四十三話
隣の部屋から大きな音が鳴る。恐らく強く扉を閉めたのだろう。音と振動が響き、その後そっと小さく扉の閉まる音が聞こえた。
隣の部屋がベル、その隣の部屋がカインだろうか。カインがベルを怒らせたとかそのあたりだろう。
ベッドに腰掛けながら窓の外を見る。開いていない窓から入るそよ風が机の上の埃を動かす。
ここに長くいると頭が痛くなりそうだ。
彼ら彼女らはこの館を綺麗だと言う。
所々に血が飛び散り、草木は伸びきり柱に絡みつき、窓が割れているこの館を口を揃えて綺麗だと言う。
カインはともかく、ベルは一瞬でも表情を歪めると思うが、そんな様子はなかった。
カインとベルは館を見渡している間は嫌な顔をしていないかった。
その時、自身はいつも通りの表情を保てただろうか。顔を歪め眉を顰めてはいなかっただろうか。
……これ以上考えるのは時間の無駄だ。過ぎてしまった事を考えるには時間は勿体無い。
この状況の整理をしよう。
この状況から考えられるのは視覚に直接作用する幻覚、幻視の魔法か能力の使用。感覚の相違ではないだろう。
この幻覚は対象範囲はそう広くはない。門を踏み込んだ瞬間に二人の様子に変化があった。つまり門から一歩でも外に出れば効果はなくなる。
幻視しないのは心眼のおかげ……いや、本来見なくていいものを見ている。心眼の所為だと言うべきか?
心配な事は魔法本は深く読み込んでいないが、幻系の項があったはずだ。
軽く目を通した限りでは、幻覚を見せることが可能な範囲は魔力量に比例するとあった。
この事からこの魔法を広範囲で使う人物は相当な使い手であり、下手に動いて敵に見つかった際には命はないと思うしかない。
だが、だからと言って動かないわけではない。既に敵の射程範囲内であるならば、このまま動かないでいても動いても死ぬのが遅いか早いかだけの違いだ。
「よし!」
頬を何度か叩き気分を入れ替える。
まずは、自分が使う部屋の探索だ。何か使える物があるかも知れない。
ベッドは年数を重ねてはいるが、カビが生えたり虫喰いがあったりするわけではない。大地の冷たさを感じながら寝るよりはマシだ。
机の上には土埃が溜まり固まっている。椅子はなく、作業する際は立ってやる必要があるだろう。机の引き出しを開けてみるが、中には何もない。
床には土埃はなく、来る前に軽く掃除がされている事が伺える。
天井ギリギリの高さの本棚があり、本は一冊も置かれていない。後ろに何かあると思い本棚を動かして見るが何もない。
と一通り部屋を荒らし……探索したが何もなかった。館主代理テイルは部屋にある物は使っていいと言ったがまともに使える物はベッドだけだ。
ベッドに倒れ込み、これからを考える。
これから何をされるのか。玄関から見えた血飛沫と同じ末路を辿るのか、それとも全て思い違いでただ招待されただけなのか。
間違いなく前者だろう。このままでは同じ末路を辿るだけだ。だが何をすればいいのか……
思い浮かんだのは、敵の好感度を上げる。館を燃やす。館を探索する。館を吹き飛ばす。館から逃げる。敵を倒す。
敵との接触自体が危険であり、館を破壊するのは不可能。逃げるにも門番がいる。この中で現実的なのが館の探索だ。
そうと決まれば館を探索だ。この館は集団によって運営されている。赤い外套を共通衣装とする団体……宗教であった気がするが赤だけではなかったはずだ。
ともかく宗教集団であるならば、指南書があってもおかしくはない。まずは書斎書庫に当たる部屋を探そう。
静かに扉を開き、隣二人にバレないように部屋を抜け出し、足音を立て無いように隠密行動を開始する。
目的は二階。一階は客室がある為、同階に重要な物が置いてあるとは思えない。
一階に客室がある構造というのは客を二階へ行かせない為の配置だと思われる。つまり二階には見られたくない何かがあるはずだ。
探索するときは何も持たずに堂々と。もし見つかったら、お手洗いを探していたと誤魔化そう。
正面玄関まで着くと、ふと扉横の窓の外に視線が向く。門の前からルナと巨躯の姿がなくなっていた。
少し様子を伺っているとルナと巨躯が誰かを連れて戻って来る。新しい犠牲者かと思い見ていると門が開き、青の外套を羽織った少女が入ってくる。
ルナが少女に深々と頭を垂れ、少女が手を振っていることから少女は館主に当たる人物だと推測できる。
少女が歩く様子を見ていると、ベルとカイン同様に歩幅がかなり狭くなっている。
しかし、館主に当たる人物にまで幻覚を見せる必要があるのか。
掃除を怠っている事を誤魔化す為に幻覚を見せている可能性がなくも無い。
館主が帰って来たという事はこのまま玄関にいるのは危ない。
ここが宗教団体であるならば館主は教祖に当たる人物だろう。顔を覚えられるのはマズイかも知れない。
そう思い階段を足音を立てずに駆け上る。
来年中に完結できるのか。二年経ちそうなのに話が進んでない気がする……




