10 エディールート?
「え?エディーのこと?でも、エディーならアンナちゃんも知り合いでしょ?」
朝食を食べ終えて、食堂の仕事が始まる時間までにはまだ余裕があったので、キャリーと屋敷の中庭で紅茶でも飲みながらおしゃべりをすることになった。そういえばゲームの中でも二人の会う場所はいつもここだったっけ。
おしゃべりを楽しみながら会話の中でそれとなくエディーのことを聞いてみたつもりだったけれど、やっぱり不自然だったのかキャリーに不思議そうな顔をされてしまう。
「エディーのことは知ってるよ。知ってるけど、もっと彼のことをよく知りたいというか…」
うまい言葉が見つからない。もっと知りたいどころか私はエディーの何も知らない。一から教えて欲しいんだけどなぁ。
「アンナちゃん。それ、本気?」
すると、キャリーは持っていたマグカップをテーブルに叩きつけるように置いた。
「エディーのことをもっと知りたいだなんて、もしかしてアンナちゃん、お兄様からエディーに乗り換えるつもりなの?」
「え…ちょ、違うよ。違う違う。そういうわけじゃないから」
「エディーはダメ!絶対にダメ!本当にダメ!ダメったらダメ!」
いったい何度ダメダメというのだろう。というかキャリーはなぜそこまでエディーのことを完全否定するのか謎だ。
キャリーは紅茶を口に含むとゆっくりと飲み込む。それから私へと向き直り「よーく聞いてね」と真剣な顔つきに変わった。
「いい?アンナちゃん。エディー・マーカスという男は女の敵なのよ。騎士団一の女たらしって言われてる」
「女たらし…?」
「そうなの。騎士としての腕前はいいし、20歳なんて騎士の中ではまだ若い方なのにお兄様の補佐のような仕事をしているし、お兄様もエディーのことを信頼している。仕事はきちんとする人なんだけどね、でも、私生活の方はかなり荒れまくってるらしいよ」
「そうなの?」
気が付けば私たちは顔を近付けて、まるで内緒話でもするかのように声を潜めて話をしている。
「エディーってば見た目はすごくいいでしょ?それに、性格も軽いノリで話しやすい。だから女の人からたくさん声がかかるの。だからエディーは騎士団一のモテ男とも言われているの」
「モテ男……」
たしかにエディーはかっこいいかもしれない。それに話をしやすく打ち解けやすい人だと思った。
「エディーはそんな自分の容姿と性格を使って、次から次へと女の子を変えて遊ぶの。彼女を作ってもすぐに別れて新しい子を作る。同時に何人もの人と付き合ってたって噂もあるの」
キャリーは私の両手をぎゅっと握ると、じっと私の瞳を見つめた。
「だからね、アンナちゃん。エディーは絶対にダメだよ。分かった?」
「う…うん。分かった」
そう返事をすれば、キャリーはホッとしたような笑顔になる。
「じゃあもうエディーの話はおしまいね。話をしながらついエディーの顔を思い浮かべちゃって不愉快だわ」
「もしかしてキャリーはエディーのことが嫌い?」
そう問えば、キャリーは天使のように可愛らしい笑顔ではっきりと答えた。
「うん。大嫌い!」
…………。
たぶんこれ以上キャリーからはエディーの情報を聞き出せないだろう。結局、彼のことで分かったことといえば女たらしであるということのみである。
でも、それが分かっただけでも良かったのかもしれない。と、さっきの告白を思い出す。まさかあんなところで告白されるとは思わなかった。あんな展開になるなんて。肝心のオリバーとの仲は進まずにむしろ距離が遠のいているように感じるのに、ゲームに登場すらしなかった人物との距離が縮まるなんて。
しかもどうやらエディーは女たらしらしい。もしかしてアレかな?団長の女を奪っちゃおうぜ的な悪い発想でもあるのだろうか。
でも、私はどうしもエディーのことをそんな風には見られない。まだ会って間もなくて彼の本当の顔を知らないだけかもしれないけれど、キャリーが言うように女をとっかえひっかえしているような人には見えないのだ。
私への告白だって遊びで言っているようには見えなかった。かすかだけれどあのとき、私を抱きしめるエディーの腕は振るえているように思えたし。
うーん。まだエディーのことがぜんぜん分からない。
私は、マグカップを手に取ると紅茶を一口ふくんだ。
***
それから食堂へと行った。
マーデルと一緒にお昼の開店準備を済まし時間になればたくさんのお客さんが入って来た。
マーデルの両親が営むこのメルチ食堂は小さな食堂ながらも王都へと繋がる大通りという一等地に店を構えるなかなかの人気店だ。他国での修行経験もある大将の作る料理はバラエティーに富み、そしてどれも絶品である……と、ゲームの中ではたしか説明されていた。
しかしその通りで、昼時は客で混み合い全ての席が常に満席状態。キッチンで調理を担当するのが大将と女将さんで、フロアで注文をとったり料理を運んだりするのが私とマーデルの仕事である。
お昼の時間が終わればいったん店を閉める。大将の作ってくれる美味しいまかない料理を食べて少し休憩したらまた夜に向けた開店準備が始まる。夜はお酒も出るので酔っぱらいの人たちとのやりとりはとても疲れた。
とても忙しく働き、今日も無事に仕事を終えた………って、なんだか私すごく馴染んでいるような気がする。この世界に来てまだ3日目だというのに。
けれどよく考えれば、エディーという新キャラクターが登場したことを除けば、ここは私が3か月間やり込んだ乙女ゲームの世界なのでなんとなく行動パターンが分かってしまうのだ。今のところ生活を送るのに困ったことはない。
仕事を終えた私はアパートへと続く夜道を歩いていた。すると、見たことのある銀髪がこちらに向かって歩いて来ることに気が付く。
「あれ?アンナちゃんじゃん!」
まさかのエディーと再会である。
「今朝振りだね」
エディーが私の方へと駆け寄って来た。
「こんばんは」
そう挨拶をすれば、「こんばんは」と彼もにこやかに返してくれる。
「ちょうど仕事が終わったから、これからアンナちゃんの食堂にでも行こうと思ったんだけど……アンナちゃんがここを歩いているということはもう閉まっちゃったのかー」
遅かったぁ、と彼はひたいに手をあてた。
「今日はオリバー様と一緒じゃないんですか?」
たしか昨日も同じ時間帯に二人が一緒に歩いているところを遭遇したのでたずねてみれば、エディーは首を横に振る。
「今日は俺一人。団長は大事な用事があるんだってさ」
「大事な用事……」
何だろう。すごく気になる。
「ごめんね、俺一人で。団長に会いたかった?」
「いえ、別に。……聞いてみただけです」
会いたいか会いたくないかと聞かれたら今はどちらかというと会いたくない。どうせまたプロポーズのことを話そうとしても避けられてしまうような気がする。
それからは特に会話も続きそうになかったし、朝のこともあって二人きりで会うのはなんとなく気まずかった。もう夜も遅いので「おやすみなさい」と告げてこの場を去ろうとしたら「あ、待って」とエディーに腕を掴まれた。思わずぎょっとしたような顔になって振り返れば、「ああ、ごめん」とエディーは掴んでいた手を離してくれた。
「せっかく会ったんだし、これからご飯でもどう?」
お誘いを受けてしまった。でも、私はさっき大将の作ってくれた夜のまかない料理を食べたばかりなのでお腹がすいていない。そう断ろうとしたら、エディーの方からぐぅ~という何とも情けのない音が聞こえた。
「ごめん」
お腹をさすりながらエディーが恥ずかしそうに笑っている。
「今日は昼も食べられなかったからお腹空いてて」
「忙しかったんですか?」
「今朝、アンナちゃんの様子を見に行ったあとで団長の病院回りに付き添っていたらお昼食べ損ねちゃって。やっとそれも終わったから外にご飯を食べに来てみたんだけど」
「でも、もうご飯できそうなお店ほとんど閉まってましたよ?」
「あ~、やっぱりそうかぁ」
大通り沿いに並ぶ飲食店はもうほとんど明りが消えていた。この時間帯で開いているお店といえばお酒を飲むバーぐらいだろう。エディーはお腹が空いているのだからお酒よりも今は食事がしたいはず。
「お腹すいた~力でない~」
と、エディーはその場にしゃがみこんでしまう。またも彼の方からお腹の虫の音が聞こえた。
お昼も食べずに仕事をして、ようやく終わったと思ったら食事のできるお店はほとんど閉店。この人、ご飯どうするのかなぁ…なんて考えていたら、目の前のエディーが可愛そうに思えてきた。
「あの…よかったら家に来ますか?」
自然と救いの手を差し伸べてしまう。するとエディーはパッと顔を上げ、大きく目を見開き私を見つめる。
「え?いいの?」
「はい。たしか冷蔵庫に食材があったと思うし、私の手作りで良ければ…ですけど」
「うんうん!それでいい!というかお願いします!」
さっきまで空腹で力無く倒れていたのがウソかのように思いきり立ち上がったエディーは私の手を取り歩き始める。
「よし!アンナちゃんの家に行こう!」
そう叫んで私より前を歩き始めたのだけれど、
「エディーさん?私の家はそっちじゃありません」
「あ、ごめん。俺、アンナちゃんの家知らなかった」
「こっちですよ」
エディーに繋がれた手をそのままにして今度は私が前を歩く。すると後ろから彼の笑い声が聞こえて振り返る。
「どうしました?」
「ん?いや、嬉しいなぁと思って。まさかアンナちゃんの手料理が食べられるとは思わなかったから」
「…………」
そういえば今朝、私はこの人に告白をされたばかりだった。それなのにホイホイと家に招いていいのだろうか。けれど、誘ってしまったものは仕方がない。
というか今の私の展開って乙女ゲームでいうところの【エディールート】へとがっつりと進んでいるのではないだろうか……。




