異世界の美形に、ゴリラ顔が出会った。
おかしいーーー。
一郎は鏡を見つめながら呟いた。
★
一郎は所謂、転生者である。
一郎が転生に気付いたのは、大体六歳前後の事である。気付いたきっかけなどは別にない。頭の中にある記憶の世界と、今の世界の文化レベルであるとか、一郎の歳ではあり得ない記憶などから察した、俺、転生してるわ、と。
大体周りがファンタジーよろしく魔法をバンバン使っている中で、一郎は照明のスイッチを探したり、風呂の給湯器のスイッチを探したりして不審がられたり。身に染み付いた科学の恩恵の記憶が前世の記憶と結び付いたのだ。
一郎はアニメや漫画の様な展開に胸を高鳴らせたが、ふと、鏡台に映る自分の姿を見て絶望した。
「転生したのに、顔が前と同じやないかーい」
おかしい、と一郎は思った。
今世の父母や兄弟たちは恐ろしいほど顔が整っている。貴族の家に転生したらしく、皆きちんとした身なりが似合っている。一郎もヒラヒラのリボンが付いたシャツを着ているが、びっくりするほど似合っていない。
そして、名前が問題だ。
なんと一郎は転生してもイチローだった。イチロー・アラン・ルロワなのだ。
名付けに関して、顔が前世のままのゴリラなら、せめてそこくらい、と父母に異議を申し立てた。すると、父であるノアは、イチローの髪を優しく撫でながら言った。
「僕は君の産まれてすぐの顔を見て、稲妻が走る様な使命感にも似た感覚を味わったよ。神様のお告げかな?名前はイチロー!これ以外ではダメなんだ。誕生と名付けの報告をイチローのおじいちゃんおばあちゃんにした時は酷い叱責を受けたけど、イチローの顔を見たら納得してくれたよ」
隣でニコニコ頷く母のクロエを見て、イチローはうな垂れた。
確かに前世の時も一郎らしい一郎とか、その徹底したアジア顔を纏めるのは一郎しかないとか散々一郎イジリをされていたが、あんまりではないか、と神に憤りを感じた。
美しいノアとクロエ。その血筋のどこを取ってもイチローの顔にはなり得ない筈。だが、イチローは橋の下から拾われて来た訳では無いらしい。正真正銘、ノアとクロエの実子なのだ。
イチローは、己のハードモードの人生を呪いそうになったが、それでも父母や兄弟はイチローに優しかった。それだけで充分な幸福ではないか、と己を納得させた。
しかし、イチローの幼馴染、マリア・リシャールはしばしばイチローを絶望させた。
「おい、ゴリラ!オメーの指にはどうして芝生が張り付いてるんだ?指がクセーんだよ」
ドレスを優雅に着こなしながら、扇で口元を隠しながら罵倒するレディ。なかなかシュールである。