5・それぞれの事情
ミファエラはとある貴族家の次女であった。幼い頃から活発で他の子供達を引っ張っていくリーダー的な女の子だった。
そんなミファエラは子達に混じってする遊びと言ったら、もっぱら勇者ごっこである。
しかし齢を重ねるにつれ他の女の子達はお人形さんで遊ぶようになり勇者ごっこや冒険者ごっこをする女の子はミファエラだけとなっていた。
その頃から各家では貴族足るべく教育が始まり、もうごっこ遊びに興じている暇など無い。
ミファエラもまた立派な淑女になる為の躾が行われたが、彼女は心ここにあらずで教育になど全く身が入っていなかった。
着ているドレスは動きにくいし、お茶の飲み方、食事の仕方、歩き方、どれもこれも窮屈この上なく、圧迫された欲求は立派な鎧に身を包み勇壮な剣を携えた騎士達への羨望の眼差しへと日々駆り立てていった。
次第に淑女になるべく修行より人知れず剣を振るう回数の方が多くなっていった。見かねた父親は何度も注意をし時には剣も隠したが、何処から持ってきたのかそれとも見つけ出したのか、翌日には剣を手にして頑として離そうとしなかった。
しかしミファエラにとって幸運だったのは彼女が次女であった事。更にミファエラの姉は社交界デビューした当初から注目を浴び、将来を有望視されていたので、両親としてはミファエラを諦める決断をしたのかもしれない。
いつからか彼女に対し小うるさく言う事が無くなった。
晴れて自由の身となったミファエラは親に内緒で騎士団の試験を受け、これを見事に突破したのだ。
騎士団の生活は全て宿舎にて行われ、特別な日や非番以外に家に帰る事が許されない。
衣食住の全てを仲間達と共にしなければならないのだ。
騎士団はどちらかと言うと男社会ではあるが、女性も男性程では無いものの専属の部隊が存在している。中にはミファエラと同様、何らかの問題を抱えていたり、或いは愛国心からであったりと、理由は様々であるが貴族出身の女性もミファエラと共に入団を果たした。
枠は少ないが平民からも騎士団に入団したものもいる。最もそれは純粋な憧れからなる者と、生活の為や博をつける為或いは騎士団の男性と結婚を望む者と内情は様々だがトータルで見ると女性の数も決して少なくは無い。
それにいくら男社会と言っても女性に配慮が成されていない訳ではなく、宿舎や浴場は勿論別々に用意されている。
しかしミファエラは同僚の女性達と入浴をする際に、いつもドキドキと興奮していたのだ。
筋肉質とは言え女性らしい体のライン、鍛えられているせいか上向きにツンと育った2つの果実、引き締められた臀部そして秘密の園。
それらが目の前にいくつも咲き乱れている光景に、ミファエラはのぼせる程に興奮を押さえきれずにいた。
流石にこの歳になると「自分はちょっとおかしいのでは?」と言う疑問が心に蟠る様になる。
騎士団とは言え彼女達も女性だ。女同士での会話となるとやはり気になる男性の話に花が咲き、やれ誰々はカッコイイだの素敵だのと、普段見せている騎士の顔とは別に、そこにあるのはごく普通の恋する乙女達の姿だった。
ミファエラとて男性に憧れない事もないが、それはあくまで「騎士として」であり、異性としてその様に映る事は無かった。
そして人が共に生活していれば次第に好く好かない等の人間関係が出来てくるのは自然の摂理であり、ミファエラはこの時1人のルームメートの女性に対し夢中になっていた。
ことこの世界においてそういった法律は無く、一般的常識的な倫理観として問われるだけであって、彼女達もあくまで欲求の解消または遊びとして行われる行為であったが、ミファエラは本気でその女性に迫った。
しかし想いとは必ずしも伝わるものでも、受け入れられるものでもなく、ミファエラの想いは尽く砕け散った。
そこから彼女の自問自答が徐々に心を支配していく。初めは勇者に憧れ騎士団に入り武功をたてて、それで・・・・・・
それで・・・・・・
どうしたいのか───────
好いた女性に拒絶され失意のどん底に叩き落とされた。
「では私の求めていたものとは何だったのか」
その答えは直ぐに出た。自分は勇者になりたかった訳ではなく周囲の「賞賛」が欲しかったのだ。だから人に拒絶された事がこんなにも心に突き刺さるのだと。
突き詰めていけばミファエラの欲していたものは『自分を肯定してくれる人達の賛同』である。
自分は女性が好きだ。でもそれは公に認められない。ならば認められずとも、誰からも文句を言われないような位置に行けば良いのではないか。
求めるのでは無く、求めさせる。
騎士の頂点、騎士団長になる事が出来れば、自分だけの女性騎士団を結成できる。
そんな邪な考えがミファエラを更に躍進させるのだが、幸か不幸か彼女にとある役職が回ってきた。
それはミゼルヴァ姫の御側人。
姫君の近辺を守護する者として男性では憚られ、腕が立ちそれでいて女性でなければならないと、その内の1人に騎士団でも相応の成果を見せていたミファエラに白羽の矢がたったのだ。
それは確かに責任が伴いかつ名誉な事ではあるが、それでは自分の望みは叶えられない。
騎士団長或いは隊長であるなら名前も覚えられるものになるだろうが、御側人など所詮姫の御側人でありそれだけだ。
自分の名声を高めるものにはなり得ない。これは自分にとっての遠回り、もしくは挫折だ。
お断りすべきと姫に直談判しようと思ったミファエラだが、ミゼルヴァの前に立ち間近で見たその少女の姿に心の蟠りなど一瞬で吹っ飛んだ。
一目惚れである。
いつも遠くから眺める事しか叶わなかった点の様なお姫様だったものが、ミファエラの前にいたのは自らの心の全てを一瞬で奪い去った可憐な美少女だったのだ。
「この度ミゼルヴァ様の身辺警護を仰せつかまつりまつりましたミファエラと申します! これより先いかな外敵が姫様に襲い掛かろうとも このミファエラ一命を賭しまして あなた様を守り通して御覧に見せます!」
それはすんなりと出てきたミファエラの本心だった。もはや悩みなど無い、自分はこのお方に尽くすのだと、人の賞賛を求める者程人を求める者もいない。ミファエラは突如目の前に現れたミゼルヴァと言う美少女に呆気なく絡め取られたのだ。
ミゼルヴァの御側人は女性と言う事もあり、かなり接近する事となる。着替え然り入浴然り、流石に着替えを手伝うことは無いが、そう言うことはメイドの仕事である。
触れられそうで触れられない、そんな悶々とした距離がミファエラをある行動に駆り立てたのだった。
それはミゼルヴァが湯浴みをしている最中の事である。メイド達が着替えの準備をと浴室を離れた隙に、浴槽との間に設けられた間仕切りでこちらが見えない事を利用し、ミファエラはミゼルヴァの脱ぎ去った下着を掴むと、おもむろに自身の顔へともって行き、深々と匂いと感触と味を心行くまで堪能したのだ。
「ミファエラ・・・?」
そのあまりの官能的で淫靡な世界に酔いしれるあまりミゼルヴァが湯浴みを終えた事にも気付かず、下着を顔につけたまま硬直した。
「ミファエラあなた何をやって・・・・」
「ち・・ちがっ・・・違うのです・・これは」
決定的な現場を見られ言い逃れのできない状況で、ミファエラはただ言葉につまり心臓は破裂しそうな勢いで鼓動し目に涙を浮かべ固まっている事しかできないでいた。
「あなた・・・・・」
「ひっ!」
ミファエラの中で全てが瓦解した。これまで積み上げてきたものも、これからの夢も。
それらが真っ白になり後退りながらも足から力が抜け倒れた。そこにあるのは恐怖、未だかつて無い程の恐怖だった。
「ミファエラ・・その・・私とて王城に住まう者として 同性にその様な想いを抱く事については理解はある方です・・・
でも・・いきなりこの様な光景を目の当たりにして何と言ったら良いのか・・・・」
ミゼルヴァはミファエラの手を握ると、親が子に向けるような母性にも似た心で微笑みかけた。
「ミファエラ・・怖がらないで 私はあなたを拒絶したりいたしません 人間誰しも人には打ち明けられない想いや悩みはあるものです
あなたが私を想う事で満たされるのであるならば 私はあなたの全てを受け入れましょう」
ミゼルヴァはミファエラを胸に抱き背中を優しく擦った。
「もう悩まなくても怖がらなくてもいいのですよミファエラ これからもどうか私を側で支えて下さい」
「ぅ・・・・あぁ・・・・・うわあああぁぁああぁぁぁあぁぁあぁあぁあ~~~~~~~ わああぁあぁあぁあああああ~~~~~~!!」
ミファエラは年下の少女の胸の中で子供の様に思いきり泣いた。家族に否定され想いを寄せた女性に拒絶され半ば自分を見失いかけた自分は、ここに来てようやく運命の相手に巡り会えたのだと神にでも自分の人生でも無く、自分を認め包んでくれているミゼルヴァにただただ感謝した。
この時ミファエラはこの方になら命を捧げてもよいと本気で思うようになる。
自分の愛するものを汚す輩は誰だろうと許さない────────
その想いがミファエラを染め上げていった。
★
ミゼルヴァにはある思惑があった。それは言ってしまえばこの国の安寧であるが、それを叶えるためには条件を幾つか整えねばならなかった。
国王テオナルドは希代の好色家であった。立場を利用し若い貴族の娘や城で働くメイド、町や遠征で赴いた際の村娘と手当たり次第に手を出したのだ。
文字通り方々に種を撒いたお陰で現在王位継承問題が浮き彫りになっているのだ。順番通りで言うのなら下級貴族の娘に産ませた男の子が継承権第一位であるが、それを上級貴族の娘に産ませた嫡男が黙っている筈も無く。終いには各方面から我こそが王の血をひく者であると言う者達が現れ始めたのだ。
そして当時王城で働いていたメイドが王とまぐわい産まれてきた女の子と平民の男性が結婚し、授かったのが姉のミゼルヴァと妹のメルディアの双子だった。
問題だったのがこの二人が『神託の巫女』の力を授かった事と、彼女達の母が紛れもなく王の血を受け継いでいる事で、爵位こそ無いもののこの双子の姉妹が王位継承権に急浮上した事により、継承問題は更に混乱を極めた。
幸いミゼルヴァは聡い子であったため、勉学に勤しみこの王国で起こっている問題についてはほぼほぼ把握していた。
このままいけば貴族同士分裂し必ず内乱が起こる。だがここで1つだけ幸運だったのが8魔将の問題だ。その被害は人の地にまで影響が出始めており、継承問題ににうつつをぬかしている訳にもいかなくなった事で国は1つに纏まったと言える。
そこで目をつけたのが「勇者召喚」だった。
これはファートランド王国が出来る300年以上前から存在している秘術だが、同時に禁忌ともされており、現在に至るまで一度もこれを行使したことが無いらしい。何故禁忌なのかわからないが、もはやこの状況を打開出来るのは勇者しかいないと王国会議は全員一致で可決されたのだ。
勇者召喚には2人の力がいる。
1人は勇者に相応しい器を探す役目、そして2人目は勇者をこの世界に呼び寄せる術を行う者。そして最初に召喚されたのが「泉野女 理呼」だった。
ミゼルヴァの思惑は血筋ではなく絶対的な強者による統治。理呼を王に配し国を1つに纏める事が、混迷を極める現状を打開する一打となると信じた。
しかしその想いは通じず、理呼はいなくなってしまった。それどころか問題の8魔将を束ね王国に宣戦布告すると言う事態にまで陥ったのだ。
原因はわかっている。国王が理呼の様な幼子にまで手を出そうとした事だ。何度注意をしたにも関わらず、終ぞその性格が変わることは無かった。
自業自得とは言えこのままでは確実に王国は滅ぶ。或いは8魔将を上手く束ねた理呼であるならと思わなくはないが、恨みに思われている以上、人の世が無事で済む保証はない。
事態を丸く納められずとも、均衡を保つ事で仮初の平和は維持できると、ミゼルヴァは次の勇者探しに邁進するのだった。
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ある日姉が会いに来た。次の勇者が見付かったと言う。映像を見せてもらったメルディアはこの春季と言う青年に一目惚れした。
すらりと長い足に爽やかな笑顔、風になびく髪が美しくメルディアは春季の事ばかり考える様になった。
ミゼルヴァの話では何故か映像にノイズの様なものが走ると言っていたが、それは1回目の勇者召喚で魔力が足りなくなったせいではないかと言っておいた。
それからと言うもの事あるごとに春季の映像を要求した。今何をやっているのか、食事をしている春季、買い物をしている春季、勉強をしている春季、友達と仲良く話している春季、そしてお風呂に入っている時の春季、それを見たメルディアは幼いながらもおっさんの様な「ぐへへへへへ」と言うだらしない声と共にヨダレを垂らしていた。
このメルディアと言う少女は楽天的でそこら辺は姉のミゼルヴァとは正反対である。国が混乱し自分も火中に捲き込まれていると言うのに興味がない。
唯一関心を示したのが神託の巫女に授けられた膨大な魔力による魔法の研究であるが、今はもっぱら春季に夢中である。
「あぁ私の春季しゃま~ 待っていて下さいね~ もう少しでお会いできましゅからね~」
メルディアの頭の中は春季と2人、手を繋ぎ笑いながらお花畑を駆けていく光景だった。
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都内某所────────
夕日が差し込む時間に春季は駅前の大時計の前に立っていた。
「春季~おまた~♪」
「え~ この人が春季君? やだカッコイイ///」
「写真で見るより全然良いじゃん///」
「初めまして みぃちゃんのお友達?」
「そっ 中学の同級生だよ~ 取り敢えずカラオケでも行っとく~? 適当に遊んでから春季の家ってことで・・・・・」
「おk~」
「どうする? ゴム買ってく?」
「今夜は3人が相手かぁ 眠れないなぁ~」
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「私の春季しゃま~・・・・・・・」