プロローグ
「私、里宇さんにもらってほしいものがあるんです……」
目の前でモジモジしているのは、僕が1年以上も片思いしていた可愛い女の子。
文化祭の模擬店でメイド喫茶をやったとかなんとかで、スカートの裾にフリルがたっぷり付いた可愛らしい衣装を着ている。
彼女が後ろ手に持っているのは、この大学の売店で売られている『スイーツボックス』。
校章がプリントされたクッキーやまんじゅうの500円程度の詰め合わせで、普段は卒業を控えた4年生が記念に買って行くぐらいだが──「文化祭の日に片思いの相手に渡すと恋が叶う」と言われていて、この時期だけ飛ぶように売れている。
数秒後に差し出されるだろうそれを、手を伸ばして受け取ってしまいたい。
ただ、それができない理由が僕にはある。
「おい里宇! 何やってんだ、早く逃げろ!」
後ろから声をかけてくるのは、僕の行動を監視している異世界の住人。
ちなみに目の前の彼女にはその姿も声も認識できていない。
「ごめん、棚加さん! 用事があるからまた後でね!」
名残惜しい気持ちを嚙み殺して、彼女に背を向け走り出す。
最後の一瞬、俯いて唇をキュッと結ぶ彼女の顔が見えた。
「あー、絶対傷つけた……。あの状況で立ち去るとか、失礼にも程があると思うんですよ……!」
「だから、それくらいやってこっぴどく嫌われるくらいじゃないとダメだっていつも言ってるだろーが!」
傍らの異世界人に愚痴を叩きつけながら、文化祭の人込みを掻き分けて走る。
声量は抑えないとまるで僕が独り言を言っているように見えるだろうから、その辺は気を遣っているけれど。
「あっ、里宇センパイ! この前買ってたスイーツボックスってまだ持ってたりしますかぁ?」
背後から声を掛けられて振り向けば、サークルの後輩の女子がこちらに向かってニコニコと手を振っている。
「ぼんやりすんな! 死ぬぞ!」
異世界の住民に促され、「ごめん、急いでるから!」とだけ言い残して再び駆け出す。
彼女の顔を見たらまたこちらまで傷つきそうなので、極力振り返らないようにする。
自分に関心を持ってくれているだろう女の子たちに対して最低な態度をとっている。その自己嫌悪で胃のあたりに不快な熱さがこみ上げる。
でも仕方がないんだ。
僕は、年下の女子と恋愛フラグが立つと! 死ぬんだから!