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01 「あなたへ最高のプロポーズ」

 や…やった!

 ついにこの日がやってきた!

 これから最高のプロポーズが始まるのだ!


 笹本杏奈、26歳OL、独身彼氏なし。

 最近の私はといえば、この乙女ゲームのためだけにあったといっても過言ではない。


 高校時代から10年も付き合った彼氏にフラれ、こんなに悲しい思いをするのならしばらく恋愛なんてしたくない!とすっかり傷心の私に、ゲーム制作会社にいる親友が『いいものあるよ』と渡してくれたのがこの乙女ゲーム【あなたへ最高のプロポーズ】だった。


 ………………。


 プロポーズ目前でフラれた私にとって、それはなんとタイムリーなタイトルのゲームなのだろう。さすが親友だ。


 親友いわくそのゲームは、どうやらこれから商品化予定の未発売の乙女ゲームらしく、プレイしてみた感想が欲しかったらしい。


 私は、もともとゲームはそれほどやらない。乙女ゲームというものの存在は知ってはいたけれど実際にやってみたことはなかった。


 もちろん最初は興味がなかった。けれど、親友にプレイしてみた感想を求められている以上は実際にやってみないといけない。と、変なところで真面目な性格がでてしまい、暇な休日に少しだけプレイしてみることにした。ちなみにゲーム機は持っていなかったので親友から借りた。


 まずは付属の説明書を読んでみた。

 どうやらこのゲームは、何人かいる恋人候補の男性陣から好きなキャラクターを選び、そのキャラクターと恋愛をして最後は素敵なプロポーズを受ける――トゥルーエンドというものを目指すらしい。


 各キャラクターには決められた恋愛イベントが発生して、プレイヤーはそれに対する返事や行動を4つの選択肢の中から1つを選び物語を進めていく。選択肢の中にはキャラクターとの仲が良い方向へ進んでいくものや、その逆の悪い方向へと進むものもある。悪い方向へ進み続けると、キャラクターとのプロポーズイベントは起こらずに別れてしまう、つまりバッドエンドというものを迎えるらしい。


 ゲームとはいえ、それはまるで本物の恋の駆け引きのようで、気が付けば私はすっかり乙女ゲームの罠にかかっていた。


 未発売のゲームなので攻略の情報もどこにもない。どうしたらトゥルーエンドというものを迎えられるのか。


 気が付けば、彼氏にフラれた傷はどこへやら。私は1日中このゲームのことを考えるようになった。そうして、ある一人のキャラクターにお熱になってしまったのである。


 平日の昼間はやりがいのないオフィスワークを死んだ魚のような目でこなし、定時と共にダッシュでアパートへ帰宅。その後、急いで夕食とお風呂をすまし就寝までの1時間をゲームに費やす。休日は友達に誘われても断ってひたすら家にこもってゲーム漬け。そんな生活が3か月ほど続いただろうか。


 現在、日曜日の深夜12時過ぎ。


 明日からまた仕事の日々が始まり朝は6時に起きなければならない。それなのに、ゲームがついにあと少しでトゥルーエンドを迎えそうなところにまで来ていた。ここまで来てはもうやめられない。夜更かしなんて関係ない。明日、起きられるのか少し心配だけれど、それよりも今は目の前にせまるトゥルーエンドだ。


 画面には私が狙い続けたイケメン騎士団長と、おそらくこれが彼の最後の一大セリフであろう言葉が映し出されている。


【この剣に誓う。一生あなたを守ると。だから、自分と結婚してはくれないだろうか?】


 そう。

 私はようやくこのゲームの最後において最大の見せ場【プロポーズイベント】を迎えている真っ最中なのである。


 少しだけこのラストイベントのことを説明すると、場所はミスダリアという中世ヨーロッパをイメージした架空の国。その国の王都の中心部にある大通りでは、長きに渡る戦を終えて国に勝利をもたらした王国騎士団の帰還パレードが華やかに行われていた。


 その最中、多くの騎士を後ろに従え先頭の馬に乗っていた王国騎士団の団長が突然、馬から降りる。彼は、パレードを見に来ている多くの国民の中からたった一人の女性を見つけるなり一目散にかけよっていく。その女性は騎士団長にとってかけがえのない愛しい恋人である。ちなみにその女性とはゲームのヒロインのことであり、つまり【私】だ。


 騎士団長は、ヒロインの目の前で地面に片膝をつく。そして腰にさしている剣をそっと右手で触れながら、熱い瞳でヒロインを見つめ、さきほどのプロポーズの言葉を口にするのだ。


 パレードを見に来ていた多くの国民たちの視線が二人に注がれる。若い娘たちは羨むような視線を、ご婦人たちはうっとりとした視線を、他の国民たちも国の英雄である騎士団長のプロポーズの行方をじっと見守っている。


 賑やかな楽器の演奏、次々と打ち上がる祝砲、降り注ぐ紙ふぶき。


 そんなパレードの中でたった今、王国騎士団団長による公開プロポーズが行われたのである。


 なにこの素敵シチュエーション。

 キュンキュンドキドキして倒れそう。


 こんなに胸がときめいたのは久しぶりだった。おそらくこの先、この現実世界においてこれ以上のキュンは望めない。こんなにうっとりとするシチュエーションはありえない。非現実的な素晴らしすぎる演出のプロポーズにゲーム機を持つ私の手が震える。さすがタイトルが【あなたへ最高のプロポーズ】というだけのことはある。


【あなたの返事を聞かせてくれないか?】


 ざわつく周囲を気にもせず、騎士団長の大きな手がヒロインに向かってそっと差し出される。そして、画面に登場した4つの選択肢。おそらくこれが最後の選択になるだろう。


 1.【はい、よろこんで】

 2.【ごめんなさい。あなたとは結婚できません】

 3.【もう少し考えさせてください】

 4. 何も告げずにこの場から逃げ出す。


 そんなの決まっているでしょうよ!

 この場合の選択肢は1番以外にありえない!


 カーソルを合わせて、ボタンを押す手が震える。

 とりあえず落ち着こうと深呼吸を繰り返す。


 おそらくこれを選択すると騎士団長ルートのラストを迎えるはず。この乙女ゲームのタイトルが【あなたへ最高のプロポーズ】なのだから、私は今そのタイトル通りの最高のプロポーズを迎えているのだ。これを承諾するとおそらくトゥルーエンド。


 ふと、これまでに発生した数々のイベントのことを思い出す。


 出会いイベントに始まり、恋愛事には奥手な騎士団長となかなか距離が縮まらず、ようやく誘われた二人だけのデート。しかし、ここではただ食事をするだけで終わってしまい、次のデートにはつながらなかった。そのときに選んだ選択肢が行けなかったのだと思い、もう一度出会いイベントからやり直すことにした。そうしたら、今度は騎士団長から次のデートに誘われた。その後も4つの選択肢の中から最適だと思うものを選択し、間違えたと思ったら戻って別の選択肢を選んでを繰り返す。


 ここまでくるのにいろいろなイベントが発生したのだ。


 ヒロインと幼馴染が一緒にいるところを見た騎士団長が嫉妬をしてしまい、でもそのおかげで騎士団長がヒロインに対する気持ちをようやく自覚して二人は付き合うようになった。その後も、騎士団長に片思いをしている令嬢から数々の嫌がらせを受け、でもそのおかげで騎士団長との仲がさらに深まることができた。騎士団長のことをあまりよく思っていない人物にヒロインが誘拐されてしまったときは格好よく助けに来てくれた。


 少しずつヒロインと騎士団長の恋が燃え上がり良い雰囲気になっていく中、敵国との戦が始まってしまう。戦地へと赴く前日に騎士団長はヒロインをそっと抱きしめて告げるのだ。【必ず戻る。戻ったら伝えたいことがある】と。そして、騎士団長は激しい戦の場へと旅立ち、ヒロインは無事を信じてひたすら待ち続ける。ようやく戦が終わり、騎士団長は武勲をたてて戻ってきた。その帰還パレードにてヒロインにプロポーズをするのだ。


 そんな騎士団長ルートもこれでついに終わりを迎えようとしている。


 ああ、何だか寂しいな。


 最後の選択肢を選び、エンディング画面が流れたらこのゲームも終わりである。

 あ、でもこのゲームには他に3人の攻略対象者がいる。騎士団長ルートをクリアしたら、今度はその3人のうちの誰かのルートへ進めば、また新しい物語が始まる。各キャラクターのエンディングは違うと思う。今度はどんな最高のプロポーズが待っているのだろう。キュンキュンドキドキしながら現実を忘れ、またゲーム漬けの日々が始まるのだ。


 よし!

 とりあえず今は騎士団長ルートをしっかりと終わらせなければ。


 私は、プロポーズに対する4つの選択肢のうちの1つにカーソルを合わせる。


 1.【はい、よろこんで】


 …………。


 そのときふと数か月前のあの出来事を思い出してしまった。

 最近ではゲームにハマってすっかり忘れていたというのに。というか、なるべく思い出さないようにしていたはずなのに。このプロポーズイベントを見ていたら、あのときのことが思い出された。


「はい、よろこんで。か……」


 誕生日だったあの日、亮介がプロポーズをしてくれたらすぐにそう言おうと思っていた。けれど実際にはプロポーズなんてされなくて、むしろ別れを切り出されてしまったから、その言葉は言えなかった。


 何だかしんみりとしてしまった私は頭を思いきり横に振る。


 断ち切ろう。完全に。亮介のことなんて。

 今の私にはこのゲームがあるのだから!


「よしっ!」


 気持ちも新たに私はゲーム画面を見つめる。

 そして、4つの選択肢のうちの1つの言葉を選択する。


「はい、よろこんで」


 あの日、言えなかった言葉を小さく囁いた。そして決定ボタンを押そうとした、そのとき―――――。



 「え?…なにこれ?眩しい……」


 突然、ゲームの画面から強い光が溢れ出てきた。


 こういう演出?いやいやそれにしても眩しすぎるって!


 その光は一瞬で部屋中に広がり私をすっぽりと包み込む。目を開けていられないほどの強い光に、私は持っていたゲーム機を手から離してしまった。その手で顔を覆うと、ギュッと目を閉じる。


『アンナ…………!』


 瞬間、とても聞き慣れた低音ボイスが耳に届いたような気がして、そこで私の意識はぱったりと途切れた。


 

※8/31 ゲームの時代背景を書き足しました。

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