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3・勇者

 国王に魔王討伐を依頼された春季は、取り敢えずのところしばらく王城に逗まる事になった。と言うのも勇者として召喚されたからといって初めから強大な力を有している訳ではなく、相応の修行は必要との事だったからだ。


 そう言う事で自室にと宛がわれたこの部屋は広大で、4畳半でぬくぬく育ってきた春季にとってこの広さはあまりにも落ち着かない広さだった。何せ50㎡はあるだろう部屋には天涯つきのベットとテーブルとイスしか置かれていないのだから。

 育ちが違うせいでこの部屋の有効的な活用方法が思い付かないのは仕方の無い事だが。せめて漫画やゲームやフィギュアが所狭しと置かれていたなら気も休まるのだろう。


 それに正直修行と言われてもいまいちピンとこない。修行と聞いて連想されるのはせいぜいが滝行くらいなものだ。

 そもそも春季は運動が苦手である。全体的に体のバランスが悪く、足が短くお腹も出てるし体力もない。こと運動にかけて誰かに勝てたためしが無いのだ。

 魔王を討伐せよとの厳命であるからして、求められているのは力だろうが、ゲームセンターでやったパンチングマシンで小学生に笑われて以来、マッチョな自分は妄想の中にしかいないのだ。


 コンコンコン───────


 ドアがノックされ2人の女性が入ってきた。


「失礼します春季様 少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか」


 透き通るような美しい声でそう言ったのは天使のミゼルヴァと、その隣にいたのは春季をぶん殴った鬼のミファエラだ。

 ミファエラはイスを引くとそこにミゼルヴァが座る。その動作はすごく自然でそれだけで目の前の年下の少女が特別の存在に見えて春季は萎縮する。この春季─────実は気も小さい。


「そ・・・それで 何のご用でしょうか」

「はい 春季様はいきなりこちらの世界に召喚されてさぞ困惑されている事でしょう

 ですので少し此方の事をご説明しようと伺いました」

「それは・・その ご丁寧に どもです」


 美少女の笑顔が春季のハートを撃ち抜く。今まで他人から蔑まれて生きてきた春季は、相手の顔や態度や話し方で、自分をどう思っているのか見当をつけるのに敏くなった。その春季の直感が「彼女は自分を否定していない」と言う結論を導きだした。

 その瞬間春季の顔は赤くなり汗が流れ動悸も激しくなり、まともに顔をあげられなくなっていた。

 そうでなくとも人の目を見て話せないのだ。


「貴様 姫様がお話になられているというのに 下を向くとは無礼なヤツだ 人と話す時は前を向けと教わらなかったのか!」

「良いのです 春季様は此方の都合で無理矢理召喚をしたのですから 私達は恨まれて当然の事をしたのです 顔を背けられても仕方がありません」


 チラリと見たミゼルヴァの表情はとても申し訳なさそうな辛い顔をしていた。まるで自分の事の様に想ってくれている事が伝わり、逆に申し訳なく思えてくる。


「そ・・・そんな事はないですぅ・・・その 僕の様な者に出来る事があるなら 是非ともミゼルヴァ様のお役にたって見せますです・・・

 そ・・・それにミゼルヴァ様はとても お・・お美しく ぼ・・・僕の目には ま・・眩しくて直視出来ないという かぁ~」

「まぁ 口がお上手なのですね」

「貴様ー! その腐った目で姫様を見るとは何事か!! 姫様お気をつけください! この者また《看破の目》で姫様の裸体を隅々まで凝視するつもりです!!」


 ミゼルヴァの顔を見るべきなのか駄目なのか、春季にとっての大抵の人間の反応はこの様な理不尽を押し付けられるものなのだが、だからこそこのミゼルヴァと言う少女は春季の目に映えるのだ。

 彼もそれなりに男である。こんな自分でも普通に話してくれるのは、もしかしたら脈があるのではと思ってしまっても、それは健全な男子の範疇だろう。


「ミファエラ落ち着いて それはいきなり此方に来て 力の制御が上手く出来なかったからでしょう

 その辺りもこれから鍛練を積んでゆけばよいのですから」


 彼女はその物腰と同じように懐深い女性であったようだ。不可抗力とはいえ女の子の一番大切な部分を間近で、しかもハッキリくっきりと見てしまったにもかかわらず、仕方がないと不問に付して下さったのだから。


「そうですね まずはこの国の事からご説明いたしましょう ここはファートランド王国 世界中で最も長く続く王国で その歴史は300年以上と言われています

 ここは王都ローズタリア 王国のほぼ中央に位置します そしてこの城はラグランド城 私達王族が代々受け継いできた場所でもあります

 そして・・・・・」


 ミゼルヴァは席をたつと、窓に近付き外を指差した。


「あちらに見える東のネストール山脈の峰 そこに打ち倒すべき魔王の城がございます」


 春季も窓に近付き東の方に目をやると、ポツンと人工物らしき建物が山の頂上に建っていた。


「案外近くにあるんですね・・・・」

「はい・・・その訳はこれからお話しする事と関係がございます 

 今は魔王『リーディア』と名乗っていますが 本名は泉野女理呼 春季様と同じ世界にいた方なのです」

「・・・・・・・・え?」

「この世界には数多の種族がおり この国にも様々な種族が共に暮らしておりますが・・・・中には種族間のトラブルや衝突で住む場所を追われる者や この国の空気が肌に合わない者もおります そして絶対的な強者に惹き付けられる者も・・・・

 その強者こそが8匹の魔物 8魔将と呼ばれる強大な力を持つ魔物なのです

 そしてその力にひれ伏した者達の手によって8つの国が出来上がりました」


 ミゼルヴァは窓に手をつきうつむいた。それは春季に見られまいとする顔をしているのだが、他人の顔色を伺って生きてきた春季にとっては顔を見ずとも、彼女の気持ちが良く伝わってきていた。

 それは気の利く男と言う意味ではなく、単に自分の身を守る上で必要だったからだが。


「8つの国の力は強大で我々は苦戦を強いられてきましたが 幸いな事に8魔将自体は此方に興味が無いらしく 何百年も彼等同士で争いあっていました

 しかし彼等の力は日々増していき この国にも影響が出始めました そこで我々も結界を張ったりと対策を講じたのですが思うような効果は得られず ついに禁忌とされている術に手を染めてしまったのです


 それが召喚の儀式─────


 最初に召喚された方が先程はなした泉野女理呼さんでした 彼女は8魔将討伐を快く引き受けて下さったのですが ある日突如いなくなると倒すべき8魔将を従えて魔王『リーディア』を名乗り このファートランド王国に宣戦布告したのです」

「えと・・・つまり僕に求められている事は あなた達でもどうにもならない相手と それを服従させた魔王をどうにかしろと・・・・・そう言う事なのでしょうか・・・」


 ミゼルヴァは何も言わずにうなずく。


「本来であるならあなた様ではなく もう一人の春季様を呼ぶ予定だったのですが 何かの手違いであなた様を此方の世界に呼んでしまったのです」

「そう・・・・なのですか・・・では・・・もう一度召喚の儀式をなさってみては?」

「いいえ・・・禁忌とされた術を2度も使用して祭壇の魔力は枯渇しています もう一度執り行うには何年も・・・もしかしたら何十年も祭壇に魔力を供給し続けなければなりません」


 話を聞いているとプロの格闘家を相手にしろと言われるより、それこそあの山脈や流れ出る溶岩や大海原に立ち向かえと言われている様な、途方もない事を期待されている感じがする。

 それでも年下にもケンカで勝てない春季だが、此方の世界に来て何かしらの力を授かったのか、ミゼルヴァの裸体を透視した事と言い、もしかしたら俺Tueeeeが出来るのではと僅かながらの期待に胸を膨らますのも、健全な男子として間違ってはいないだろう。


「そう言う訳で今となっては春季様におすがりするしかないのです」


 ミゼルヴァは春季の手をとると自分の胸元にもって行き懇願した。それは今にも泣きそうな辛そうな切なそうな、思わず守ってあげたくなる様な表情をされ、咄嗟の行動に全く免疫の無い春季は「うひぃ」と声をあげる。その声に異様な何かを感じたのかミファエラは渋い顔をした。


「わ・・・わかりましたぁ 僕なんかで宜しければ誠心誠意ミゼルヴァ様にお仕えいたしますぅ」


 別に支える必要は無いのだが、春季の頭の中にはもはやミゼルヴァしかいない。


「色好い返事が頂けて救われる思いです 明日からの特訓には此方のミファエラに教官をお願いしました 彼女も快く引き受けてくれたのできっと良い成果が得られるでしょう

 今日のところはお疲れでしょうから ぐっすりとお休みください」


 ミファエラは笑顔で春季に近付きミゼルヴァに聞こえない様に耳打ちをした。


「明日からは地獄の始まりだ 今のうちにせいぜい惰眠を貪るがいい 最も・・・明日の特訓で永眠する事になるかも知れないがな・・・」


 そう言うと何食わぬ顔でミゼルヴァの方に振り向くと、2人はしずしずと歩き部屋を後にした。

 春季を前にとる人の行動は、あしらう・拒絶する・嘲笑う・見下す・ちょっかいを掛けるだが、ミファエラの場合は「見下し拒絶し蹴飛ばしたい」だろう。つまり明日からはどこぞの軍曹ばりのしごきが春季を待ち受けていると言う事になる。


「寝よう・・・」


 春季はテーブルに近付きミゼルヴァの座っていた椅子に顔を近付け「クンカクンカ」するとおもむろに頬擦りした。一通り感触を楽しむとベットに潜り余韻を楽しむ。これも健全な男子なら自然な行動だろう・・・・・たぶん。


 春季がベットに入りしばらくすると部屋のドアがノックされ、初老の男性───

 国王が入ってきた。


「勇者春季よ 起きるのだ」

「こ・・・国王様!? な・・何かご用でしょうか」


 春季は思わず飛び起きベットの上で正座になる。


「うむ 実はそちに内密な話があってな これは勇者であるそちにしか頼めん案件なのじゃ」

「は・・・はぁ」

「実はこの城には秘密が隠されておる 300年と言う長い年月の中で 隠れた財宝が秘密の部屋に納められていると言う噂が真しやかに囁かれておるのだ」

「財宝・・・ですか?」

「うむ 我々の調査によってその部屋の特定は出来たのだが 肝心の扉が開かんのだ」

「つまり それを僕が開けろと? 言ってはなんですが僕にそんな技術はありませんよ?」

「急くでない その為にそちに1つ魔法を授けよう 耳を貸すが良い────ごにょごにょごにょごにょごにょ・・・・・」

「そんなんでいいんですか? でも・・・出来るかなぁ・・」

「精進せい では明日の朝迎えに来るゆえ それまでには使えるようになっておくのだぞ?」


 言うだけ言うと国王は部屋を出ていった。

 国王に教えられたのはとある魔法だったが、それはただ唱えれば良いだけなのか、或いは何かしらのパワーをもってして行使されるものなのか思案していると、またもや扉がノックされ一人の男性が入ってきた。


「おぉ 勇者春季よ 起きておったか丁度良い」

「あ・・あの あなたは?」

「ワシはランフォード・ベルジャンと言う 爵位は伯爵だ ランフォード卿と呼ぶように」

「はぁ・・・それでランフォード卿は僕に何かご用でしょうか」

「これは内密の話だが 実はこの城には隠し財産が眠っていると言う話があってな・・・」


 それは先程聞いた国王の話と寸分違わなかった。


「つまりその扉を僕の魔法でこじ開けろと・・・そう言う事でしょうか」

「そうだ 話が早くて助かる 良いか? この事はくれぐれも内密にな」


 そう言うと彼はそそくさと部屋を出ていった。

 それからと言うもの春季が魔法の考察に取り掛かろうとすると扉がノックされ、貴族が入れ替わり立ち替わりやって来ては毎度同じ話を聞かされる。

 なんと言うかここの国の貴族達は皆して隠し財産を狙っているのか、やはり金の力は凄いらしい。発見すればいくらか分け前を貰えるのだろうか? となれば誰につくべきか考えねばならないが、やはり国のトップである国王についた方が後々いいかもしれない。朝迎えに来るとか言ってたし・・・


 それにしても貴族の数が絶えない。流石に疲れたのか限界に達した春季はついついぐっすりと眠ってしまったのである。

 気付いた時には部屋は明るく、はたして魔法が使えるのかどうなのか確認する間もなく国王が迎えに来た・・・・のだが、どういう訳か他の貴族も総出でなだれ込んできている。


「勇者春季よ 起きておったか丁度良い 時間も無いゆえ 早々についてくるが良い」


 春季が国王の後についていくと、秘密の筈が何故か他の貴族もゾロゾロと後をついてきた。もしかしたら全員で分ける算段にでもなったのか? こうなると自分の取り分が気になるところだが、問題は春季の魔法が成功するか・・・である。


 廊下の角部屋に案内されたが、ここが何の部屋かはわからないが、とても全員が入れる広さではない。皆財宝に興味があるのか前え前えと押してくる。


「ぇぇぃ 皆の者押すでなぃ! 勇者春季ょ 財宝はこの壁の向こうじゃ この壁には特殊な魔法が掛かってぉってな 我々ではどぅする事も出来んのじゃ」


 国王はここに来て何故か小声で話していた。貴族達も皆そわそわしている。そんなに待ちきれないのか、まだかまだかと固唾を飲んで見守っていた。

 春季が出来るかどうかもわからない魔法を行使しようとした時に、女の子同士が話し合う声と隣でカチャリと言う音が壁越しに聞こえてきた気がした。


「今だ勇者春季よ そちの力で奇跡を目の当たりにするのじゃ~~~~~~・・・・・」


 隣の部屋で音が聞こえたようなと思ったが、国王に急かされ春季は教えられた魔法を唱えてみる事にした。

 まぁダメ元である。


「アディションマジック《透視する魔法の壁/マジックウォール》」


 すると壁は薄く透明になり、読んで字の如く隣の部屋が透けて見えたのだが、「透視」の筈が、目の前の壁がきれいさっぱり消え去って、春季をはじめ王侯貴族達は前のめりに隣の部屋へと倒れこんだ。

 そこには今まさに()()()()であろう「チョロチョロチョロ」と言う音をたてながら、便座に座っているミファエラと雁首揃えて間抜けな顔して倒れこんでいる変質者共の目が合った。

 それを見た国王と貴族達は蜘蛛の子を散らした様に一目散に逃げ出して行ったが、春季は皆の下敷きになり動けなかったのと、女性が目の前でいたしている光景に目が釘付けとなり動けないでいた。


「ぅ・・・・ぅぁあぁぁぁぁあああぁぁあああぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 ミファエラは急に立ち上がり、下ろしていた下着を勢い良くたくしあげたが、一瞬「見えた!」と思ったものの、鬼の形相で立て掛けていた剣に手をかけたところで春季は全速力で逃げ出した。


「ぶっ殺してやるうううううううう~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」

「ひぃぃいいぃぃぃいいぃいいいぃぃいぃぃいぃぃぃぃぃぃいいいいいいぃぃぃいぃいいぃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」


 部屋を出て角を曲がると前方にミゼルヴァがいたので、春季は藁をも掴む思いで助けを求め年下の女の子にすがり付く。


「おた!おたっ!おたしゅけを~~~~!!」

「春季様!? 一体どうなされたのですか?」

「姫様ぁぁあ~~~~~!! そのゴミクズから離れて下さい!! 今すぐそいつをぶっ殺しますので~~~~~!!!!」

「し! 知らなかったんでしゅ~~~! 秘密の財宝があるからと国王様と貴族の方々に言われて 僕はただ教えられた魔法を使っただけなんですぅ~~~~~~!!」

「まぁ! お祖父様ったらまだそんな事を・・・おいたはいけないと あれほど注意しましたのに・・・・・・・」

「姫様!! もうこの際にこのゴミ共々あの老害どもを一斉に粛清すべきです!!」

「落ち着いてくださいミファエラ お祖父様方は兎も角 春季様にはこの世界を救っていただかなければなりません それに春季様はお祖父様に謀られたご様子 決して自ら進んで加担した訳ではないのでしょう?」

「も!・・勿論でございますぅ~~~~!!」


 平身低頭土下座して謝る春季を、ミファエラは冷たい目で見ていたが、これから始まる一日に思わずニヤけて邪悪な笑みになるのを春季はひきつった顔で見ていた。


「まぁいいさ 時間はたっぷりとあるんだ そこで貴様の腐った性根を切り刻んだ上で 聖水に一晩漬け込んでやる!」


 こうして春季の勇者の修行は幕を開けるのだった。

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