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ガラス玉  作者: 西
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第五話 青年の目指すもの

小物は手当をされて、生き延びた。私と戦った男は今だに意識を失っているらしい。らしいというのは、私が人づてに聞いた話でありあれ以来一度も会って等いないからだ。会う必要も感じられないが。

そんな考え事をしている時だった。扉のノック音がその時響いた。

「…どうぞ」

 扉を開けて顔を覗かせたのはブラウムだった。

「まだ不満そうな顔してんのかよ。いい加減機嫌直せって」

「うる、さい」

 ブラウムは面白がるような顔をした。きっと私の顔が相当お気に召したんだろう。ニヤニヤしている。

「こいつはまだ寝てんのか」

「衰弱。体力、必要」

 小物の息子、サミュエル・ラグナートの身柄は現在自警団の管轄となっている。自警団は罪人の家族を保護するプログラムがある。それは引き取り手がない場合に限るが、今回は彼自身が保護を求めてきたのだ。親族は信用ならないと言っていた。その話し合いが終わってすぐ気が抜けたのか気絶するようにサミュエル・ラグナートは眠りについた。その日から一向に目が覚める気配はない。

「面倒くらいなら自警団でも余裕はあるけど、こいつこれからどうするんだろうな」

 ブラウムは彼の寝顔を窺った。そこには心配の色があった。

「貴族が嫌い、違う?」

 ブラウムは過去に貴族に対してトラウマを持つようなことがあったらしい。それ以来、貴族は嫌いらしいがどのような風の吹き回しだろうか。

「うるせーよ。こいつは別」

 ブラウムは私の頭を小突いた。

「じゃ、これ飯な」

 そう言って、彼は廊下に置いてあった食事を持ってきた。

「いつまで、キンシン?」

「さあね。まあ、自業自得じゃね?理性見失うなって毎回言われてるのにやっちまうんだからな。今回は相手殺さなくて良かったな」

「……」

「また、性格変わってたぞ」

「…ん」

「もう戦うなとは言わねえ。けど、もう少し理性を持った戦いをしろ」

「分かった…」

 この先輩はどうやら私に釘を刺しに来たようだ。恐らくテミールの差し金だろう。

「次はやらかすなよ」

 真剣な目が私を射抜く。私は一応頭を下げた。それだけのことをしたという自覚はあるからだ。

 表面上は申し訳なさそうに装った。内心は微塵も思っていない。ただ、自制心がぶっ飛んだことは反省した。

 ブラウムが置いて行った食事を平らげた数時間後に青年は目覚めた。

 一瞬ここがどこかを理解できていないようだったが、すぐに彼は私を認識した。

「ここ自警団。分かる?」

 サミュエルはゆっくりと周りを見回して、私を見た。 

「君は、家にいた…。名前は…」

「それより水。声ガラガラ」

 私は彼に水を差しだした。彼は私とグラスを見比べて、グラスを取った。彼は急に水を咽に流し込んだからかむせてしまった。

「大丈夫?」

「…ええ」

 若干涙目である。それでも、彼はグラスに入っていた水を飲みほした。

「お腹すいてる?」

「いや、すいて…」

 空腹を知らせる音が盛大に彼のお腹から鳴る。

「…すいてます」

 彼は苦笑した。

「待って、ちょっと」

 私は扉を数回叩いた。すると、外から扉を開けて顔を覗かせた人物がいた。

「なんすか、シェイン先輩。もうパシリは嫌なんすけど」

 すごい嫌そうに入ってきた彼は、ベッドの上で起き上がっている青年を見て飛び跳ねた。

「おっ、起きてるっ!起きてるっす!は、班長ーっ」

 ビラスは廊下を走り出した。

「食べる、ものー…」

 見る見るうちに遠くなる背中に私は叫んだ。…聞こえたか?

「私はどのくらい、寝てたんですか?」

「7日」

「そんなに…」

「もっと早く、起きる」

「…何でですか?」

「……」

 早く謹慎が解けるからなんて言えるか。少し八つ当たりしてしまったか。

 黙った私を怪訝そうに彼は見やった。

「シェインさん」

 こいつ、名前覚えてたのか。

「シェインでいい」

 多分こいつの方が年上だし。

「じゃあ、シェイン。聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

彼は病み上がりにもかかわらず、立とうと身体を起こそうとしている。

「?」

「向き合った姿勢の方が話しやすいでしょう?」

 なんか調子が狂う。

「…いい、別に」

「うわっ」

 まだ身体が回復していない彼は私が軽く手で押しただけで呆気なく倒れてしまった。

「体力のない。気、使うない」 

 元の場所に戻された彼はきょとんとして私を見上げた。少し子どもっぽい仕草だが、その上目づかいがなんとなく色っぽい。そういえばこの人、綺麗な顔してんなと今更になって気がついた。寝ている他人を観察するような趣味はないので知らなかったが、さらりと伸びた濃い色の青い髪と同じ色の瞳。痩せてはいるものの、女っぽさを感じさせない青年だ。…羨ましい。

「…何で睨むんですか」

「元々これ、顔」

 こういう男ばっかりの環境にいると、女らしいところは邪魔だとしか思えない。こういう女のような男を見ると嫉妬心が沸き起こって仕方がない。

「ねえ、起きないから聞いてもいいかい?」

「…ん」

 彼は緊張したような、そんな面持ちで椅子に座った私を見た。彼は口を開こうとしたが、声を出すのを躊躇った。

「どうした?」

「いや、聞いてもいいのか分からなくて」

「聞いてみる、分かる、ない」

「…だよね」

 彼は苦笑して、窓の外を見やった。

「父は、…どうなりましたか?」

 出した声は少し強張っていた。

 …どう、か。

「今、自警団の牢獄」

「状態は?」

「錯乱状態。あんた、とどめを刺す」

 彼は私の言葉を聞いて押し黙った。少し肩が震えている。シーツを顔に当てて顔を隠して、背中を丸める様子は泣いている子供のように思われた。

泣くのかと、私は少し彼を憐れに思った。

が、突然押し笑うような声が聞こえてきた。私はそれが最初単なる空耳かと思った。だが、聞こえてくるのは彼の方からだ。そして彼は大声で笑い始めた。気分が高揚しているのか、頬が若干赤い。

しばらくして、彼は目じりから出た涙をぬぐいながら嬉しそうに言った。

「ざまーみろ」

 それは底冷えするような憎々しげな声であり、それでいて自分自身に言っているような複雑な言葉だった。

 私には彼の気持ちを推し量ることはできない。理解も出来ない。だが、ただ唯一理解できたのは、彼が心から喜んでいるということだけだ。

「シェイン、これから私はどうしたらいいかな?」

 彼は迷子になって途方に暮れたような子どもだ。何をどうしいいのか分からない知識のない子どもと同じ顔をしていた。

「今までは国のために、国をできるだけ変えようと頑張って貴族をやってきた。けど、腐った国は全く良くならない。もう腐り始めて、いやもう腐っているんだ」

 彼は遠い目をした。

「民の気持ちを無視した王政、貴族の汚職、内部でも機能していない機関はいくつもある。もう手におえないくらい腐りきっていたけど、まだまともな人間はいる。その人たちの力を借りて、愚かな王をまっとうな道に引き戻したい」

「どう、する?」

 私は聞いた。彼は困ったような顔をした。

「今のところ、内部で協力者を捜してるんだ。何人かは見つけたんだけどまだまだ。直接王に謁見できるほど力をつけるつもりだったんだけど、その途中にあの男の密輸に気づいて調査していたら勘付かれてしまってね。計画は中途半端なまんまなんだ」

 驚いた。既に行動は起こしていたのか。

「…なんで、そんな、国を変える?一生懸命」

 この青年は傍観しようと思えばできる立場にいる。安穏と暮らしていけるのだ。それを放棄してまで国に関わろうとする彼の心の内を知りたかった。

 私の真剣な雰囲気を受けてか、彼は顔を引き締めた。

「…我慢、ならなかった」

「え?」

「我慢ならなかったんだ。この国で王族や貴族は強者で、民が弱者の立場で虐げられるのが当然とでもいうような周りの言葉に腹が立った。そんな理屈あるはずがない。いや、あってはいけないんだ。民から貰い受けた税の分、我々国の中枢にいる者はそれ相応の対価を支払うべきなんだ。それを怠っていいはずがない」

 …なんてこの人は真っすぐな心を持っているのだろうか。私はこの腐った国の中枢にいながら誰の色にも染まらず、己の信念を確固として持ち続けていた青年をとても眩しく感じた。正義感の強いこの青年はこれからもその理想を追うのだろう。

「……あんた、この国、どうしたい?」

 光のような塊の青年は迷いもせずに答えた。

「民を幸せにできる国にしたい」

 青年の目が誰かとかぶって見えた。



 



大変お待たせ致しました。すみません…。

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