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ガラス玉  作者: 西
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第四話 摘発と狂乱

不定期投稿です。

「シェイン、そいつらだ!」

廊下の奥から仲間のリッツとビラスが走ってきていた。

私は太った醜い人間もとい当主を見た。肉厚の脂肪を纏った肉団子が走ってくる。その顔はあり余りすぎる肉によってよく分からない。とりあえず二足歩行で走っている時点で一応人間なのだなと認識した。次いで黒い防具を纏った男を見る。男は一人で当主を守っていた。リッツとビラスを長剣で牽制しつつ、唐突に地下の階段から現れた私達を警戒して当主に止まるように促していた。身のこなしや装備から大方雇われた傭兵であるようだ。

それにしても…。

当主を見て次に自分の肩を貸している細い青年を見た。

目を向けられた青年はきょとんとしたが、当主と自分を交互に見ている私の考えていることが分かったのか少し笑った。

「言っておくけど、似てないから」

本当にこれっぽちも似ていない。

青年は苦笑いして、目の前の父親を静かな目で見つめた。

「父上」

当主は敵に挟まれて焦っていたようだが、聞こえた声に固まった。

首を人形のような鈍い動きでまわし、青年を見つけてすべての動きを止めた。

「お前、サミュエルか?!」

当主は驚愕といった風に目を見開き、口をまるで死にかけの魚のようにハクハクしていた。

「地下で、餓死しているはずの人間が生きているのを見てそんなに喜んで、くれるとは、とても光栄ですね」

サミュエルと呼ばれた青年は冷ややかな笑顔を見せた。その表情は身体が弱っているとは思えないほどで、当主を挟んだ向こうにいたビラスが細かに震えて怯えているのが見えた。

青年が顔を私に向けた。表情は少し落ち着いている。

「…あの人を捕縛して、ください。たのみます」

青年は頭を下げた。私は驚いてそれを見た。貴族が庶民相手に頭を下げるとは思わなかったのだ。貴族は簡単に頭を下げてはいけない。いくら庶民の私でもその事は知っていた。

私は通路際に彼を寄りかからせた。彼の見上げられる目線に、私はただ頷いた。

当主は私を憎々しげに睨みつけていた。

「貴様か、サミュエルを出したのは!そこを退けろ!さもなくば痛い目を見るぞ!」

醜い肉をタプタプと揺らしながら唾をまき散らすしかないこの男を私は見て、まあ小物だな、としか思わなかった。こんな小物よりも注意が必要なのは隣の黒い男。

手に握られている長剣には血がついていた。

「リッツ。頼む、小物」

「分かった」

銃を壁際に置き、腰についた愛用の剣に手をかける。それを見た男は気持ちの悪い笑みを浮かべた。

「よぉ、随分な別嬪だな。剣なんて重いもの持てるのかよ?」

「…皆、言う」

私は剣を構えた。私の剣を見て男は目を細め警戒心をあらわにした。それも仕方のない事。男の言う別嬪な私にはとてもお似合いの愛剣は曲刀。この国では滅多に見かけず使い方は男の持つ長剣とは異なる。男にとって警戒するべき武器である。

「随分なもん持ってんじゃねえか」

男は完全に笑みを消した無表情で私を見ていた。その目に先ほどまでの嘲りや侮りは一切ない。

「面白れぇ…」

男は長剣を構えた。その構え方に恐らくかなりの修羅場をくぐっていると思われた。

男は足を大きく踏み出した。それと同時に私の足も踏み出す。

硬い金属がぶつかる音がその瞬間に鳴る。長剣と片刃の曲刃が音を鳴らして交差した。男と私は瞬時に飛び退いた。

「なかなかやるな」

男の余裕を見て私は笑みを浮かべた。そうか、この男…。

「戦い、好き?なんだ…」

嬉しさのあまり自然と笑みが出た。私の笑みは普段が無表情な分とても不気味なのだそうだ。そのことが頭の隅でよぎるがすぐに消え去った。

足が前に出て、愛剣が相手の血を吸おうと嬉々と男に向かって行った。

男との剣戟のスピードが速くなる。それでも彼が食いついてきてくれるのが嬉しくて更に速くなった。

ある人に言われたことがある。私が剣を振る姿はダンスをしているようだと。靴音がリズムを踏むように鳴り、相手の剣を避けるために身体が反る。確かにそうかもしれない。

ああ、

「くっ…」

楽しい…。

男が私の剣から距離をとろうとする。そんなことさせない。私は剣と剣が交わっている時が一番好きなんだから。離れるなんて、ダメ…。

もっともっともっともっともっともっと!

「もっとやろう!」

自分でも内部の血液が沸騰してくるような感覚が沸き起こった。ああ、この感覚だ…。

「なっ、なんなんだ!お前!」

焦ったような声を出しながら長剣を構える男。

「なんなんだって?人間でしょう?」

男は首をかしげて自分を見る目の前の青年に恐怖を覚えた気がした。目の前にいるのはさっきまでの青年ではない。いるのは狂気を爛々と目に輝かせた人間のような何か。

「シェイン!」

リッツが大きく叫んだ。何が言いたいのかは分かった。おかげで熱が冷めてしまった。

「……分かってる」

冷静になった頭でどうしようかと考える。というか、こいつどうしてくれようか。

「早くそいつをやれぇ!」

半分悲鳴のような焦った当主の声が思考を遮る。耳の奥をつんざくような叫び声はまだ続いている。

「あー、うるさい。ちょっと黙ってて」

イラついて腰に挿してたナイフを投げてしまった。黙らせるつもりで投げたが、ついさっきまで戦っていた男が当主の盾になりナイフを跳ね返す。

素早さは上々。また嬉しくなった。

「シェイン!」

「あー、殺さないからいいでしょ?」

そのあとはリッツの方なんて一回も見なかった。目の前にいる人間が自分とまだやりあえていることに喜びを感じていたからだ。

でも結局は、私が男の指を切ってしまって、男が絶叫してナイフを落とした時点で勝負はついてしまった。

醜い醜い絶叫が廊下に響く。

終わりか…。

背後から高い悲鳴が上がった。振り返ると、既に取り押さえられている小物がいた。私を見て必死で後ずさりしようとしてる。新人のビラスは小物を取り押さえながらも顔面蒼白だった。

その時、ビラス達の奥からブラウムとテミール達が現れた。

彼らは現場の状況を見て息を飲んだ。

「シェイン、またか…」

テミールが口を開く。

「またかってなに?弱い者は死ぬ。そうでしょ?」

小物は涙を浮かべてひいひい言っている。私なんかが怖いなんて、笑える。もっと怖いものなんて別にあるだろうに。

悲鳴を上げていた男が立ち上がった。切られた手の反対側に私が当主に投げたナイフを持っている。目の奥にはまだ闘志が残っていた。

「…いいね」

思わず舌で唇を舐めた。

男が声を上げながら突っ込んでくる。

何もかもがスローモーションだった。走ってくる男も止めようと走ってくる団の人間も。

何もかも、無駄なのに。

「笑える」

私は男に向かって走り出した。

伸ばされる腕と近づくナイフ。それは自分を殺そうとしたもの。それが自分に近づいていると思うだけで…。

それを私はナイフを首にめがけて使うと見せかけて男の鳩尾に一発入れた。時間が停止したようだった。男の力が少しずつ抜けていく。彼の耳に私は囁いた。

「怒られるから、殺さないでおくね」

「…ゆ、るさね…え」

そう言って、男は地面に倒れた。

「……許さない、ね」

私は男を見下ろして呟いた。

「シェイン!またお前は…!」

「君は、すごいな」

場違いな感嘆とした声と拍手がテミールの声を遮った。見ると嬉しそうな顔をした青年が笑って拍手をしていた。

「ねえ、そいつの傍に私を連れて行ってくれないか」

彼は私に手を伸ばしてきた。

「血…」

「構わない」

私の全身には血が所々についていた。それを青年は気にしないで私の服を引っ張る。私は溜息を吐き出して、求める彼に手を貸した。凶暴な自分はすっかり彼の笑顔のせいで毒気を抜かれてしまったらしい。すっかり闘争心の火は消えてしまった。

私は彼が望むままに小物の傍に立たせた。

「ナイフ、をください」

黙ってナイフを腰から抜いて手渡す。

小物は地面に這いつくばって逃げようともがいていた。

彼はナイフを持ってぺたんと座り込む。彼はおもむろにナイフを振り上げた。

「ぎぃゃーーーー‼‼‼」

ナイフが小物の右ふくらはぎに突き刺さる。

「これは殺された母さんの分」

また大きな悲鳴が上がる。

「これは、殺された使用人達の分」

「お、おい」

ブラウムが止めに入ろうとするが、私は制した。

「ダメ、殺したら」

彼は私を振り仰いだ。彼は悪戯をする子供のような顔をしていた。

「あと一回」

細い人差し指を立てて、彼はにっこりと笑う。誰もが唖然とした。

「これは…」

大きな悲鳴が上がった。さっきよりももっと盛大な血が床に池を作る。禍々しい赤色が目の前に広がった。

「これは、今死んだ、お前の息子の分」

そう寂しそうに言って、彼はナイフを抜いた。

ブラウムが私を押しのけて小物の生死を確認した。彼は肩の力を抜いてテミールに首を縦に振った。

「脈が弱いですけど、生きてます。気絶してるだけです」

周りに安堵の空気が広がった。急いで周りは小物と転がっている男の止血をして、連れて行った。

「実の父親を殺そうなんて、おかしいだろ!」

ビラスが唇を震わせながら叫んだ。青年を睨みつける目は疑念と恐怖を孕んでいた。

ビラスを見た青年は声を出さずに静かに笑った。

「…何で笑ってられるんだ」

ビラスの呆然とした声に青年はビラスを見上げながら言った。


「私が、もう、おかしいからだよ」


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