージが正しいとしても魔力の自覚なんて無理だ。すでに動いてるもんだしな-


 -だからそれを動かすイメージを加えてみよう-


 パスカルの想像上では魔力は殆ど血液と同じだった。何もしなければ存在は近くできず、存在を知ろうとしてもただ意識するだけでは不可能。実際に確認するには一か所に集めるか切るという方法を取らねばならない。


 -手の上下で何となく血液の移動がわかるように、胴体にある魔力を一時的に右腕に移動させる-


 深く、深く自身の思考に潜りながら想像を固めていく。


 水のようなさらさらとした液体が自身の胴体、腹や胸から少しずつ肩を通じて指先へと流れていく。


 反復するごとにより細かく具体的になっていくその光景はパスカルの脳裏で現実と見まがうほどに洗練されていく。


 -この感覚で魔力を動かすように、腹から腕へ……-


 幾度それを繰り返した頃か、それまで感じることのなかった違和感がほんの少しばかりパスカルに去来する。


 -腹のあたりに蠢く感覚が! 腹痛とも違うし、これか!-


 自身の想像に合致した感覚に歓喜を覚えながらもその感覚をより味わうためイメージを続ける。


 -もっと、動け!-


 自身に到来した感覚のもとへ念を送った直後、パスカルの意識は闇に落ちた。


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