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1-4 異世界の証明

 -しかしここがどんな場所なのかはいまだにわからないな-


 目の前で親二人が自分をネタに和やかに会話しているのを見ながらもパスカルの思考は別の所にあった。


 -現代でもないのはわかる。明らかに機械類がないからな-


 -でもそれ以上がわからない、もどかしいな-


 本当なら街や家の中を色々見てみたいと思いながらも1月の間に実現はしていない。


 パスカルの心境としては期待と不安が不安多めで満ちていた。


 どうにも前世を基準として考えてるせいもありその比較が主な原因となっていた。


 -この1月外にすら出ていないとなると相当に衛生環境でも悪いのか?-


 -いや、あるいはめちゃくちゃ日差しが強いとかか?-


 脳裏に仮説が浮かんでは消えていく。パスカルとしては砂漠に近い地方に居て日差しが強いという説が一番の期待だった。しかしそれはすぐに否定された。


 -仮に砂漠地方だったとして、こんだけ肌が日焼けしていないってのは明らかに変だよな-


 -乾燥についてはよくわからないが、日中と夜でそんなに違うとも思えない-


 そしてその説が否定されるというのはより深刻な何かがあるのではという未知への恐怖ばかりを増大させていた。

 実際には、風習によるもので赤子は生後からある程度は家から出さないとされているだけなのだがそれを知らないパスカルだけが不安に襲われていた。


 -あまり考えすぎても仕方ないか。判断するにしても自分で外に行けない以上どうしようもないしな-


 -それに本当に地球なのか、から考えるべきだった-


 思考を一旦保留にしたためかそれまで考え付かなかった発想が湧いてくる。


 -何でこれを考えてなかったんだ。無意識に仮定してしまった-


 体がもっと動くのであれば男は頭をガリガリとかき回したいぐらいだった。


 両親の声はすでに遠く聞こえていない。


 -今まで見えたものが両親でしかも人間っぽかったから、やっちまった-


 -ここが地球なんてのは明らかじゃない。生まれ変わりなんてしてるぐらいだ、惑星が違うことだってあり得るじゃないか…-


「……貴方、パスカルが随分難しそうな顔し始めたわよ」


「しょうがないとはいえ2月外に出さないのは中々退屈なのかも知れないな。この1月殆どこの部屋にいるのもそうだ」


「それもそうだけど、精霊に馴染む時間も考えると短くなんてできないし…」


「そうなんだよな…。どうにか退屈を紛らわしてやりたいが…」


 悩み続けるパスカルの傍らで会話が進んでいく。それはパスカルにとっては願っていた情報を含んでいたが思考に没頭するあまり只のノイズにしかとらえられなかった。


 -そうしたらここは火星とか、あるいはもっと遠くの惑星だって可能性もあり得る-


 -だとしたらどうやってそれを知ればいいんだ…-


 -少なくとも月と暦で地球か否かはわかる。それ以外は相当難しいな-


 -自分がいる場所を知る、か。日本で簡単にできてたことがどれだけ高度なことだったかがわかるな…-


 これまでとは違う、仮説も検証もが非常に難しい問題へが浮かび上がった。自分の思考と近辺だけでは解決できない、スケールの大きな問題だった。


 そうして頭を悩ませている間にもパスカルの顔はどんどんと険しさを増し、泣く寸前のように思われた。


「…ああ、もしかしておなかが減ったのかしら」


「それもありそうだけど、そういう時は大概泣いてたろ?」


「ええ、そうだけど、ここまで凄い顔してるのはちょっと見たことないわ…」


「それだけの何か、があるのかもしれないな。もしかしたら本当に退屈で仕方なくて面白いものを欲しているのかも」


「…でも内で面白いものなんてそうそうないわよ? それこそ精霊絡みになっちゃう」


「少しぐらいなら大丈夫じゃないか? これでも1月経ってるんだひどい問題にはならないだろう」


「それはそうだけど…。 そうね、できるだけ離れて本の少しだけなら」


 それまで抱き上げられていた自身がそっと寝台に降ろされる動きでパスカルの思考はようやく深みから浮かび上がった。


 その間に青い髪の母親が自身から遠ざかっていく。部屋から出るのかと思うとそうではない。壁際に移動して立ち止まったかと思えば何事かをそっと呟き、手を前に突き出している。


「……。……。……、……。」


 パスカルにとってその言葉は耳慣れないものであったが聞き取ることはできなかった。


 それに何よりその後の結果を見て直前の事などすべて吹き飛んでしまっていた。


 突き出した手の上に透明な水の塊が浮かんでいたのだから。


 パスカルの難問は彼自身、思いもよらぬ方法で証明された。


 目の前で見せられている現象に理解が追い付かない。というよりも言葉すら浮かんでこない。


 限界まで見開かれたパスカルの目はただひたすらに母親の手の上に浮かぶ水球を見つめる。


 風船のようにふわふわとしながら、シャボン玉のように表面を揺らしながら、それでも水は球形を保ちながら浮かんでいる。


「はい、ここまでね」


 その言葉とともに水球が掻き消える。


「うん、さっきまでの顔が噓みたいだ。驚いたってのを全力で表現しているよ」


 ほころんだ顔で父親が語り掛ける。


「そうね、やっぱり相当退屈だったのね。夜泣きもしないし手がかからないと思ったら退屈のせいなんて」


「それも一つずつやってくしかないんだろうね。それに、この顔、パスカルは今のが余程衝撃的だったらしい」


「それなら良かったけど、ここまで驚かれると新鮮ね。魔法使って驚かれるなんてもう何年も経験してないもの」


 弾んでいく会話にパスカルの思考がゆっくりと再起動を始める。


 -魔法、魔法か。 そうだよな、今のを説明づけるとしたらそれ以外に思いつかない-


 -手品で水を自在に出せるにしてもむき出しのまま留めるなんて不可能だ-


 -それこそ、魔法か…。とんでもなく異世界そのものじゃないか-


 目の前で実証された証明にパスカルの興味はもう魔法へと移り切っていた。


 数分前の難問がただの思いつき程度になっていた。


 -魔法があるとなると俺も使えるんだろか。やっぱり問題はそこだな-


 -母親があれだけ使えてるとなると可能性としては単純に50%程度は見積もれるか-


 -もっとも、一代限りの才能とかだったらわからないけど-


 じっと母親を見つめるパスカルの目は生を受けてからで一番輝きに満ちていた。


「この子、相当あれが気に入ったのね」


「魔法の申し子だったり、してね。 君の子だし」


「まだわからないわよ。 それに貴方の子でもあるでしょ、そっちの才能もいずれ見えてくるかも知れないわよ」


「そうだと良いけど、わかるのは当分先かな」


「先は長いのよ、ゆっくり見守ればいいわ」


 己をじっと見つめるパスカルを見つめ返す母親。その瞳からは暖かさが感じられた。


 自身の感情に驚きを覚えたのか限界というところまで見開かれていたパスカルの目がさらに開かれる。


 そんな彼に微笑みが返される。その瞬間、彼にとって自分の今いる場所こそが現実なのだと実感させられた。


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