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嵐は夜に  作者: あおい
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04-1

■04■


 下を見下ろすが、ボンヤリと発光している尚巳の鳥も今は見えない。龍壱と鳥は、どうやら森の中に入ったようだった。


「ねぇ尚巳さん。あの子が〈あいつ〉と呼んでた奴……〈一体〉ではないですよね」


 風が強かった。雲が流れるのと同じように風が吹き、下からも吹き上げて来る。傘は気休めでしかなくなっていた。靴も足ももうかなり濡れてしまっている。


「そうだねぇ。なかなか、えげつない集団だねぇ。あれは〈彼〉がコアとして利用され、恨みが増幅されてしまっている、と言うカンジかなぁ。少なく見ても数百前後、集まっているんだろうねぇ」


「大丈夫かな、龍壱」


「本来ならデコピン一発で始末出来ちゃうくらいの集団なんだけど」


「えっ」


「いや〈龍壱が本来の存在なら〉って事。何せあいつ、龍脈じゃん? 大地の全てがあいつの味方で、利用しようと思えば土地の持つエネルギーの全てを利用出来るんだけど、今の龍壱は〈人としての自覚〉の方が大きくて、自分を理解出来ていない。まだ目も開いていない子猫が眠っているところを拾い、あの身体に生息させたみたいなものだから、仕方ないんだけどさー。性質のまま暴れたら、今度は身体の耐久性にも問題あるだろうし。まぁ、バランスだよね」


「今ここでこんな質問するの、ヘンかな……」


「ん?」


「どうして龍脈に〈人〉の身体を与えたんですか?」


「んー……生命が存在するには〈居場所〉が必要なんだよ。山に生まれ生息していたあいつをうちの庭に連れて来て放置したとしても、そこは居場所――土地との相性とかね、そう言うのも関係して来るとは思うんだけど、単なるエネルギー体として放置しておいたらきっと、霧散したりしてたんじゃないかなぁ。水蒸気みたいにさ。だから身体はそのまま容器なわけ。この世界に止め置くための装置。きみがイタリアから連れて来た自称・天使もそうでしょ? あの白磁のベルに宿っていたんだよね」


「あー、ははは。アレと同じなんだ、そっか……。あれ? でも、と言う事は無機物でもよかったんですか?」


「単なる〈物〉ではなく動けるようにしたのはさ、動けばエネルギーは放出されるでしょ。その方がいいと思ったんだよ。この世に蠢く存在にとって〈身体〉と言うのは、自由に飛び回れない鎖を装着するみたいなものだから不便で不快かも知れない、とは思ったんだけど……あの身体、ある程度の〈非常識〉には対応出来るくらいの能力は、持たせたつもりなんだよねー。まぁあの時、楓に発見されてしまったのが全てのきっかけだから、今更〈居場所〉に関して文句を言われてもさ。俺らに出会ったあいつも悪いんじゃね? ってコトで」


「ふぅん……三人にとって手元に置いておきたいくらい、可愛かったんだ? その子猫」


「うん、まぁね。可愛かったよ、ニャーニャー鳴いてさ、すぴすぴと鼻で呼吸しながら眠り続けてさ。今はあんなガキだけどねぇ」


「そっか。だから今もあまり心配してないんだ? 龍壱があんな集団を相手にしてるのに」


「いやいや、心配は、それなりに。だって今のあいつの武器、腕力だけだからね。だから水玻璃ちゃん、あいつのフォローよろしくね」


「うん。じゃあ、頑張る」


「ありがと。風邪ひかないでね」


 ふたりはニコッ、と笑い合った。風も雨も激しくなってゆくのに、ふたりの空間だけがほのぼのとしている。




 森をしばらく走って見つけた男の周辺に、人の首が十程浮かんで蠢いていた。

 森の中は外ほどの雨を受けず、尚巳の鳥もさっきより乾いて多少元気を取り戻してる。

 その分、光も強くなり、男を見つけ出す事が出来た。ただ、樹木のざわめきは半端無くうるさい。


「俺の居た〈祠〉は、ここよりもっと奥まっていてな。普通にしていれば〈二度と〉誰も近寄らない場所だった」


 樹の枝に腰掛けて目を閉じている男が、ひとりごとのように語り始める。

 龍壱達は下に立ち、黙って男の言葉を聞く。

 周囲の木々はうるさかったけれど、彼の声とはノイズが違った。彼の言葉は頭の中に、よく聞こえる。


「悪さばっかりするからと、糞みたいな人間に閉じ込められたよ。閉じ込められてから数十年くらいまでは時を数えていたが、いつしかそれもしなくなって……もしかしたら退屈過ぎて眠っていたのかも知れない。けれど俺はバカが来れば祠から出られる事を知っていたから、呼び寄せる準備はしていたんだ。きっと百年以上経ったのかなァ? ある日、狙い通りにバカが来たよ。この面の男さ。名をきよし、とか言ったっけ」


 男の口元に笑みが張り付いている。


「けど、こんな男の持つ運など糞みてぇなものでな。村をほんの数個滅ぼした後、能力のある人間に封じ込められ、幾重もの結界が張り巡らされた蔵の中へ、他の呪物と共に放り込まれたんだ。だから俺はまた、強欲そうな奴を〈呼んだ〉よ。蔵には価値のある物が隠されているぞ、とね。今回は結構早かったから、俺はまぁ満足だよ。この世にどうしようもないバカが増えてる証でもあるし」


 ふひっ、と笑い声を漏らした口が歪み、歯が見えた。


「こうしてると仙人みたいだろう? 有り難い存在に見えねぇか? お前、俺を拝んでもいいんだぜ?」


「仙人なんて知らねーよ。お前はただのジジィだ」


 龍壱は胸の前で拳を合わせ、指を鳴らした。あまり鳴らすなと言われているが、今夜もポキポキと気持ちよく、絶好調だ。


「血の気が多いねぇ。こんな夜に無粋な奴は嫌いだよ」


「お前、四つ足の獣だな」


「そうだっけぇ? 忘れたわ。今更、どうでもいいしな……ケケ。来たぞ」


 来たとは多分、メインの雲の事だ。


 ――もうそんな時間なのか!


 男は幹に対して四つ足の体勢を取り、手足を動かしてガサガサと登って行った。生い茂る葉の中へ突入してしまい、見えなくなる。


 昼間でも鬱蒼として暗いであろう森の中、肉眼で対象を追いかけるのには限界があった。


 思わず鳥を見つめる。


「雨、多分激しくなってるけど……大丈夫か?」


 鳥はコクコクと力強く頷いてくれるが……そんなはずがない。何せ紙、だ。濡れて乾いて、ラインが結構歪んでしまっているし。

 けれど鳥はクイっ、と首を動かした。乗れ、と言っているようだ。


「いいのか」


 コクン。


「じゃあ」


 鳥は背中をこちらに差し出し、龍壱が乗りやすいように身体を傾けてくれた。

 紙を掴んでその背中に乗る。体重を乗せるとフッ、とした弾力があった。筋肉のような弾力だった。紙とは思えない、不思議なクッションである。


 翼を一度ファサッと動かしただけで、周囲の落ち葉や水滴が激しく舞い上がった。ただの空気の渦ではない。翼から直接、エネルギーが放出されているかのようだ。


 すると鳥は身を細めた。樹木の間を抜けるための変形らしい。

 鶏のようだった丸こい身体が、細い紙飛行機のようにスリム化し、上に向かって舞い上がる。龍壱は猛禽類を思い出し、カッコいいなぁ。と思った。



 樹の間から抜け出すと、もうかなり上空にあいつは行っていた。四つ足の獣のように、周囲を蠢く首を足場にして、空へと駆け上がってゆく。


 雲へ入らせてはいけない、と思う。

 雲に宿り念を放出させると、雨そのものの性質に影響を与えるだろう。何としても引きずり降ろさねば。


 鳥はそれを察知したかのようにグンッ! とスピードを上げた。

 風雨が強い。さっきまでとは比べ物にならない。肌に当たるとかなり痛かった。呼吸もしにくいくらいである。


 ――こんなに衝撃が強いなんて、こいつが。


 紙の身体にダメージが無い、わけがない。風も雨も、紙にとっては致命的である。それが同時に襲い来るのだから。


「大丈夫か、行けるのか?」


 鳥はコクコク! と頷いた。だけど感触がどんどん、柔らかくなってゆく。


 あいつとの距離はあと少し、なのだけれど。頑張ればその分、ダメージが大きくなる。


 向こうは頭から頭へピョンピョンと跳躍を繰り返す。

 こちらは飛行しているのだからストレートに上昇出来る。だからこっちの方が早い。その差は大きい。


 だが、間に合うか? 紙の手応えとスピードを比較するが、かなり際どい。緊張感でドキドキして来た。


 ――もう少し……あと少し距離を縮めてくれ。そしたら飛び移れるから!


 けれど、それは不意に訪れた。

 かくんっ、と身体が沈んだ直後、急降下が始まった。水の重さに紙が負けたのだ。


「龍壱っ」と水玻璃の声にハッとなる。


「こっちに移って、早くっ」


 見ると、水玻璃の手元から光の道が延びていた。


「ごめんな、ありがとうっ」


 鳥に向かって叫びながら、道に飛び移る。


「ピー輔、戻って来いっ」と尚巳の声が聞こえた。鳥は重々しい羽根をバサリ、と動かし方向転換する。

 龍壱と言う荷物から解放された鳥は、自分だけならまだ飛べたようだ。尚巳達の方へと向かって行った。龍壱はよかった、と安心した。


 龍壱の乗った道はクイッと角度を変え、男の元へと一直線。


 ピョンピョンしているその身体の腕を掴んで、顔面に一発、拳を打ち込んだ。

 くしゃっ。とした感触があった。


 水しぶきが男の顔から髪からヒゲから、飛んだ。こんなにロマンティックではない水滴がこの世にあるだろうか。龍壱は「無いわ~」と心の中で呟いた。


 するとそれに怒ったのか、周囲の首が龍壱の身体に腕に足に、噛み付いて来た。

 痛みに思わず唸り声が漏れる。


「痛ってーなコノヤロウ! フケツな口で噛み付いてんじゃねーぞコラ! うちのクラスの後藤くんはバレー部でなぁ、めっちゃカッコイいスパイク打つんだぞ、こんな風にな!」


 龍壱は想像の中で後藤になりきって、思い切り首をぶん殴った。

 首はボールのように地面に向かって落ち、見えなくなった。

 が、数秒後「くちゃっ」と湿った音が聞こえたような気がする。


「オラ次はお前だ! 覚えとけ四つ足っ。お前の足場、全部奪ってやる!」


 手に足に脇腹に食いついていた首を次々引きはがし、どんどん始末してゆく。そのたびに食いつかれていた自分の血が宙に舞うが、そんな事を気にしている余裕は無い。


 だが首をいくつも始末するのだが、あいつの周囲から首が消える事はなく、逆にどんどん数が増していた。


 ――なっ、なんでだよっ!


 相手はこっちがスパイクしている間にも、雲に向かってピョンピョンと進んでゆく。

 消耗品など相手にしている場合ではない。本体をどうにかしないと埒が明かない。


「ミハリ、本体をメインにシバくっ!」


「分かった!」


 返事と同時に道が動く。


 今はもう、尚巳達よりかなり上空まで来ていた。道には鋭い角度が付いていて、動き難い。

 光の道だから水の影響で滑ったりしないだけ、マシと言えばマシなのだが。垂直に近づくほど、キツい。


 ダッシュして再び、男の身体を捉えた。

 もう首がどんなに邪魔をしようが、関係無い。首に肩に歯が食い込んで来るが、もう逃がさない。


「離せ、離せぇ! あとちょっとでこの嵐を、呪いの嵐に出来るのに!」


「うるせぇ。そんな事はさせねーんだよ。さぁもう終わりだ、オレは封じ込めるなんて器用な事は出来ないからな、覚悟しろよ」


 男の口からガチッ、と言う音がした。歯と歯がぶつかり鳴った音だ。


「何だとお前、俺を俺をどうする気だお前っ」


「んだよ、震えてんのかよ」


 歯が鳴る。ガチッ、ガチッ、と。


「昔話でもよくあんだろ、正体を見破られたら終わりなんだよ、そーだろ? お前、エセ宗教家に利用されたな? 人を呪うために作られた〈道具〉だ。そのために殺されたんだよな? なるべく痛く、長く苦痛を味わうように」


「う……うがっ」


「だがそいつは、自分の作った道具のコントロールさえ出来ないクズみたいな能力者だったな。死んだ後、お前と同じように殺された動物達に取り込まれたんだ。一緒に悪さして来たな? だがもう、ここまでだ」


 ガチッ! ガチッ! と今度は龍壱に噛み付こうとしている。だが、口が届かない。


「お前の中のコアを」


 龍壱は男の胴体に腕を突っ込んだ。生ぬるいかと思ったが、冷たかった。当たり前か、生きている肉体ではないのだから。


「ほら、見つけた。お前達の〈コア〉だ」


 手で握った感触は、枝……いや、骨? どちらにしろ細い棒状の物である。シャーペンよりは太かった。それを四本の指で握り、端に親指を充てがう。そして。


「やっ止め……止めろ」


「さよならだ」


「ひっひぃ……ぎゃ……!」


 ぽきっ!


 それは鉛筆よりももろく、簡単に折れた。



 数えきれない程の影が、放射線状に飛び散ってゆく。


 吹きすさぶ嵐の中、絶叫を響かせて荒れ狂うように〈彼ら〉は解放された。


 解放された彼らはそれぞれ、行くべき場所へ行くはずだ。それが地獄と呼ばれる所なのかどうか、龍壱には分からない。


 ただ、その時。

 龍壱は誰かに「おい」と呼ばれたような気がしたのである。

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