四十七話
人間とは愚かなる生き物だ。先にどのような結末が待っていようとも、昔にどのような決意をしようとも、ただ目の前にある好奇心には逆らえない。未知への恐怖、未知への好奇心、それらが入り混じり行動へと移す。
そんなこんなで戸棚の先に現れた長く続く階段を下っている。
灯りと思しきものはなく、本来ならば一筋の光すらない空間だろう。
慎重に一段一段降りていくと短い廊下が見え、その先に鉄の扉が見える。
その扉を音を立てないように開けようとするが、少し開けただけでチリンチリンと鈴の音が地下に響く。
「うん? お客さんかな?」
と幼い女の子ような声が聞こえ、数秒後にガラスが割れるような音と液体が滴る音が聞こえた。
音に気を取られている間に扉は開かれた。扉の先にはオッドアイの少女が立っていた。
「いらっしゃい。どうぞ奥へ」
と言われ中へ入る。
部屋の中は質素な造りで中央に一つの机と椅子が二脚あり、さらに奥へと続くだろう扉が一つ。
机の上には作業途中であろう紙があり、床には割れたカップ片と液体が散乱していた。
少女はカップ片と液体を気にする様子もなく、椅子へと座る。そして少女は腕を前で組み問いかける。
「……私はいくつに見えるかね?」
実際の年齢を当てるのは容易だ。心眼を使って調べればいい。
しかし、少女が尋ねているのは見た目の年齢だ。
この少女はフリッカと同年代……となると十一、十二辺りだが少し低めに言った方が若く思われていいのか。
それとも幼いと思われてると思われるのか。
迷ったら当たり障りのないような答えを。
「十一、二……十代前半」
一つずつ上げていったが表情に変化は現れず、曖昧に答える結果となった。
「あー見える人かー」
少女はそう言うと、奥に部屋へと入り床の掃除を始める。掃除が終わると再び椅子に座り、一息つくと喋り始める。
「まずは自己紹介から。私は……名前なんだっけ。アイリス……は違うし、シラロバ……はこの前貰ったロバだし……」
少女は記憶の一片を探るように、思いついた単語を呟く。
「アリシラ……うん。アリシラ。でも少し言いにくいな……アリシア! アリシアです!」
と名案でも思いついたかのように少女は名前を繰り返す。
「俺の名前は心。冒険者ではないし……しがない旅人だ」
微かに残った自尊心が無職と言う言葉を押さえ込んだ。
「よろしく心さん。それであなたは何しにここに来たの?」
「何かしに来たわけじゃなくて、上の倉庫で閉じ込められて出られなくなった時に、偶然階段を見つけてな」
「あーやっぱり。幻覚が効かない人かぁ……それも想定に入れなきゃダメかなぁ……」
「数百年で幻覚が効かない人は初めてだよ。とは言っても元々来る人が少ないから、いつかは張り替えないといけないとは思ってたんだよねぇ……」
「数百年? 代々継いでいるのか?」
「いいや? 私一人でずっとだよ? 私はこの館で人体実験されてたからね。数百年以上に渡る人体実験で最初で最後、唯一の成功だよ」
「数百年以上前から人体実験が続いてるのか……でもこの館の宗教方針は特別な天恵を崇める団体だろ? 宗教自体は最近できたのか?」
「どう話したらいいのかな……天恵を擬似的に与える天恵も元々は人に幸せを与える天恵だったんだよね。それはもう些細な幸せを与えるだけ……だった。あの日が来るまでは──」
ある少女は平穏な村で平和な毎日を過ごしていた。そんな少女に妹ができた。
少女の妹は幸せにする天恵を持って生まれ、その事を知った村の人々は妹を可愛がり、幸せになる様に願った。
そしていつの間にか、村の外にまで幸せをもたらす天恵を持つ少女がいる、そんな噂が流れるようになった。
やがて噂には尾鰭がつき、幸せをもたらす天恵から願いが叶う天恵へと姿を変えていた。
そして事件が起きた。
村に貴族が兵を連れてやって来たのだ。
その貴族は兵に命令し、村人を一箇所に集め噂の天恵を持つ少女を出せ、出さなければ皆殺しだ、と言ってきた。
村人は少女の妹を迷わずに差し出した。何のためらいもなく、申し訳なさそうに。
周りの人間は誰も止めようとせず、まるで自分は悪く無いと言いたげに。
少女は走って妹の元へと駆けた。
貴族は少女を蹴り飛ばしたが、少女は諦めず妹の元へと向かった。
蹴り飛ばされる少女を見ても誰も庇う者はいなかった。
何度も蹴り飛ばされ、ボロボロの少女の元に駆け寄ったのは、妹だった。
抜け出した妹が駆け寄り、両手を大きく広げて庇った。
貴族は困った様に頭を掻き、少女と少女の妹を二人一緒に縄に縛った。
妹は今にも泣き出しそうな顔でいたが、少女は笑ってみせた。
そして、少女と少女の妹が連れ去られる前に貴族の元に一人の兵が報告に来た。
報告を受けた貴族は口角を上げ、さらばだ、と言い残し後ろを振り向いた。
その時、村人の周りに炎が広がり、悲鳴、怒号、罵倒が聞こえた。
そこに追い討ちを掛けるように弓矢が放たれた。
結果、二人の少女の前で村人が全員殺された。
少女は妹を差し出した人間には当然の報いだと思った。
少女の妹は心が壊れてしまった。
この時だろうか? 崩壊した心の状態でいた妹に天恵は、人を幸せにする天恵は流転し、人を不幸にする天恵へと変わった。
貴族の館にて、その天恵は発揮された。
天恵を使われた貴族はニタニタと下卑た笑みを浮かべ満足そうにその場を去って行った。
その二日後、貴族は今までの不正がバレ、立場財産共に失う事になった。
少女達は追い出されることになり、貴族の友人だと言う男に引き取られることになった。
男はまず、少女達を檻に閉じ込めた。
毎日違う人間に天恵を使われるように言われていた。使われた人間達は言わずもがな不幸になって行った。
そして何日か経った後に、男は天恵を使うように指示した。
天恵が使われたその刹那、男は苦しみ出し死亡した。死因は身体の急激な劣化が原因だった。
その男は天恵の研究結果を残していた。
怨みが強ければ強いほど、痛みが強ければ強いほどに不幸になる。
この様な結果を遺して死亡した。
この性質を利用して商売敵を不幸に貶めてやろうとする商人が現れた。
その商人は少女の妹を痛めつけた。少女は見ていることしかできなかった。
商売敵を標的とし、天恵を使うように指示した。
だが相手に不幸が降りかかることはなく、擬似的に天恵が与えられ、商売敵は繁盛し、商人は滅びの一途を辿った。
やがて望まぬ形で妹は子を成した。
子にも同じ天恵が与えられ、妹と同じ運命を辿って来た。
そして何代にも渡り、天恵は継がれ、壊れながら、歪みながら、狂いながら、怨みながら……
そして何代目だろうか。天恵を継がれた子は器が広い……そんな領域ではない。
これからの運命を受け入れ、全ての行いを赦す……そんな子だった。
この時からだ。天恵を擬似的に与える天恵に変化した。
「──さて、ここまでがこの館の天恵に関係する顚末だけど……」
淡々と過去の話を終えたアリシアと眼を合わせる。
「……あなた人間じゃないよね?」
「なんでそう思った?」
「一つ、途中から古代人語と現代人語、妖精語、他十数の言語で混成で話してるわけだけど、なぜか会話が成立してること」
「二つ、この空間は光すらないのに、なぜか私の姿を的確に捉えられること」
「三つ、私の眼を見たのに支配下に置かれないこと」
「あなた……対/私用に造られた人造人間でしょ!」
自信満々に答えるアリシアの表情は何処かの少女を想起させるような表情だった。
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