四十話
自称勇者と男が休戦協定を結び、その場にいる者全員が警戒態勢に入る。
だが、ツルが伸びてくる気配はない。
緊迫した空気の中、子分の一人が動き出す。
「来ませんね……」
子分がそう言いながら、森の奥を覗こうと木に触れると、子分目掛け枝が伸びる。
その枝に自称勇者が反応し、枝を切り落とす。
「容易に近づくな!」
自称勇者は謝る子分に見向きもせず、切り落とした枝を拾い、森へ投げ込む。
すると不自然に木が歪み、触れた木に奥から伸びる枝が突き貫く。枝は何度かしなったあとスルスルと枝を抜き、森の奥へと戻っていく。
「……この森は既に敵の領地だ。この拓けた場所だけが安全地帯だ」
「でも、どうしましょう? 安全地帯にいても解決しませんよ?」
場が静まり、この状況をどう打開すべきか一同が悩んでいると、突然男が動き出す。
男は森に近づき、立ち止まったかと思うと、剣を天高く掲げた。
「亜流・風剣」
男が呟くと、木々が揺れ始め、掲げた剣を中心に、風が吹き荒ぶ。
段々と風が強まり、身構えないと吹き飛ばされてしまいそうだ。ほら、子分が飛びそうになってる。
段々と風が弱まり、男の持つ剣を見ると剣を包むように風が渦巻いている。
「亜流・刃風!」
男は剣を両手で固く握り、森に向けて振り下ろす。
振り下ろされた一撃は斬る、というよりも抉ると言った表現が正しいだろう。
森の木々はなぎ倒され、一本道が出来た。
「……こんなものか」
男はそう呟くと一人で進んでいき、その後について行く。
男が木々をなぎ倒していくと、男の剣でも倒れる事のない大樹が目の前に現れた。
その大樹は一つの大きな木、というわけでなく幾つもの木々の塊だ。
大樹は小さな木々が複雑に絡み合い、一つの木になろうと複合されている。
大樹はまるで意思があるように、一つ一つの枝が自由に蠢いてる。
その内の一つ。大樹が動かす枝の先には、先ほど捕らえられた二人の姿があった。
大樹から伸びているのは枝であり先程二人が捕らえられたツルではないことがわかる
男は二人を視認すると、剣を構える。
「亜流・疾風!」
男は鋭い風を飛ばし、二人を絡む枝を切り落とす。大樹は落下する二人に興味を示すことはなく再び捕らえようとはしない。
落ちる二人を自称勇者が素早く抱きかかえ、後衛へと避難させる。
何故、わざわざ捕えた人間を無視したのか。それをすぐに理解する。
外敵が現れたからだ。
大樹は男にのみ枝を向け、排除しようと枝を伸ばす。
男は枝を躱し、斬り落とし、一歩、また一歩と大樹の元へと突き進む。
自身の数倍以上の大きさの怪物と渡り合う規格外の強さの男に周囲の人間は目を奪われる。
未だ腕の中に収まる女もそのうちの一人である。戦いを眺めていると偶然にも女と目があってしまった。
何か喋らないとなんとなくだが気まずい。
「あ、どうする? ここにいたら危ないし、逃げるか? 俺は逃げたい」
この場所に安全な場所なんてないが、この男の戦いに巻き込まれる可能性がある。
現に二度斬られた枝がこっちに飛んで来て子分達に当たりそうになってたし。どっちも自称勇者様が弾いてたけど。
護身用の武器もあるし、この場から離れ、元来た道を辿って安全地帯に戻るのが得策だ。
それに、もうお姫様抱っこするのは精神的に疲れた。ほら、腕が震えてこれ以上は持つのは危険だって訴えてる。精神的に限界が近いし、断られたら降ろして一人で逃げよう。
「え、いや……その」
と女はあやふやな態度を示す。
さっきまでの威勢は何処へやら、このお姫様は困ります……
そういやお姫様って言ってるけど、名前知らないな、名前で呼べないと不便な時もあるかもしれない。心眼で確認しておこう。
と名前を確認すると、思考が停止する。
数秒の虚無があり、思考が再び始まるとお姫様を抱える手に力が入る。
視界に入った文字は、ヴェルシス=アポロニア。名前が長いのは良しとしよう。別にそこが重要なのではない、重要なのは名前の隣に第一王女と、表記されていたことだ。
「……失礼ですがお嬢様、お名前は?」
「え、私は……ベール。好きなように呼んでください……」
「じゃ、ベルで」
と軽く返すが、頭の中は軽いパニック状態になり、心臓は今まで以上に脈打ち、膝は震えていた。
偽名を使ったということは、姫様は城下町お忍び中に占い師に拉致られたわけだ。あの完璧な護身術にも納得できる。
なるほどなるほど……と感心している場合ではない。姫様と一度敵対してしまったのだ。この無礼は死をもって──
これ以上考えるのはやめよう。大丈夫、大丈夫だ。女一人くらい……と自分に言い聞かせるが、そう簡単には落ち着けない。
変に過保護に扱うと、素性を知った上で敵対したと思われるかもしれない。同じ旅人として扱うべきか、それとも自身がフェミニストとして行動すべきか。
そんな二択を迫られながら帰路についていると、木々の隙間から何かが視界の片隅に映る。木に触れないように近づき、巨体の様子を伺う。
巨体の下に数十本のツルが這っていた。
どうやら食虫植物のような異形の怪物が、ツルを這わせていたようだ。
ベルは何も気付いていない様子で、急に立ち止まったことに不思議そうな顔で見つめてくる。
異形の怪物もまたこちらには気がついていないようで、ツルが伸びてくる気配はない。
静かに通り過ぎようとすると、雑草を踏みにじる。
それが原因か、こちらに気づいた異形の怪物が心臓部もといベル目掛けてツルを一直線に伸ばしてくる。
その刹那、心自身でも驚く程の反応速度でダガーを取り出し、異形の怪物に振り下ろそうとする。
だが、ツルの方が一足早く届き、ツルは心の右腕に纏わりつき、右手の動作が封じられる。
右腕を封じられ、バランスを崩しベルが腕の中から滑り落ちてしまう。
ベルは受け身をとり、素早く起き上がる。
「大丈夫か!? 怪我してないか!?」
「え……はい」
ふぅ、危ない危ない。もし怪我したら、真っ先に近くにいた奴が疑われるだろうし。
「ここは俺に任せてベルは逃げてくれ」
「でも……!」
ベルはその場で何か困ったように立ち止まっている。
「容易に近づいた俺の所為だ。一度戻って暇だったら救援でも連れてきてくれ」
ベルは困惑しながらも頷き、自称勇者がいる場所へと走る。だがベルの背後に二本のツルが忍び寄り、ベルへと伸びる。
ベルは背後から忍び寄るツルを護身用の短剣で断ち切り、駆けていく。
……あっ、あのままベルに倒して貰えばよかったかも知れない。
そんな後悔も遅く、怪物の攻撃は強くなる。
怪物は武器の概念を理解してか、重点的に右腕が狙われる。段々と絡みつくツルの本数は増えていき、腕は鈍い音を上げ、赤い血が流れ落ちる。
段々と力が抜けていき、右腕の感覚がなくなる。
力が入らなくなった右手からスルリとダガーが落ちる。
それを察知した怪物はツルを伸ばし、落ちゆくダガーを取ろうとしたツルは破裂した。
困惑する怪物を尻目に、右腕を無理矢理に引き抜き、落下するダガーを左手で掴み怪物に向け振り上げる。
ダガーから放たれた暴風は、賊と対峙した時以上の荒々しさと威力を兼ね備え、触れた異形の怪物は形を残す事なく消えり、その周りの木々は原型を留めず、暴風が通った土は抉られていた。
右腕はボロボロになり、上げることもままならない。
久々に感じる疲労感に襲われ、その場に横に倒れる。
倒れた拍子に右腕を眺める。皮が剥がれ内部構造が見えている右腕は徐々に再生していき、十数秒で完全に治癒した。
さて、傷は完全に塞がったし、護身用武器の一撃必殺技なくなった……よし、戻ろう。そろそろあっちも必殺技使って倒してる頃だろう。
最初の一ヶ月を除くと約一年半で十話しか投稿してないですね。
忙しいわけではないのですが……
タイトルは今回から話数になるかなと




