四十四話
二階に上がる途中、階段は二手に分かれていた。
一階と同じ構造ならば進んだ先の道は繋がり一周回ることのできる構造だが、一階と二階が同じ構造だとは限らない。
だが迷っている暇はない。窓があればいざという時、飛び降りて自分の部屋へ戻れる右へと進む。
急ぎ足で階段を登りきり、右の曲がり角を曲がり切ると同時に、正面玄関の扉が開く音が聞こえた。あと少し遅ければ正視されていたかもしれない。
少女が階段を登る音はしない。どうやら一階へと向かったようだ。周りの足音に気を配りながら探索を進める。
扉は三つあり、全ての扉に文字が彫ってある。
手前二つの部屋には人物名と受け取れる文字が彫られていたので無視して奥へ進む。
いくら敵と言えども自分の個人的空間を踏み荒らされたら気分のいいものではないだろう。
奥に進むと左側に通路が続き、行き止まりではなく左の道と繋がっていた。
一番奥の部屋には書斎と彫られていた。
少しの間、聞き耳を立てるが物音はしない。
静かに扉を開け、片目でこっそり覗き、中に誰もいないのを確認した後に素早く部屋に入り、静かに扉を閉める
扉にもたれかかり一息つき、部屋の内部構造を把握する。
この部屋には中央に机が配置され、本棚が扉横に一面と続くように一面の計二面に配置され、脱出の鍵を握る窓が割れた状態で存在した。
窓を開け下を覗くと想定以上に高さがあった。それもそうだ、民家の二階とは訳が違う。
もし飛び降れば骨が折れ、自室に戻るまでに回復の時間も合わせ十数秒は経過する。その間に窓から覗かれでもしたら終わりだ。
脱出経路を確認し終え、部屋を軽く見渡す。
机の上に本が何冊か乱雑に置かれているのを見つける。表紙を見るとどの本にも題が記述されていない。
近くで見ると本は黒く輝いている。本を見ていると手に取りたい衝動に駆られ、本に手を伸ばす。
本を手に取ると、えも言われぬ焦燥感に駆られる。
早く本を開かなくてはならない、と。
早く次の頁へと捲らなければならない、と。
だが、己の本能が危険だと感じ、手を動かす事が出来ない。
二つの本能が葛藤していると、忍び寄る物音に気づかず、扉が開かれる。
「あら? こんな所で何をしていらっしゃるのかしら?」
入って来たのは玄関で見かけた青い外套を羽織っていた少女だ。
少女は何かに気づいたように早足で近づいてくる。両手で手を握られ、本が床に落ちる。
「あなた入信希望者なのね!? 歓迎するわ!」
突拍子も無い言葉に間の抜けた顔をしてしまう。いつもマヌケ顔ではあるがより一層といった感じである。
先程感じていた焦燥感はいつの間にかなくなっていた。
「私の名前はアイラよ。気軽に呼んで!」
アイラは何かを期待しているような目で見つめてくる。
……名前か。自己紹介のしなさ過ぎで少し思い浮かばなかった。
「俺の名前は心だ。よろしく」
教祖だろうと相手は少女だ。畏まらず対応するべきだろう。見た目だけが少女で中身が気難しい爺さんだった場合は諦めて死を受け入れよう。
「えぇ! よろしく!」
快く受け入れてくれて嬉しい限りだが、ここで単純な疑問。
「アイラは何しにここに?」
教祖であるアイラがここに来るという事は何かをやりに来たはず。
もしかしたら事務処理とかで邪魔かもしれない。
「えぇっと……お散歩?」
アイラは困ったように答える。
家庭内事情とは違うのだろうが、教祖という重要な役割をまだ年端もいかない少女が一任されているのだ。逃げたくなる時もある。
そう思いながらいると廊下から足音が聞こえる。足音は少し早足気味で近づいて来ている。
「誰か来るな……」
そう呟き、どうすれば被害が少なく逃げられるかを考えていると袖を引っ張られる。
「あ、あの……匿って?」
自分の保身しか考えていなかった事への自責やら上目遣いによる可愛さやらで数秒思考が停止してしまう。
思考が止まっている間に扉が何度か叩かれ、我にかえり目のついた場所に咄嗟にアイラを隠す。
ある場所に隠した直後に扉が開く。扉を開けたのはテインだった。
「おや、お客様。こちらにおられましたか。館の中を移動するときはどうか一声お掛けくださいますよう。御食事の用意が出来ておりますので一階の食堂の方へ」
テインは玄関での対応とは裏腹に静かな声で話をする。話し方一つで印象が大分変わる。
「申し訳ないのですが、お腹の調子が悪くて……食事は遠慮します」
「そうでしたか。それはお大事に……」
──誰も言葉を発せず、間が続く。
「あの、何か用事があったんじゃないですか?」
「ああ、そうでした。館主様を見かけませんでしたか?」
「館主様……見てないですね」
「ありがとうございます。見かけましたら一声お掛けくださると助かります」
「分かりました」
「それと窓に腰掛けるのは危険ですのでお控えください。では失礼します」
テインは軽く会釈し扉を静かに閉め出て行く。
廊下を歩く音が聞こえ、そして別の部屋の扉を開ける音が聞こえた所で一安心する。
どう隠したかというと窓に腰掛け、左手で本を持ち、右手でアイラを全力で掴んでいた。
咄嗟の判断にしても酷い案だとは思う。これ以外の案はアイラを抱えて自室に帰るくらいしか思い浮かばなかった。
「ね、ねぇもういいでしょ……?」
窓の外からアイラの声が聞こえる。その声は力無く震え、今にも泣き出しそうな声だった。急いでアイラを引っ張り上げる。
窓から這い上がったアイラの呼吸は乱れ、顔色は悪く、部屋の中に入るとすぐ床に倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ……すごいドキドキする……これが恋……!?」
「ただの恐怖だと思う」
アイラの冗談を軽く流す。
アイラは少し顔を膨らませながら起き上がり、大きく深呼吸をする。
「……ありがとう」
「何が?」
「何も聞かずに私を匿ってくれた事?」
首を傾げながらアイラは言う。
「せがまれたら誰だってそうするだろうよ」
「そうかな……」
アイラは小さく言葉を零す。
毎日書いて投稿してる人はすごいなぁと思いました(小並感)




