第六話 部屋割り
サミュエルは貴族という身分を隠して、自警団の新人の“サミル”として生活することが本人と自警団上層部で決定した。このことを知っているのはサミュエルに接触した第2班と上層部だけだ。そのため、第2班と行動を共にすることが望ましいのだが、基本一部屋二人の部屋しかない自警団の寮には二部屋のみ一人ずつ空きがあった。しかし、その相部屋相手候補に問題があった。一人はサミルと同じとなった新人のビラス。もう一人は所属期間二年の私。
ビラスは平民の出でサミルと相部屋なんて何か知らない内に無礼でも働いていたらと思うとストレスで胃に穴が開くと精神が豆腐のような事を言い、同室を拒んだ。そしてもう一人の候補の私はサミルへの対応はしっかりとできるくらいの信頼はされているだろうが第2班の問題児として上層部に認識されていたため、反対された。そのため今まで一人部屋になっていたのだ。
第2班は悩んだ。個人の意思を無視すればビラスが一番適任ではある。同じ新人であるし、サミルは上手くやるだろう。しかし当のビラスはサミルとの同室は嫌だとごねる。しかし、私と同室の方が問題があると判断されサミルはビラスと衣食住を共にすることになったものの、それも五日で終わった。何故かって…。
「サミルは療養とお試しで五日ビラスの部屋で寝泊りしましたが。…睡眠障害に食事不摂取。しかも緊張のあまりサミルとまともに会話にならず、サミルに肩を叩かれただけで失神。現在気絶中によりこの場には出席できませんでした」
テミールがそう報告すると目の前の副団長は深い溜息を吐き出した。
私とサミル、そして班長のテミールは今会議室にお呼ばれされていた。話の内容はもちろんサミルの部屋割りについてである。
「そこまでですか」
副団長は苦労性である。もうそろそろ白髪が目立ってくる年齢ではあるが既に髪の毛の半数以上は白い。しかも、血の気が多い団員達をまとめ、尚且つ後始末を請け負ってくれているためにその苦労は絶えずストレスになっていると聞く。可哀想、と内心思いつつその手伝いをしたいとは思わない。メリットないし。
副団長は疲れたように窓を見た。
「他の人は…」
「無理です」
テミールが敬語とか不自然すぎてぞわぞわする。
「部屋替えだけでも…」
「無理です。…はあ、副団長だって知ってるでしょう?相部屋の奴は二人一組の相棒として行動することが多くなることがあるから、部屋割りでコミュニケーションを図らせているって。もちろん相棒を入れ替えたりすることもありますが、今の第二班では今の部屋割りがベストなんです。今はビラスとシェインの相棒に空きがありますが、ビラスは無理です。なんで、シェインとの相部屋が妥当だと思います」
私がこの前の摘発の時ブラウムと行動していたが、ブラウムの相棒のグミが風邪をひいて寝込んだため代わりを務めたにすぎない。いつもはどこかの二人に私が混じるか、援護に回るという形をとっている。
私がビラスと組まなかったのは、単に私が言葉を伝えるのに苦労があり、そして無愛想というただの相性の問題だった。戦闘になれば性格が変わり周りのことが見えなくなる。これは本来も変わらないが、命令違反もよくする私を上手く扱う人間など限られているのだ。だからこそ問題児と呼ばれる。これからビラスは新人だから私と同じようにどこかの一組に混じって経験を積んでいくだろう。
で私なのだが、別にサミルと相部屋になっても構わないと思っている。女の身であることに変わりないため、着替えや入浴など若干の問題があるがベットは二段ベットで小さなカーテンがついており小さな個室を作ることができるからそこで着替えればいい。入浴は共同だが私は皆がうじゃうじゃいる時間とズラして入っているし、風呂場には小さな仕切りが四方についているため周りからは頭と足ぐらいしか見られないのであまり気にしてはいない。着替えはその中でもできるし。
あとは副団長とサミル次第である。
「うーん」
「副団長」
悩み続ける副団長を見かねたのかサミルが声を上げた。
「私はシェインと同室がいいです」
「え?」
「もちろん、シェインが了承すればの話ですけど」
サミルはニコリと私に笑顔を向けてきた。私は、別にいいけど。副団長はと言えば。
「そいつは問題児ですよ?」
「理解してるつもりです」
「あなたに何かあっても責任取れませんよ?」
「心得てます」
「ほんっっっとうにいいんですか?」
「ええ。ビラスには悪いですがシェインがいいです」
「…分かりました」
「シェインはどう?一時期しかいないけど、私が相棒でもいいかな?」
私は頷く。それを見た副団長は溜めていた息を一気に吐き出した。
「なら、そのように手配しましょう」
「よろしくお願いします」
「サミル」
テミールがサミルに向き直った。真面目な表情にサミルは自然と真剣な顔つきになる。
「俺はお前をサミュエルではなく、貴族の使用人だった平民のサミルとして扱う。異論はないな」
「はい」
「…よし」
テミールは快活に笑った。
「これからよろしくな、サミル。改めて、第2班班長のテミールだ。我が班はお前を歓迎するぞ」
両手を広げて大げさに歓待の意を示され、サミルは照れたように笑った。
「班長、よろしくお願いします」
「よしよし礼儀正しい奴だな。シェイン、お前も何か言え。これからサミルは相棒だからな」
テミールに背中をバシンと叩かれて二歩ほど前進した。私は痛む背を撫でながら、言葉を口にする。
「シェイン」
「…他には?」
「ない」
「……」
テミールは大げさに肩を落とした。
「サミル」
「何でしょう」
「こいつの言葉が不自由な理由知ってっか?」
「え、いいえ。…初めて会った時不自然に感じましたが私はそれどころではない状態だったのと聞きづらくて」
サミルはちらりと私を見た。少し気まずそうな表情である。
「気になってただろ?殆どが単語とかで分かりづらかったんじゃねえの」
「え、ええ」
サミルは言ってもいいのかと迷いながらも肯定した。
「他の奴らは皆知ってる話だから気負って聞く必要はないからな。…こいつは昔戦争に巻き込まれて言葉に不自由するようになった。あくまで言葉だ。考え方に不備はねえ。頭ん中で考えた言葉を外部にそのまま伝えることができねえだけだ。妙な偏見を持つなよ」
テミールは脅すように言った。彼は彼なりに私を心配して言ってくれている。それが少しくすぐったく感じた。サミルはサミルでテミールの内心を理解したようである。
「あと、もう一つ後遺症で左手の親指の神経がやられてて動かせない。何かあれば助けてやれ」
「はい」
「シェインは言葉が不自由なのもあるが言葉がぶっきらぼうになりがちで勘違いされやすい。でも基本的にはいい奴だから、シェインを頼んだぞ」
何故、私が頼まれている。そして何ゆえ親みたいなことを言ってるんだ。
サミルは心得たとでも言うように頷いていたが、私は苛立ちまぎれにテミールの袖口を引いて、脛蹴りを見舞ってやった。
この後こってりと副団長からサミルに対しての注意事項という名の拷問を受けたのは言うまでもない。