第一話 偽装
「シェイン、こんなところにいたのか」
閉じられていた扉を開けて入って来たのは同じ班に所属している先輩。
談話室は普段誰も来ないから、自室よりも見つかる確率は少ないと考えていたのに彼にはお見通しだったようだ。
「ほら、お前サボろうとしたんだろうけど今回はそうはいかないからな。早く来いよ」
先輩であるブラウムは面倒見がいい。いい故に見逃してくれない。
「面倒」
「先輩たちがお前連れて来いってうるさいんだよ。それにお前まだ会ってないだろ」
「会った」
「絶対遠目とかだろ」
…ばれた。
「ほらグズグスすんな」
ブラウムに追い立てられて、廊下を早足で進む。足どりはとても重い。しかしブラウムの足のコンパスが長すぎるため必然的に小走りになってしまう。
「早い」
「遅い」
そんなやりとりをしながら、遂にたどり着いてしまった。
「おおー、シェイン遅かったじゃねぇの」
わざとだよ、ていうか来るつもりなかったっての。という言葉を飲み込みつつ、椅子にふんぞり返りながら言ってきたガタイのいい男を睨みつけた。
「テミール…」
この男は班長のテミール。いつもは頼もしいかぎりなのだが、今は酒が大好きなただの酒乱と成り果てている。既に中身のない酒瓶が何個か転がっている。きっと私を呼んだのはこの酔っ払ったテミールだろう」
「おせぇんだよ。さっさと酌しろや」
「その前に挨拶させてやってくださいよ、班長」
ブラウムが無理矢理肩を押してくる。私はそれに眉を中央に寄せた。
「ほら行け」
私は観念して重たい足を動かした。
「は、初めまして!」
自分よりも若い男が目の前に立った。何だか細い輪郭でひ弱な印象を受けるが、筋肉はしっかりついている。
「この度!第2班に所属することになりました、ビラスと言います!」
この新人の挨拶を受けるために自分は追いかけ回されたのか。
「どうも」
必然的に言葉が短くなった。
「よろしくお願いしますッス!!」
「どうも」
はい、終わりー…。
「おいコラ、終わってねぇよ。お前も挨拶すんだよ」
ブラウムが方向転換した身体を元の位置に戻して来た。
「…痛い」
「痛くしてんだよ。ほら」
「……シェイン。よろ、しく」
「は、はいッス!」
初めて正面からまともにビラスを見ると彼は突然顔が真っ赤になった。
「何?」
「い、いえ!」
ビラスはぶんぶんと手を横に振った。…何なんだ。
「シェインが女に見えたんだよなー」
テミールがビラスの肩をバンバンと叩いた。片方には酒瓶が握られている。
「す、すみませんシェイン先輩」
「別に、いつも、こと」
「?シェイン先輩は言葉が…」
「ま、気にしないでやってくれ」
テミールが酒を煽りながらにやりと笑った。
「シェイン酒だー!酒をもってこーい!」
「え。帰る、部屋…」
ビラスの肩を掴みながら騒ぎ始めたテミールに拒否を伝えようとしたが、うるさいテミールには既に聞こえない。
「ま、付やってやってよ」
そう言って肩を軽く叩いてきたのは副班長のリッツ。
「それに新人の歓迎会はみんなでやる事が恒例だしね。シェインの時もそうだっただろう」
リッツは笑い顔だ。細めの目と顔はキツネに少し似てる。いつも優しいリッツに諭されたら何となく頷いてしまう。という訳で私の参加は決定してしまった。リッツは嫌そうな顔をしながらも了解した私に苦笑した。そんな私を余所に先輩たちとビラスはどんちゃん騒いでいる。正直うるさい。
「おらおら、シェイン酌しろやー」
どこぞのチンピラのようだ。
「テミール、少し飲みすぎでは?後で吐きますよ」
「そんな後のこたぁどうだっていいんだよ」
完全に酔っ払いである。
「ブラウム、酌、してもらえ」
「ブラウムよりゃ、女顔のシェインに酌してもらったほうが気分が盛り上がるだろぉが!」
「何言ってるんですか」
リッツが呆れたように言った。
「シェインが女だったら尚更嬉しいぜ!」
「まったく…」
テミールとリッツの会話に背筋が凍った。少し吐く息が緊張気味になったが、誰も気がついていないようだった。
「私、男」
そう、私は男だ。ここでは男として生きていかなければいけないのだから。