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放課後奇 二 プール

 ぱちゃ。

 来た。

 あいつだ。

 私は息を吸い、くるっと文字通り一回転する。

 熱い太陽に照らされて火照った顔が水で冷やされる。

 心地が良い瞬間だ。

 水を掻き、私はスタート位置に着く。

 横を見るとアイツがいた。

 学校指定の水着に学校指定の水泳帽子。

 水の反射で顔は見えない。

 重要なことじゃない。

「……」

 ぐぐっと体を縮める。

 あいつも同じように体を縮める。

 息を吐き、息を吸う。


「はぁっ、はあっ……」

 荒い息を吐きながら息を整える。

 塩素のツンとした水が頬を流れていく。

「お疲れー」

 部員同士の声。

 私は適当に手を振って答える。

 孤立しているとかじゃない。 

 ただ疲れて休みたいだけだ。

「はぁ……」

 乾く喉を満たすためにスポーツ飲料に口を付ける。

 水の中に入っていたはずなのに喉が渇くと言うのも少しおかしな話だ。

 ちょっとした塩っ気と甘み、そしてすっぱさ。

 キンと冷えた水が体の中を走る。

「……」

 顔を上げると眩しい夏の日差しが目が眩む。

 水の中にいても眩しいほどなのに、水の外にいれば眩しいのは当然だ。

「……」

 私が眩しそうに額に手をかざしたのを挨拶だとでも受け取ったのだろう。

 真希が軽く笑みを向けてきた。

 私も軽く笑って答えた。


「……はぁっ」

 放課後。

 私は一人で水と戯れていた。

 何度も何度もレーンを往復し、荒い息を吐く。

 残っている部員は他には誰もいない。

 本当に一人だ。

 普段は少し手狭にも思えるプールは一人だとまるで海のように広い。

「……!!」

 私は勢いよく水を蹴りだし進む。

 私だけの世界。

 ぱちゃ。

「……?」

 その音は確かに聞こえた。

 泳ぎの最中で周りの音なんてほとんど聞こえない中で、確かに聞こえた。

「……」

 しかし誰もいない。

 気のせいだったのだろうか。

 私はゆっくりと漂うようにレーンを戻り、スタート位置に着く。

「……!!」

 再びスタート台を蹴った。

 ばしゃっと水しぶきが上がる。

 私の腕が、水を跳ね上げ、漂わせる。

「……!!」

 違う。

 誰かいる。

 もう一人。

 私の先で、私より速く泳いでいる。

「……!!」

 私は水を蹴り上げた。


「……ん」

「寝ぼけてるねえ」

「ん……」

 私が眠そうに机の上で伸びていると美久が屈託のない笑みを浮かべてくる。

「最近、練習が忙しいの?」

「個人練、してるから」

「一人で」

「一人で」

「ほほーう」

 美久はにやっと笑う。

「ね、ね。知ってる?」

「何が?」

「プールの七不思議」

「……プールだけに七つも不思議があるの?」

「あぁー違う違う。学校の七不思議」

 美久はぶんぶんと顔を横に振る。

「学校の、七不思議のひとつ。プールに関することがあってね」

「へぇ……」

 少しだけ顔を上げる。

 脈ありと判断したのか美久は楽しそうに笑う。

「知りたい?」

「そこまで話されたら普通は知りたくなると思うけど……」

「それもそうね」

「うん。で、どんな話なの?」

「……出るんだって」

「出るって何が?」

「分かんない」

「……寝る」

「あぁー。待って待って」

 ぐいっと強引に美久は私の顔を上げた。

「分かんないのが、出るんだよ」

「日本語なの?」

「日本語なの」

「……」

「放課後のプール。誰もいないプールのことだけどね」

 美久はゆっくりと静かに話し始めた。


 ぱちゃ。

 あいつが来た。

 私はスタート台を蹴る。 

 水が弾ける。

 一つじゃない。

 私とあいつの、二つの水。

 あいつは私より泳ぐのが速い。

 あいつと出会ってから二週間は経っただろうか。

 私は一度もあいつに勝てない。

 今日もそうだ。

 あいつは私より少し前を泳いで、私より速くゴールへとタッチする。

 何度も何度も競い合って、勝てない。

「はぁっ……はぁっ……!!」

 私がゴールへとタッチする。

 あいつは隣のレーンで私をじっと見てくる。


「亡霊?」

「うん、亡霊。亡霊はね、泳いでいる人を見ると一緒に泳ぐんだって」

「変な亡霊」

「続きがあるの」

 美久はずっと人差し指を目の前に向けてくる。

「泳いでるときは無害なんだけどね……。気になって話しかけたら……」

 ぐぐっと人差し指を近づけてくる。

「そのまま亡霊になって泳ぎ続けることになる」

「……」

 普段とは口調を変えて重く低い声。

「永遠に、泳ぎ続ける」

「……あほ」

 ビシッと近づいていた人差し指を叩いた。

「いてっ」

「亡霊になって泳ぎ続けるんだったら、誰がその話を広めるのよ」

「さぁ?」

 美久は首を傾げる。

 本当にそこまでは考えていないみたいだ。

「ふふ、でも気を付けてよ?」

「何に?」

「亡霊に会っても、話しかけちゃ駄目だからね」

 パチン、とわざとらしく美久は片目を閉じた。

 

「……」

 私はじっとあいつを見る。

 あいつは私が泳ごうとしないと泳がない。

 ただそこにいるだけだ。

「……」

 本当に亡霊なのだろうか。

 亡霊なら本当に話しかけたら亡霊になるのだろうか。

 夕暮れに光る水面。

 反射で顔は見えない。

「……!!」

 その時だ。

 私は確かに見た。

 反射でほとんど見えない顔で、そいつがふっと笑ったのを。

 笑った。

「……何」

 ざぶっと音がする。

「馬鹿にしてるの」

 何を笑ったのか。

 嘲笑。

 あざ笑う。

 見下す。

「馬鹿にして……!!」

「まだいるのか?」

「!!」

 一気に現実に引き戻される。

 私は振り返った。

「もう帰りなさい」

 教師の声だ。

 慌てて答える。

「あ、はい。今、帰るところです」

「気をつけてな」

「はい……」

 答えながらゆっくりと振り返る。

 夕暮れに赤い水面がキラキラと輝いていた。


「……」

 息を吐き、息を吸う。

 熱い日差しが体を焦がす。

 水面が青と白に輝き揺れる。

 ピッとホイッスルの音が響いた。

 私は勢いよく壁を蹴る。

 生み出された水流が私の体を流れていく。

「!!」

 あいつがいた。

 いつもの音もしなかった。

 だが、あいつだ。

 あいつはいつもと違い、私と同じレーンを泳いでいる。

「……!!」

 無性に腹が立つ。

 どうしてあいつは私の前にいるのだ。

 目が合う。

 合うわけがない。

 互いに泳いでいるのだから、目が合うのは思い込みだ。

 しかし目が合った。

 白い飛沫が現れては消える。

 私はあいつに追いつこうと必死だった。

 追いついたらどうしようか。

 とりあえずはその足を掴む。

 溺れはしない。

 少し驚かせるだけだ。

 白い飛沫。

 荒れ狂う水流。

 もう少し。

 もう数十センチ。

「……!!」

 掴んだ!! 


「おお、やったじゃん」

 部長がにこにこと笑いながらタイマーを見る。

「一番だよ」

「……え」

「練習の成果が出てるねぇ。おめでと」

「おめでとー」

「最近、頑張ってたもんね」

 他の部員にも声を掛けられ、スポーツドリンクを渡される。

 甘く冷たい水が体に広がった。


「……」

 ぷか、と浮く。

 放課後のプール。

 今日はあいつは来るのだろうか。

 いや、きっと来るはずだ。

 赤い空が広がっている。

 向こうとこっちの違い。

 こっちには雲のような濁りがないこと。

 でも、向こうは永遠に広がっている。

 あんなところで泳げるのならそれでもいいかなと思う。

 それはきっととても気持ちの良いことだから。


 ぱちゃ。

 


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