【会社】蛙の子は蛙
六つ年下の上司は、専務の隠し子だった。本人は知らない。
拙著『闇だらけ ショートショート』所収の一編。
S社で働いていた頃のお話です。
その会社は国内に工場が五箇所ありました。わたしは地元のO市にある工場に中途で入社しました。三年後、半年間の予定で、名古屋の工場に転勤になりました。そこでわたしの上司になったのが、小峰という六つ年下の男性です。役職は係長。新卒で入った彼は、中途のわたしより出世が早いのは当然です。ちなみに、そのときわたしは主任でした。
歓迎会の席で、わたしはおもわず言っていました。
「あれ、小峰さんって、O市の工場にいる小峰課長のご子息ですか?」
「そっ。O市の小峰幸造はオレのおやじだよ。あっ、そういえばおまえ、O市から来たんだよな」
上司とはいえ、年上のわたしをいきなり「おまえ」呼ばわり。このときから、いやなヤツだなあとおもうようになりました。
彼は名古屋の大学を卒業し、そのままこちらで就職して、後々は地元O市に帰る予定だ、と言っていました。
彼のもとで働いた半年間は、お世辞にも有意義だったとは言えません。彼があまりにも無能なのです。専門知識は皆無で、言っていることが頓珍漢。おまけに性格が悪く、決して自分の非を認めず、部下に責任転嫁する。そのうえ女癖が悪く、立場を利用して関連会社の女子社員にすぐ手を出す。
「親の七光りで出世したようなもんだ」と、社内ではもっぱらのうわさでした。
親の……か。
「ブハッ!」
実を言いますと、わたしは半年間、彼の姿を見るたび、心の中で笑っていたのです。あまりにも似過ぎていたもので。
「ブハッ、ブハッ! ブハハハハハ……」
トイレに駆け込んで、おもいっきり笑い転けたこともありました。
えっ、なぜって? ナイショ。企業秘密。ブハッ! おしえてやんない。
ブハハハハハハハハハハハハハハハハ……。
でもやっぱりおしえちゃう。
O市にいる小峰課長はとってもいい人です。現場の叩き上げで、人情味があり、わたしはちょっと尊敬していました。
そんな小峰課長と、O市にいた頃、会社の宴会でよく飲み交わしました。
「鋤村のやろうによお、女房、寝取られちまったんだよお」
小峰課長は酔うといつも、涙まじりにそう愚痴り始めます。
「あんちくしょう、ぜってぇ許せねえ。ぶっ殺してやるぅ!」
それは、今をさかのぼること二十数年前の春──。
O市の工場に就職して三年目の小峰課長(当時はヒラ)は、新婚ほやほやで、さあがんばるぞーと仕事に燃えていました。そんなある日、地方の工場から、鋤村専務(当時は課長)が、O市の工場に単身赴任してきました。鋤村氏は身長が百四十センチ弱で筋肉質。西郷どんを小さくしたような人で、かげで「豆タンク」と呼ばれていました。
社宅に入った鋤村氏は、むかいに住んでいた小峰さんに、
「おーい。わしゃあな、ひとりでなにかと不便やさかい、おまえんとこの嫁はん、わしの身の回りの世話ぁさせんのに、ちょいと寄こさんかい」
と、ほとんど命令口調で言いました。
小峰さんにも隙があったのかもしれません。掃除でもするつもりで鋤村氏の社宅に行った小峰さんの奥さんは、いきなりガバッと押し倒され、
「ええじゃろう。なあ、ええじゃろう。ハァ~ハァ~、わしゃあ、溜まってんのじゃ。もう我慢できんのじゃ。ハァ~ハァ~……ええじゃろう……」
と、無理やりやられちまった──あっ、もとへ、犯されてしまったのです。
その秋の人事異動で、小峰さんは鋤村氏の引きで、三階級特進の主任に昇進し、その後もいろいろ優遇されました。しかし、そんなことでは気持ちがおさまるはずがありません。
送別会の時、わたしはコップとビール瓶を持って、小峰ジュニア係長の席に行きました。
「小峰係長、半年間、たいへんお世話になりました。一杯、どうぞ」
「おっ、わるいな。おっとっとっと……。ほら、おまえもやれ」
「はい、いただきます。おっとっとっと……。しかし小峰さん、あんた、関連会社の社長やってる鋤村専務に、顔も体型も性格もそっくりですねえ。ブハッ、ブハッ! ブハハハハハ……」
その後わたしは、傾いた会社に見切りをつけて退職しました。
会社はてんやわんやの末に親会社に吸収合併され、しばらくして大規模なリストラがあったようです。
小峰ファミリーおよび鋤村専務がどうなったかは、わたしの関知するところではありません。




