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09 告白

 なんだか私ってばこの世界にきてから倒れてばかりじゃない?あれかな。もしかして、魂と肉体が一致していなくて不安定だからちょっとの衝撃でも倒れちゃうとか?


 そんなことを考えながら、ふっと意識を取り戻した。


「あ!おはよう、アンナちゃん」


 目の前にはキャリーがいた。


 ふかふかで温かなこの肌触り。サイドのテーブルに飾られた白い花。レースのカーテン。壁に飾られた絵画。そして、からくり時計。……どうやら私はまたウルフラルド家のお屋敷に戻ってきてしまったらしい。


「大丈夫?また倒れちゃったみたいだけど」


 上体を起こそうとする私にそっと手を貸してくれながらキャリーが心配そうに呟く。


「うん、大丈夫。ごめんね。また倒れちゃったみたい。ところで今は何時?」

「朝の8時だよ。あ、お腹空かない?朝食の用意してあるの。待ってて、すぐに持ってくるね」


 そう告げて、キャリーは部屋を後にしてしまった。慌てて飛び出て行ったせいなのか扉がしっかりと閉まっていなくて少しだけ開いている。と、そのわずかな隙間から黒色の猫が体を滑り込ませて中へと侵入してきた。


「わっ!昨日の黒猫」


 思わずそう叫ぶと、シーツを頭から被りベッドの上で膝を抱える。侵入して来た黒猫はまるで部屋の中をじっくりと観察しているかのように優雅に歩き回っていた。すると、今度は扉の向こうから白色の猫が入って来るのが見える。


「げ!2匹目!」


 あの白猫はたぶんリバーだろう。それはゲームの中でも登場した猫だ。捨てられているところをヒロインが見つけて、ウルフラルド家で飼われるようになった猫のリバー。


 黒猫と白猫が部屋の中を歩き回っている。ベッドの上で私は硬直し、2匹から目を反らせない。


「あ!入って来ちゃったんだ」


 すると、食事の乗ったトレイを持ったキャリーが戻って来た。トレイをベッドサイドのテーブルに置くと、2匹の猫の元へと駆け寄り片方の手で黒猫を、もう片方の手で白猫をそっと抱き上げた。そして、私のいるベッドへと近付いてくる。


「待ってキャリー。お願い、猫、置いて」


 必死にそう告げれば、キャリーはきょとんとした顔になる。


「え?どうして?アンナちゃん猫好きでしょ?」


 そうだった。ヒロインは猫が好きだった。でも私は嫌いなの。


 猫を両手で抱えたままキャリーがベッドサイドのイスに腰掛ける。


「あ、ご飯は冷めないうちに食べてね」


 キャリーはそう言うけれど、苦手な猫が近くにいるというのに呑気に朝食なんて食べられない。今はキャリーの腕の中で大人しくしている2匹だけれど、いつ予測不可能な行動を起こすか分からない。小さな頃のようにまた爪でひっかかれるかもしれない。昨日みたいに顔に飛んでくるかもしれない。こ、こわい、猫。


「そうそう!こっちの黒猫、昨日、お兄様が連れて帰って来たの。アンナちゃんが見つけたんでしょ?アンナちゃんのことが気に入ったみたいって聞いたよ。それで、アンナちゃんにいきなり飛びついて、ビックリして倒れちゃったんだよね」


 キャリーの腕の中の黒猫が満月のような瞳で私をじっと見つめてくる。


「飼い猫でもないみたいだし家で飼うことにしたんだよ。メス猫だから、リバーのお嫁さん候補!」

「え?やっぱり飼うの、この黒猫?」

「うん。名前ももう決めたの。アンちゃんって言うんだよ」

「アン?」

「アンナちゃんの名前から貰ったの」


 なぜに私の名前?そう思っていたらキャリーが教えてくれた。


「前にアンナちゃんが連れて来てくれた白猫君の名前はリバーでしょ?ほら、お兄様の名前のオリバーからとってリバーにしようって二人で決めたよね。だから、今度の黒猫ちゃんはアンナちゃんの名前からとってアンちゃん。ね、ステキでしょ?」

「う…うん、いいと思うよ」


 そうだった。

 そういえばゲームの中でそんなエピソードもあったっけ。


「リバーとアンは相性がいいみたいなの。初めて会ったときから互いに頬をすりすりさせて離れないの。二人の子供が生まれたら何色になるのかなぁ」


 気の早いキャリーはすでにこの2匹の子猫のことを考えているらしい。猫が苦手な私からすればどうでもいいことなのだけれど。


「あ、そうだ!アンナちゃん、あのことはどうなった?」


 キャリーは腕に抱えていた2匹の猫を床におろすと、座っていたイスから立ち上がる。そしてベッドの隅にこしかけると、内緒話でもするかのように私の耳元に口を寄せた。


「プロポーズの返事、お兄様にきちんとできた?」


 そういえば昨日この屋敷を出たときは、オリバーにしっかりと返事をすると意気込んで出て行ったっけ。キャリーに必ず良い報告をするからと言ったものの、そんな報告はできそうにない。

 別れたと言われてしまったし…。


「ごめんね。言えなかった」


 ぽつりと私が呟けばキャリーは大きな目をさらに大きく見開いた。


「え?言ってないの?」

「うん。言うタイミングなくなっちゃって」


 食堂の仕事をして、帰り道で運よくオリバーに出会ったけれど黒猫のせいでまた気を失ってしまった。気が付いたらこのベッドである。


「じゃあ今日こそ言おうよ」

「…………うん、でも」


 そう言われても、何だか乗り気になれない自分がいた。

 昨日のオリバーのことを思い出す。プロポーズの返事をしたいという私のことを振り払うようにして帰ろうとしていた。しっかりと返事をしたいのにさせてもらえない。今更もう遅いのかもしれない。あのプロポーズはオリバーの中ではもう完結していて、今更どうこう言っても変わらないし、もう何も言われたくないのかもしれない。それに、オリバー自身もあのプロポーズのことをあまり覚えていないとも言っていたし。

 

 オリバーが何を考えているのか分からない。自分がどう次の行動を起こせばいいのかも分からない。


「おじゃましまーす」


 すると、部屋の扉の方から陽気な声が聞こえた。


「お!アンナちゃん目が覚めてる」


 銀色の髪には見覚えがあった。


「団長に頼まれて様子を見に来たんだ」


 エディーである。

 こちらまで歩いてくると、もともとキャリーが座っていたベッドサイドのイスにちょこんと腰を降ろした。


「ちょっとエディー。入るときはノックぐらいしなさいよね」


 キャリーがそう言えば、


「あれれ?俺、ノックしなかった?したと思ったけどなぁ」


 エディーは笑いながらそう返す。そんな彼を見てキャリーが深いため息をついた。


「あなたっていつもそう。軽いのよね。少しは上司であるお兄様を見習ったら?」

「団長?ああ、団長は俺からしたら頭が固過ぎるな。団長こそ俺を見習うべきだと思うぜ。それにどちらかというとキャリーだって俺よりの性格だろ?」

「はぁ?あなたと一緒にしないでよ」

「俺と似た者同士で嬉しいだろ?」

「最悪だわ」


  もしかしてこの二人って仲が悪いのだろうか。


 二人のそんな会話を聞きながら、そういえば私はまだエディーという人物のことをよく知らないことを思い出す。でも、エディーは私というかヒロインのことを知っているようだから、今更あなた誰ですか?なんて失礼なことは聞けない。エディーが帰った後でそれとなくキャリーに聞いてみることにしよう。


 それにしても2匹の猫はよく動き回っている。白猫のリバーの方が少しだけ体が大きくて、黒猫のアンはまだ子猫。アンは、リバーのあとを追いかけるようにして駆け回ってとても元気がいい。まるで2匹で鬼ごっこでもしているみたいだ。

 2匹は部屋の中をぐるぐると駆け回りながらやがて扉の方に向かって駆けていく。そしてエディーが入って来たときに開けたままだった扉から外へと出て行ってしまった。


「あ!リバー、アン!どこ行くの?」


 それを見たキャリーもまた慌てて2匹を追いかけて部屋から出ていく。


「あの黒猫の名前、アンになったんだ」


 二人きりになった部屋でエディーが呟いた。


「私の名前から取ったらしいです」

「じゃあもしかして白猫のリバーは団長の名前から?」

「はい」

「なるほど。リバーとアンねぇ」


 エディーは2匹の猫が出て行った扉の方を見つめている。そんな彼に私は問いかける。


「今日は、オリバー様は?」

「団長は仕事…というか病院回りしてるんだよ」

「病院?」

「ほら、こないだの戦で負傷した騎士たちのお見舞い。団長、一人一人の様子を丁寧に見て回ってるんだ」

「オリバー様らしいですね」

「そうそう、団長らしい。あの人は俺の憧れなんだ」


 そうだったのか。エディーはどうやらオリバーのことを尊敬しているらしい。


「そういえばアンナちゃんが昨日言っていたことって本当?」

「昨日?」


 エディーに何か言っただろうか。


「団長のプロポーズの返事まだしてないって。俺の聞き間違いじゃなければ、団長に向かってそう叫んでた」

「あー。はい、言いましたね」


 そういえばそのときエディーは私の隣にいたんだっけ。


「じゃあどうして団長はプロポーズを断られたとか言ってるの?」

「えっと…それは」


 なんだかもう説明するのがめんどくさい。何から言えばいいのだろうと言葉を探していると、「まぁいいや」とエディーが口を開いた。


「どっちにしろ、団長はもうアンナちゃんと別れたつもりでいるらしいし」


 昨日もそんなことを言っていた。二人の会話を隠れながら聞いていたときに、私とはもう付き合うのはムリだって。そしてシェリンダ嬢と結婚するとかも言っていたような気が…。ずーんと気分が重たくなる。


「アンナちゃん。前に俺がアンナちゃんに言ったこと、アレまだ本気だから」

「前…?」


 突然エディーにそんなことを言われて私は首をかしげる。


 何か言われたことがあるのだろうか。そもそもエディーはゲームには出てこないキャラクターなので当たり前だけどヒロインとのエピソードは一つもない。でも、実際のこちらの世界ではどうやら二人は接点があるらしいから、そのときに何か言われたのかもしれない。


「もしかして忘れてる?」

「え?……あ、いや、忘れて…いないと思いますけど」


 曖昧な返事をすれば、エディーは「まじかよ」と銀色の髪をかきながらため息をついた。それからさっきよりも真面目な表情で私を見つめる。


「じゃあもう一度、今、言っていい?」

「はい、すみません。もう一度いいですか?」

「言うだけだとまた忘れられちゃうと思うから」


 そう言って、エディーは座っていたイスから腰を浮かせる。すると私の方へと手を伸ばし、次の瞬間、私の視界は彼の胸で遮られた。


「エ…エディーさん?」


 抱きしめられていると認識するのに少しだけ時間がかかってしまった。


「俺、アンナちゃんのこと好きだから。団長には敵わないと思って諦めたけど、でももう二人は別れるみたいだし、だったら俺にもチャンスあるってことだよね」


 そう言って、エディーは私を抱きしめる腕に力を込める。それから耳元に唇を寄せて囁くように呟いた。


「俺とのことも考えてみて」


 エディーの腕が離れていく。と、背中を向けて足早に部屋から去ってしまった。


 な…何だったんだ。


 部屋に取り残された私の心臓はうるさいくらいに跳ねている。当たり前だろう。突然抱きしめられてあんなことを言われたら動揺しない方がおかしい。


 エディーはゲームには登場しなかった。ということはオリバーと同じ攻略対象の中にもいなかった。それなのになにこの展開。どうしてこんなことになってるの。


 とりあえず落ち着こう。そして朝食を食べよう。そう思ってトレイの上の野菜たっぷりスープに手を伸ばす。スプーンですくって口に運べば、それはすっかり冷めきってしまっていた。



お読みいただきありがとうございます。

来週は時間が取れたら更新します。

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