1-5 驚愕
パスカルが母親であるアデリナから魔法を見せられて一月、彼の思考は魔法一色に染まっていた。
それまで考えていた己の不安など全てがどうでもよく、ただ未知への好奇心だけが彼の心を支配する。
仮にも前世で30が見え始める年まで生きていた男もまさしく子供になっていた。
-魔法があるとなると実際に行使するまでの原理がめちゃくちゃ気になるな-
-現世にもあった物理法則がこの世界でも存在していてそれを魔力的なもので代替しているのか?
-それとも全然別の魔法物理みたいなものが構成されるんだろうか?
-気になりすぎてヤバイ、体こそ赤ん坊だから睡眠はとってしまうがこれは無限に考えてられる!-
まるでおもちゃを与えられた子供そのものだった。
それに加えて彼はこの一月魔力なるものを感知、操作するための努力を続けていた。
-魔法の発動原理はまだわからないが、仮に魔力があるとすれば体外か体内にそれらしきものがあるはずなんだ-
彼がまず考えたのは体外に魔力があるのではという説。こちらの場合であれば相当量が空気中に満ちてさえいれば魔法は発動できるはずと考えていた。
-問題は何らそれらしきものを感知できないことだな-
まだまだ赤ん坊ということで視力をはじめとした五感は大人のそれには及ばない。しかし普通の赤ん坊と違い、自分にはしっかりとした意識と前世の記憶知識がある。そんなことから1月もやらずに何かしらはつかめるのではないかと期待していた。
-さすがに1月は楽観的過ぎたか。しかしかけらも進展がないとなるとちょっと困るものではあるな-
彼が悩むのはどちらかというと進展がないことよりも、もう一つの可能性を何時から探り始めるか、だった。
-あんまり早くにやってどっちも共倒れなんてのは避けたい。しかし間違ってる方に執着するのも時間の無駄だしな-
彼は生後2月の赤ん坊だというのに時間の事を妙に気にしていた。
そして。
-仕方ない。あの時の感じだと成長したらさすがに何かしらは教えてくれるだろう-
-だから大体一月ごとに両方の説を試してみよう。多分それが一番効率的な気がする-
悩んでいた割に決断はあっさりとしていた。
-そうとすれば今からでも試してみるか-
-体内のどこかにそれらしき何かがあるとして、感じられるか試していこう-
新たにパスカルの挑戦が始まった。
3日後、アデリナと父親のデニスがパスカルの部屋に訪れていた。
しかもこの日はパスカルを抱き上げる前に魔法を披露していた。
前回同様に水球を生じさせ、そこに円盤への形状変化も加える。
水球が形を変え潰れていく様は滑らかに淀みのない美しい光景だった。
「やっぱりすごい腕だね」
「勿論」
デニスの言葉に弾んだ声でアデリナが応える。
-とりあえず両親のいちゃつきはほっとくとして、やっぱりあれだけできるって凄いんだな-
-それに凄いいいタイミングで見せてもらえた。発動前後で何か感じるかと思ったが全然だった。これは体内説でいけるかもしれないな-
思いがけない幸運にパスカルの顔がほころんでいく。
「あ、この子笑ってるわ。やっぱり魔法大好きなのね」
「ここまで反応するとなると親の贔屓目かもしれないけど、相当できるようになるとしか思えないな。」
「でも、ちょっと心配なのよね。この子あれ以来全然喋らないじゃない」
「喋れないわけじゃないんだから良いんじゃないか。本人の機嫌の問題かも知れないし」
自分を憂いの目で見つめる母親にこれまでにない焦りが生まれる。
-何だ、何か俺にあるのか?-
少しばかり考えたところで原因は簡単だった。
-しまった! 考えに夢中すぎて喋ることすら忘れていた!-
-コミュニケーションをとるのも煩わしいとか相当ヤバイやつだとおもわれてるじゃんか!-
背中が変に冷たさを感じる。
-何だ、何を言えばいいんだ。てかそもそも言葉わからん!-
軽くパニックになったパスカルの頭の中では赤ん坊としてどんな言葉を発するべきかそれだけがぐるぐると回り続ける。
-お、落ち着け。そもそも知ってる単語じゃないと喋るも何もない!-
回復したかと思ったパスカルにさらなる問題が立ちふさがる。しかしその思いと裏腹に赤ん坊の脳は優秀だった。
-思い出せ、今も何か色々喋っていたはずだ、それを真似ろ-
毎日聞かされていた言葉は未知の言語だろうと、意識していないところで脳に刷り込まれその痕跡を残す。
意図せずともパスカルはそこから言葉を紡ぎだすこととなった。
「…魔法、すご…」
舌足らずでも自分の口から出る異世界の言葉。それがパスカルにとって驚きでもあり嬉しくもあった。
前回よりも複雑な単語が喋れたことで自分が世界に馴染んでいるように感じられた。
「喋ったわ!」
「しかもこっちの言葉をある程度分かっているような感じだ!」
自分の言葉に驚いている両親にわけがわからないパスカル。
本当は言葉もわからないことが半分以上だった。自分が言葉を発したタイミングが会話の内容に合致してしまっていたなど想像すらできていなかった。