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偏食な子犬拾いました  作者: 伊吹咲夜


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7/20

臨機応変

 ポチは今日もマダム達から熱い視線を浴びている。


 年上(中には俺より年下もいるが)の女性というのは、若い可愛い子には目がないのかもしれない。

 可愛らしい柴犬アップリケエプロンを着けた可愛らしい男の子は、格好のターゲットのようだ。

 初日同様、今日も黄色い声があちこちから聞こえてくる。


 ポチの出勤日は基本週二回。

 奥様の多い火曜日と、仕事帰りのOLが多い金曜日。

 時間によっても違うのだけれども、大体の割合がこんな感じなので、『目の保養に』と通っていると思われる人が多い前述の曜日にポチは出勤している。


 と言っても俺が決めたのではなく、勿論マネージャーである大樹なんだが。

 基本というだけに、ポチはこの曜日以外にも出没させている。

 例のチケット制講習会の日。あとは大樹が忙しくて手伝えない日。


 チケット制のへは定期講習会へ導かせるホイホイとして、アシスタントという名の餌として前に立たせているそうだ。

 今でさえ入りきらない定期講習会にホイホイしてどうするんだろう……。


 こんなことにポチを使って、大樹のヤツ汚いなと思っていたが、これにも裏があるらしい。

 詳しくは話してくれなかったが、ポチを公に出してその素性を噂からでも仕入れようとしているみたいだ。

 一番いいのはポチ本人がどこの誰か喋ってくることなんだが、一向に喋る様子はない。

 ポチにも事情はあるんだろうが、どこの誰だか分からない未成年を保護している方の身にもなって欲しい。


 ポチが視線を集めるようになって、俺が奥様方から解放されたかというと……。

 不幸かな、奥様は可愛いものも『男前』なるぶっきらぼうに近い体育会系男も平等に愛でてくださる。

 ポチくーん、と甘い声を掛けつつ俺の尻に触るなんて芸当は朝飯前のご様子だ。


 俺はもう慣れたので、顔を引き攣らせながら笑顔で注意したり、作業の続きを指示したりするんだが、ポチは過剰なまでに反応する。

 声を掛けられる・プレゼントを渡される、まではまだビクビクと怯えながらも応えているが、身体に触られる・掴まれるなどのスキンシップが入ろうものならば、顔を強張らせて俺の方まで逃げてくる。

 ありがたいことに、マダムという生き物はこれを『照れ』や『ウブ』と捉えて下さることだ。

 あからさまに嫌がって(怖がって?)こちらに逃げてきているのに、『あらー、年上のお姉さんに免疫ないのね。照れちゃって』で終わっている。


 何でもかんでも大樹に頼るのもよくないので、俺からポチに軽く促すように言わなくてはいけないとは思っているんだが……。


 マダムの多い昼の時間が終わり、休憩を挟んでの夕方と夜の講習。

 夕方の講習では特に問題もなく、お触りもなくポチも無事に務めを果たすことが出来た。

 夜の講習になり、金曜日なのでいつもよりもOLさんが多く集まっている。

 あちこちでお喋りを始めるのを聞いていると、やはり話の中心としてポチが持ちだされていた。


「ねーえ、ポチ君。年はいくつなの? うちの義母に聞いたら昼もここにいるんですって? 学校はどうしてるの?」

「そうそう。どこの学校? 可愛いから学校でモテるでしょ。いいなー、お姉さんもポチ君に相手してもらいたいなー」

「香西先生とどんな関係? 兄弟がいるとは聞いた事ないし。もしかしてマネージャーさんの隠し子!?」

「お姉さん、ポチ君と仲良くなりたいからさ、今日この講習終わったらご飯でも食べに行かない? 何ならホテルで……ウフ」

「あ、ズルイ! それ私も狙ってたのにぃ!」


 遠巻きに話しかけられていたが、最終的に四、五人のOLさんに囲まれてしまったポチ。

 あれやこれやと質問され、とどさくさ紛れにスキンシップ。挙句にはホテルにまで誘われてしまう始末。

 これはちょっとポチにはきついなと、助けに行こうと思った矢先、ポチの我慢の限界が超えた。

 正面にいたOLさんを強く押しのけると、エプロン姿のまま教室をダッシュで走り去っていった。


「ポチ!?」


 すぐさま追い掛けてはみたが、ポチの脚は速かった。

 廊下にはその姿はもうなかった。


「あーあ。また大樹に怒られる」


 * * * * * * * * * *


 その日ポチは帰ってこなかった。


 俺に講習を逃げ出した事を怒られるのを悟って帰ってこなかったのか、大樹に逃げた事、その他諸々で怒られ『お仕置き』を受けるのを怖れて逃げ出したのか。

 後者の可能性は高いが、仕事の時の俺は普段と違って厳しく感じるとポチは言っていた。俺からのお叱りにも僅ながら恐怖を感じているのかもしれない。


「ポチ帰ってきたか?」

「いや、まだ帰ってきてない」


 朝食の準備をしていると、大樹が開口一番にポチの事を聞いてきた。

 昨夜は教室から逃げ出したと聞いて、『帰ってきたら絶対にヤる』と物騒な事を言っていたが、やはりかなり心配していたのであろう。

 不機嫌にムスっとしているが、それは心配を表情に現わさないための逆ポーカーフェイスだという事も、俺にはすでにバレバレなのに。


「今日もポチが帰ってこなければ、ちょっと家を空けるから。月曜まで帰って来ない時は一人で講習の準備をしてくれ」

「それは構わないが……。俺も探すの手伝うか?」

「いや、ちょっと裏の方々にお願いするから、お前がいるとマズイ」


 出勤ギリギリまで待ってもポチは家には現れなかった。

 そこで大樹はこれ以上待てないと、ポチを探しに行く方向で話を打ち出した。


 大樹の言う『裏の方々』は多分893な方とか、権力のある方とかそういうのなんだろう。

 一応人気商売の俺が、そんな人と会っていると噂を立てられたら引退するしかなくなる。大樹はいつだってそう言う。

 大樹もたまに顔出して手伝うんだから同じじゃないのか? なんて思うのは、俺が甘いんだろうか。


 でもポチは今一体どこにいるんだろう?

 拾った時でさえ何も持っていなかったし、食べてもいなかったから行く場所なんてない筈。

 あるとしたら、ポチがひた隠しにしている自分の家くらい。

 もしかして怒られるのが嫌で自分の家に戻ったのだろうか?


 そう考えていたら、胸が苦しくなってきた。

 忘れたかった記憶。

 怒られるのが嫌だ……。でも逃げられない……。


「おい! 大丈夫か!?」


 大樹に言われてはっと我に返る。


「真っ青だぞ。何考えてたんだ? またあの頃を思い出してたのか?」

「あ、ああ……。ポチが俺達に怒られたくなくて逃げたのかなぁって考えてたら……」

「馬鹿だな。ポチはそんなに臆病な訳ないだろう。最近は俺に喰って掛かってるくらいだ。それに……」


 大樹は俺をぎゅっと抱きしめて背中を優しく叩いた。


「もうお前は誰にも怒られはしない。束縛もされない。お前を束縛しているのは俺だけだ」

「大樹は違うよ。俺を助けてくれた。こんなにも愛してくれてるし」

「なら大丈夫だろ? もう怯えるものはないんだ。思い出す必要なんてないんだ」

「ひろき……」


 いつになく優しい目で見つめてくる大樹に安心する。

 もうあの頃に戻る必要なんてどこにもないと、一瞬だけでも思わせてくれる。

 もうすぐ一回目の講習が始まろうとしているのに、大樹は俺をソファにゆっくりと押し倒していく。

 遅れちゃうな、と思いつつもこのままされてしまいたい気分。

 欲望だけの目的でいいから、大樹に抱かれてこの仄暗い気持ちを少しでも楽にしたい。


『ピリリリリッ、ピリリリリッ』


 キスをされかかったところでスマホの着信音。

 同じ機種のスマホで、着信音まで同じにされてちゃ、どっちのが鳴っているか分かりもしない。


「ああ、くそっ! いいところで。音量からいって俺だ!」


 鞄に入っているスマホの音量でどちらか分かるなんて、どんな耳の持ち主なんだ。

 それにしても誰なんだ? 本当にいいところを邪魔されてしまった。


「もしもし!? あ? おまっ!? どこにいるんだ!?」


 邪魔されて不機嫌からの急なお怒りモード。

 誰? と小声で尋ねてみたものの、怒鳴り散らしながら控室から出て行ってしまった。

 ふと時計を見るとちょうど講習開始時間。これは追いかけて電話の相手を聞いている暇はない。


「もー、今日は何なんだ? いい事なさそうだ」


 * * * * * * * * * *


 こういう感は当たるものだ。

 思い出したくない過去を思い出したせいもあり、講習にあまり集中できず、調理の周回をしている最中に『隙あり』と言わんばかりに尻ポケットにアドレスと『週末空いてます』のメモがごっそり詰め込まれていた。

 尻ポケットというから、当然お触りもされている。


 その度に『はぅ』とか『あっ』なんて大樹にしか聞かせないような声を上げてしまったものだから、女性達は別な方向へベクトルが向いてしまったらしい。

『空いてます』のメモがノートのきれっぱしだったり、レシピを印刷したプリントの端だったりが多かったのは、その場で急遽書いたんだろう。

 中には試食中に手招きしてきて、『このあと休講にして、私といかがですか?』なんて大胆に誘って来る人もいた。

 その人はごめんなさい、と断って、そのあと近寄らないようにしてはいたが。


 そんな厄ばかりの講習から戻ると、大樹がいつものポーカーフェイスに戻ってソファに座っていた。


「ポチが見つかった」

「え!? どこにいたの!?」

「正確にはまだ見つけていないが、おおよその場所が分かったので迎えに行ってくる」

「さっきの電話ってポチ?」

「ああ」


 それだけ伝えたかったのか、大樹はソファから立ち上がり鞄を持った。


「待って、俺も行く」

「何言ってんだ、まだ講習始まったばかりだろう。残りはどうするんだ」

「……休講」

「クレーム入るぞ? 俺は対応しないからな?」


 そう言われると引かざるを得ないが、ポチが今どこにいてどんな状況なのか気になって講習に身が入らないのには変わらない。


「俺の休みの日に代講日を設ける。それも来れないという人の分は……、後で考える」

「ふぅん、俺の事は放置か。まぁ、その分の代償はしっかりと頂くが」


 大樹はドアには向かわず、そのまま簡易デスクに置いてあるパソコンへと向かう。

 パパパっと『休講のお知らせ』と大きな見出しのついた貼り紙を作り上げると、印刷を始める。その間にも画面に向かって何やら打ち込みしている。


「貼り紙は連絡に気が付かなかった場合に念のため。これは一斉メール。休講と代講の連絡および申し込みについて」

「さすが敏腕マネージャーさん、仕事が早い」

「それより二講習目の人に休講の連絡してこい。もう教室に入ってる人いるんだろう? たぶん文句言われるだろうから、そこにいる人達だけ名前控えて来い。あとマネージャーからナイショのお茶会の連絡がいきますって付け加えて」

「はぁ!? お茶会!? 俺が出るの!?」

「当然。誰が講習を担当していると思っているんだ。ほら、時間がないぞ。こうしている間にもお茶会のメンバーが増えていくぞ」


 時計を見ると次の講習開始十五分前。早い人はもうとっくに来てお喋りしている時間だ。

 慌てて貼り紙を持って教室に向かう。

 教室の中ではすでに、六人の女性がお喋りに興じていた。

 ポチを探しに行くという事は伏せて、休講の旨と口外しないようにと付け加えてお茶会の話をして大樹の元に戻っていった。


 * * * * * * * * * *


 車を走らせること三十分強。

 車で通り過ぎることはあっても、降りて歩いたことのない場所まで連れてこられた。

 ここにポチがいるというのか?


「お前はここでちょっと待ってろ」


 大樹はコインパーキングに停めると、さっさと運転席から降りて鍵を閉めた。

 盗難防止センサーなるものが付いた車というのは厄介なもので、外から鍵を掛けられてしまうと、中から鍵を開けて降りると防犯ブザー代わりのクラクションが鳴り続ける。

 大樹は俺に絶対降りるなと、車に監禁したと同然の事をしてくれた訳だ。


「三十分くらいで戻る」


 そう言い残してきっかり三十分後、本当に大樹はポチを連れて戻ってきた。


「ポチ! お前どこ行ってたんだ!? 心配したんだぞ!?」

「その事は後でだ。まずは家に帰ろう。ポチ、腹減ってるだろうしな」


 確かにここで問いただすよりも、家に帰って落ち着いてからの方がポチだって話しやすいに決まっている。

 この二日間、ちゃんとご飯を食べていなかった可能性の方が高いし。

 大樹に促されるままポチを後部座席に座らせ、無言のまま俺達は家へと向かった。


 その間ずっと何故大樹はポチがここにいると分かったのか考えていた。

 大樹は、今日帰って来なければ裏のお仕事をされている方々に捜索をお願いすると言っていたから、その線はないだろうと思った。

 だとすると、大樹は最初からここにいると分かっていて、ポチからの連絡でそれを確証したというのだろうか?

 予想は予想でしかないが、ポチにスマホを買い与えた時のセリフが、既にポチの素性を掴んでいるいうものにしか聞こえなかったのも関係はしている。


 * * * * * * * * * *


 帰って早々、ポチと話す間も与えられずキッチンへと追いやられた。

 食材を確認するために一緒にキッチンへ入ってきたが、冷蔵庫の中を確認して辺りをチラリと見たらメニューのリクエストだけして出て行ってしまった。

 リクエストは唐揚げ。

 チキンのトマトソース煮込みでも作ろうかと鶏もも肉を買っておいたのだが、それはいつでも作れるのでリクエスト通りに唐揚げにすることにした。


 大樹の好きな唐揚げは、衣がカリカリなタイプの唐揚げ。

 講習の女性達の話や料理レシピのサイトを見ると、衣に使う粉の割合は様々だ。

 小麦粉のみだったり、竜田揚げのような片栗粉のみのもの、好みで両方を混ぜて入れたりと。

 俺は片栗粉多めのしっとりした唐揚げが好きだが、大樹好みでいくと小麦粉100%。かなりガリガリという感じだと思うのだが、大樹はそれがいいんだと言う。


 下味はシンプルに酒とみりんに醤油。そこにすりおろした生姜とにんにくを入れるのだが、明日は仕事が休みなのでにんにくは多めに入れてやる。その方が格別に美味しいし。

 調味液に漬け込んで置いておく人も多いが、俺は時短派。揉み込んでいく。

 味が濃くなり過ぎないし、お肉も柔らかくなるしで一石二鳥なんだけど、些か手が疲れる。


 それでも大樹とポチが『うまい』って顔で食べてくれるのを想像すると、それくらいの労力は全然気にならなくなる。

 がっつりにんにくの効いた唐揚げはビールに合うんだが、あったかな?

 出来上がってからの事を考えると楽しくなってきて、つい揉み過ぎてしまうので俺的には注意が必要だ。


 揚げる段階になって気が付いた。小麦粉が少ない。

 片栗粉は程々あるが、小麦粉と同量くらい。

 これだとしっかりカリカリのにはならない。

 しかしもう油も温まってしまったし、これから買いに行くのはいいが大樹達を待たせてしまうことになる。


「まぁ、『好きだ』というだけで『これじゃなきゃ嫌だ』って言われている訳でもない」


 優先すべきは空腹。今日は半々の割合で衣を付けていくことにした。

 一個試食してみたが、これはこれで悪くない。

 程よくカリっとしていてしっとり具合も悪くない。

 大樹の好きなカリカリとは硬さはかなり違うが、こっちの方が肉を食べているという感じがしていいとは思う。

 味の染み具合も丁度いい。みりんの甘さが醤油の角を丸くしてくれている。もう少し甘くても良かったかな?


「できたよー」


 ダイニングに準備を終え、リビングで向かい合ったまま無言の二人を呼びに行った。

 大樹はともかく、ポチ、よくこの空間に耐えたと褒めてやりたい。


 熱々出来立ての唐揚げは魔の魅力だ。

 にんにく臭が早く食べてくれと、ピリピリした空気を一刀両断する。


「ほら、早い者勝ちだよ。無くなったら終わり。おかわりなし」

「ではお先に。いただきます」


 先制してパッと箸を持ち上げ、大き目の唐揚げを口に放り込んだのは大樹だった。

 あちあちしながら噛みしめ、味付けに満足そうに頷く。


「うん、明日が休みって事はいいことだ。にんにく強めが旨い。小麦粉、なかったんだろう。しっとりめだな」

「そうなんだ。唐揚げ作るなんて考えてなかったしね。ま、そこは状況に応じて変えればいい話だし。必ずしも『これじゃなきゃダメ』って事なんて少ないしね」


 大樹に続き俺も唐揚げを口に頬張る。

 熱々の肉汁とにんにく風味が口の中に広まり、さらに食欲を湧き立てる。

 俺と大樹がウマウマ言って食べてるのに釣られて、ポチもようやく箸を取った。

 少し小さめのやつを取って、少しフーフーと冷ましてから口に。

 これもポチのお気に召したらしい。

 飲み込んだかな? あたりで大きいやつを選んで取り上げてひと口でいった。


「今日はそんなに量が作れなかったけど、リクエストがあればまた作るから。その時は倍くらい作っても大丈夫そうだね」

「できれば休みの前の日がいい。にんにく多めで。あと俺はカリカリのが好きだ」

「はいはい。ポチは? カリカリ派? しっとり派?」


 言われて首を傾げる。

 ポチの家では唐揚げが出なかったという訳ではなさそうな食べ方だったから、おそらく衣の違いがはっきりと分かるような唐揚げに出会ってないだけなのかもしれない。


「ポチの家では今日のと同じくらいの衣だったのかな。今度大樹のいうカリカリも作ってやるよ。あれはカリカリっていうよりガリガリという感じだけどな」

「あのガリガリしたのを噛むのがいいんだよ」


 ふうん、といった感じでポチは話を聞きながら唐揚げをさらに頬張った。


 食後、リビングに集合しポチの話を聞くことになった。

 コーヒーを淹れ、ポチと三人テーブルを囲んで座る。


「ポチ、言う事は?」

「……すいませんでした」

「それだけ? 香西の仕事を途中で投げ出したのに?」


 大樹に言われて俯くポチ。

 まあ、あんな風に年上の欲望に塗れた女性に迫られたら、経験のない男は皆逃げたくなる。


「仕方ない状況だったかもしれないが、連絡しても繋がらない。そっちからも何も反応がない。それはいただけない事だ。心配している身にもなれ」


 大樹は黙ったままのポチに淡々と話しを続ける。

 ポチも言葉を探しているのかもしれないが、今は大樹に一通り喋らせ、そこからポチに言葉を導き出してもらう方がいい気がする。


「逃げるなとは言わない。ただ逃げたら逃げた場所を教えろ。電話をしたくなければメールだってラインだっていい、何かしら連絡するツールってものがあるだろう」


 確かに、俺だって大樹と喧嘩したら仲直りするのに電話では話し辛くて、いつだって先にラインで謝ってしまう。

 緊急性がないものならば、連絡はすべて電話でしなくたっていいと俺も思う。


「香西が講習で女性から逃げずにハイハイとやっているから、ポチも同じにしなくてはと思う必要だってないんだぞ。全て型に填ることも、誰かと同じにしなくてはいけないことも、必ずしもそれが正しい訳じゃない。今飲んでるコーヒーだって、俺と香西がブラックだから、ポチがブラックにしなくてはいけないなんて法律はないだろう?」

「……ブラックはまだ飲めない」

「それと一緒だ。出来ないものは無理して同じにすることはないんだ。自分の出来る範囲でやらなくちゃいけない事をする、それがまず先だ」


 じっとコーヒーの入ったカップを覗き考え込むポチ。

 大樹が一気に話して言ったから、少し理解するのに頭がついて行っていないぽい。

 でも、反省して考えるべき事は見つかったらしく、先ほどまでの落ち込みが少し消えた顔はしていた。


「臨機応変って知ってるか? 辞書で調べるとやたら堅苦しい言葉で説明書いてあるが、要は『テキトーにその場の雰囲気に合わせてやってけ』って話だ。今日の唐揚げもそんな所だ。小麦粉が足りないからまぁいいや、で俺の好みから外れたものが出てきた。それでも満足出来るんだか、それでいいんだよ」

「唐揚げが臨機応変?」


 ポチはいまいち要領を得ない感じだったが、大樹にそうだと言い切られて終わってしまった。

 講習の女性達にはこれから徐々に慣れていけばいい話だし、その場に合わせてうまくかわせる術を見つけてくれれば、大樹の話が何だったか分からなくてもそれでいいと思う。


「ポチ、あとで二人だけで少し話がしたいんだが。明日にでも時間をくれ」

「僕は今日でもいいですが……」


 寝室に戻ろうとするポチを引き留めた大樹だったが、二人だけで話というのが気になった。

 俺には話せない何か?

 ポチの素性について?


「今日はこれから『お仕事』が待ってるんでな。俺が誘わなくてもしっかり料理でお誘いをかけてきた誰かさんがいるんで」


 あと連絡をする、と大樹は俺の腕を引いて俺の寝室へと引っ張っていった。

 ああ、にんにく多めの唐揚げをそういうメッセージに受け止めちゃったわけか。

 単に疲れてたのと、休みの前の日だからっていうのだけだったんだけど……。

 まあ、明日は休みだし。今日は大樹の気が済むまでお付き合いしましょうか。

読んでいただきありがとうございます。


唐揚げはザクザクとしっとりとどちらが好きかと聞かれたら、ザクザク派ですかね。

あんまりザクザクだと口の内側を痛めて血豆出来るんで、ほどよくザクザクって感じですかね。


冷めても美味い唐揚げ。


それでは次話をお楽しみに。

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