第二話 問題児
不定期更新で申し訳ありません…。
「お前は何やってんだあぁぁぁ!!!」
その日は私にとって 何でもない日なはずだった。ただ普通に起きて食べて訓練して食べて訓練して食べて寝る予定だけだったはず。なのに突然副団長室にお呼ばれし、目の前には泣く子も呆気にとられる程顔面凶器となった副団長の顔があった。ていうか、顔との距離が近い。
「何が?」
「何がだとぉっ?」
顎を突き出して更に凶悪さが増した。彼はもうそろそろ50歳くらいになるが白髪の比率と頭髪の薄さから原因はこの顔と態度によるストレスではないだろうか。随分失礼な事を考えていると「あ?」恐ろしく低い声が聞こえてきた。副団長は恐らくエスパーである。
「お前昨日の夜何してくれたか分かってんのか? あぁぁ? プライベートな事にまで口出すつもりはねえが団員として問題起こすのはいい加減にしろ! 」
「もんだい、ない」
「問題大有りだこの野郎! 問題だらけで俺の胃に穴が開いちまうよ! いいか! 作戦会議中居眠りする、他の班といざこざを起こす、それはまだかわいいもんだ。 だがな! 班行動を逸脱して計画狂わせるわ、マークしてた犯人を作戦もなしに勝手に捕まえてボコボコにするわ! 今度は憲兵だとぉ! お前頼むから昨日の夜くらい大人しくできなかったのかよ!昨日と言わずいつでもだけどな!!」
散々な言われようである。ん? 昨日?
副団長の鬱陶しい視線を脇に置いて昨日の夜の出来事を思い出す。
昨日は特に目ぼしい任務もなく自警団本部がある王都をうろうろしていた。まあ、いつもの巡回だったわけだが特におかしいところはなかったような。
「お前、本当に何したのか分かってないのか? 忘れてるのか? 飲み屋で一悶着あったと報告を受けている。しかも国の憲兵とだ」
「…………あぁ」
「ああじゃねえ!!!!」
副団長の雷が頭に落ちた。思わず耳を塞ぎ、更にきつい大きな雷が落ちたのは言うまでもない。
「お、やっほー。お疲れさん」
「イラ」
副団長室の扉を閉めながら目の前の壁に寄りかかっていた同僚に目を向ける。違う班のイラというこの青年は状況を楽しんでいるのかにやにやと笑いながら寄ってきた。
「聞いたよー、憲兵に喧嘩売ったんだって? 問題児君?」
軽い口調で切り込んできたイラは私の反応を見て楽しんでいるところがある。
「もんだい、じ、違う」
「ま、相手が弱虫なおかげで大事になんなくてよかったね?」
イラは口元を押さえながらクックと笑っている。いじりに来た事は確定だ。イラを無視して食べ損なったお昼を食べに行こうと食堂を目指す。
「ちょっと待ってよー。ねね、何で憲兵に喧嘩売ったの?」
売ったわけではないのだが、彼の中では既に決定事項らしい。私は昨晩の事を少し思い返してみた。
一日中街の巡回に精を出し、ひとり酒でも楽しもうかといつも贔屓にしている酒屋に入った。カウンターには厳つい男が帳簿に目を通していたところだった。私が入ってきた事に気がついた男は私を見てニヤッと笑う。
「おう、久しぶりじゃねえの。あ? やっと来たか」
私は手を上げて挨拶するにとどめた。酒屋の男はこの店の店主でありたまに酒を飲み交わす仲である。私の無作法な態度に合点がいったのか笑みを深くしたのか。どこぞの凶悪犯かと思う程の面構えである。
「今のお前にはこの酒が丁度いいかもな」
そう言って酒がたくさん置いてある棚の奥から出してきたのは度数が高い事で有名な果実酒である。酒好きがどハマりする程の酒らしく私はまだ一度も手を出したことのない酒である。詳しくは知らない酒だが店主が勧める酒にはずれはない。
私が頷いて金を払おうとしたところに「親父さんっ!」という声が店内に響いた。見れば若い男が息を切らして前屈みになりながら店主を見ていた。
「うちの店で憲兵が暴れて!」
店主の目が鋭く光った。既に凶悪犯を通り越して死神である。「ちょっと待ってな」と私に言い残して店主もとい死神は若い男を連れて店の外へ出て行った。
残された身としてはさっさと金を払って帰りたいのだが死神に待ってなと言われてはどうにもできない。店主もいないのに店にいるのは気が引けたので店の外で待つことにした。
外に出れば裏街と呼ばれる夜に活発に機能する通り沿いがある。今は夜の初めあたりなので酔っ払いが歌いながら闊歩する時間帯ではないのだが、横並びの方に大きな人だかりができていた。なにか見世物でもやっていたら良かったのだが、あいにく聞こえてくるのは罵声と悲鳴と何かの破壊音と歓声である。
いつもは裏街と名物ともいえる喧嘩だが、今回ばかりは憲兵が絡んでいるからか裏街の連中にとっては見世物として上々だろう。
憲兵はこの国の軍事警察であり、公共の安全を任された部隊である。しかし実際のところ、憲兵は国に選ばれた人材だと威張ってばかりでろくな仕事をしないただの穀潰しである。裏街でもどこでも嫌われ者の可哀想な奴らである。本来憲兵が絡むからには自警団が仲裁に入るべきなのだが、私は今仕事が終わった人間である。仕事は仕事、プライベートは別である。他の自警団連中なら行くのだろうが、生憎私は厄介ごとに面倒臭さを見いだす質なので極力関わりたくない。それに…。
突然目の前にキィィィンと音を立てて何かが刺さっていた。風が前髪をかき上げる。地面に刺さっていたのは剥き身の剣。柄のところに憲兵の紋章が描かれている。
今の自分の顔はとても見られないものになっているだろう。
その時品のない声が裏街に響き渡った。
「どけぇ! 邪魔だあぁぁ!」
人だかりが割れて憲兵服を着た男が2人こちら側に走って来た。私は目の前に刺さった剣を抜いて憲兵に向かって投げた。1人が後ろ向きに倒れた。もう1人はそれを見て剣を私が投げたと認識すると掴みかかって来た。私はその手を逆に掴み相手を地面に叩きつけた。男は受身も取れずに頭を強く打って悶絶している。
「チッ」
私の顔に表情はないだろう。あるのは青筋だ。
地面に転がっている男と投げた剣を辛うじて避けたが服に刺さり全身を強打して失神している男の首根っこを掴み、人だかりがある方へ引きずって行く。その途中見物人達は男達に哀れみの目を向けていた。
1日仕事に疲れて酒でも飲もうと来てみれば憲兵の喧嘩。帰るにも帰れない状況にイライラは最高潮だった。あの死神店主は私の機嫌が限りなく悪い事を察してあの果実酒を勧めてくれたのだ。のにこの憲兵共とくれば仕事をまともにしなければ厄介ごとまで持ち込みやがって。
「退け」
人だかりが割れる。死神に気をされながらも何人かの憲兵がまだ生き残っていた。気に入らない。気絶している憲兵を目の前の乱闘で屍になっている男共の中に投げ入れ、手元で暴れて逃げ出そうとしている男を両手で上空に投げ死神と生き残りの間に蹴り飛ばした。乱闘が一瞬で止み、場が騒然となった。突然出てきた細い男がまさか自分よりも大柄の男を結構な距離を蹴り飛ばすなど考えられなかったのだろう。しかし、あまり周りの反応は気にならなかった。何故なら死神と対峙していた男が激昂して殴りかかってきたからだ。周囲に悲鳴が上がる。
拳の握り方が甘い。腰や重心の位置がなってない。あまりにも自分にとって格下だった。闘争心は微塵も湧かず、あるのはこんな三下に時間を取られた苛立ちと仕事の疲労感だった。
結局その場はすぐに自警団によって取り押さえられた。最初に取り押さえられたのは私だ。立っていた憲兵が全員地に伏すまで叩き潰す意気込みで死神の援護どころか率先して拳を振るっていた為まず私を止めるべきと判断されたのだろう。特に私に向かってきていた三下は歯をばっきばっきに折られてピクリともしていなかった。
私は駆けつけた自警団仲間に面倒ごとを起こすなとまるで私が騒動を起こした原因のように扱われ釈然としなかった。死神から酒屋の店主に戻った男はそんな私を慰めるように例の果実酒をくれ機嫌を直した私に騒動の見物人からはすげえなと肩を叩かれながら何故か食べ物をくれた。
自警団にとっては問題児でも裏街では人気者となった事をイラはこの話を聞いて「見解の違いかねぇ」と独り言ちたそうな。