登山サークル
「あー、俺もう歩けないっス!無理っス!」
山頂に到着するや、一年生部員のひとりが大声を上げながら背中にもたれかかってくる。
山に登るのは小学校のハイキング遠足以来だと言っていたが、それでもここまで歩けたのだから大したものだ。
他の新入生からも、やっと目的地についたことへの安堵の表情が読み取れる。
まぁ初心者は帰りのほうがキツいのだが、今はそんなことは黙っておこう。
「一年生が思ったよりいいペースで歩いてくれたから、ちょっと長めに休憩取れるな。初めての奴が多かったから長めに時間とってたが、みんななかなかやるじゃないか」
そう。本日は、我らが鈴城大学登山サークルの今年度初めての──つまり、今年入った新入生を連れての初めての登山だった。
今月から晴れて「上級生」の仲間入りをした僕──里宇も、新入生と少しぎこちない会話をしながらここまで登ってきた。
『山に登る』という同じ目的を持ってサークルに入った者同士だ。これから自然に仲良くなれるとは思うけれども、まだ知り合って間もない相手なのでどうしても会話は気を遣ってしまう。
「じゃあ、ここで1時間くらい自由時間だ。ポールの使い方を教えてほしい一年生はこっちに集まってくれ」
会長の言葉に、新入生たちはぞろぞろと集まっていく。
他の上級生は慣れた様子で風景の写真を撮ったり弁当を広げたりしていた。
「里宇はどうする?」
「女岳の山頂まで行ってきます」
「そうか、気をつけてな」
声をかけてきてくれた副会長に断りを入れると、僕はさらに奥の道へ歩き出す。
この山には「男岳」と「女岳」という2つの山頂があり、僕らが今いるのは少し標高の高い男岳のほうだ。
2つの山頂は一本道で繋がっており、慣れた脚なら40分程度で往復できる。
「新入生がいるから、無理せずに簡単なルートで」をテーマに組まれた今日の行程には女岳まで足を延ばす予定は無かったので、こうして自由時間の間にササっと行ってしまおうというわけだ。
それくらいには、僕はその場所の雰囲気を気に入っていた。
・・ ・
女岳に向かうこの道で人と行き会うことはあまり無い。
女岳は男岳側と違って海もよく見えないし、この山を踏破したという実績と達成感のためには標高の高い男岳側の山頂に行けば充分なので、わざわざ来るような人はそう多くないのだ。
いつもそんな感じなので今日も誰もいないだろうと思っていたのだが、いざ女岳山頂に到着してみると意外なことに先客がひとりいた。
柵の内側すれすれに立って景色を眺めている様子のその人は、こちらからは後ろ姿しか見えないがどうやら若い男性のようだ。
褐色の肌はよく日に焼けたベテランの登山者のようだったが、そのわりには軽装だ。
「こんにちは」
なるべく驚かせないようそっと背中に声をかけると、彼は怪訝な表情で振り返った。こちらの存在に気付いていなかったのだろう。
その顔立ちは掘りが深く、もしかすると外国からの観光客かも知れない。
キョロキョロと周りを確認した後、自分に向けられた言葉らしいと理解したのか困惑した表情になる。
「ああ、あの……日本では登山者同士挨拶をするのが普通なんです。すみません」
言葉が通じるかどうかはわからなかったが、とりあえず驚かせたことを謝る。
日本語が通じない相手だったらどうしよう……とドキドキしながら反応を窺った。
「お前、この世界の人間だよな……?」
果たして、その口から飛び出してきたのは、確かに日本語だ──日本語なのだが、意味がわからないので、まったく安心できない。
確かこんなセリフを、子供の頃読んだマンガで見たことがある。
「いや、まぁそうですけど……ははは。じゃあ僕はこれで……」
なんだかヤバそうな雰囲気を感じる。
こういう相手とは関わり合いにならないに限る──20年間生きてきて学んだ処世の術だ。